第73話「私が全責任を負う」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
フランドールはブレンナーに目を向けた。
「ブレンナー少尉。貴官は3年前の新兵教育過程の首席修了者だったな。」
「はい。」
「学科試験は3回とも満点だったか。」
ブレンナーの表情が固まった。一瞬の沈黙の後、低い声で答えた。
「……満点は、第3回の1回です。」
「そうか。ラッセルは3回とも満点だ。貴官が新兵教育期間中の3回の試験で一度しか成し遂げられなかったことを、あの平民は3回連続でやっている。」
フランドールは一拍置いた。
「ついでに聞くが、貴官の模擬戦の成績はどうだったか。」
ブレンナーの眉が動いた。
「……5戦3勝です。」
「ラッセルは3戦3勝だ。全勝している。しかも、本来4回実施されるはずだった模擬戦は、3回で打ち切られている。ブレンナー少尉、その経緯を覚えているか。」
ブレンナーは黙っていた。
フランドールは出席者全員に向けて続けた。
「第3回模擬戦の終了後、査閲官による協議が行われた。第4回模擬戦を実施するかどうかの判断だ。結論は全会一致で『実施せず』だった。理由は二つ。」
フランドールは指を立てた。
「一つ。第3回模擬戦で、フリオニール軍は兵力差4倍の状況から勝利した。攻城戦において10対43の兵力で砦を陥落させる——これ以上の条件を設定しても、もはや模擬戦としての教育的意義を見出せないと判断された。」
もう一本、指を立てた。
「二つ。3回の模擬戦を通じて、フリオニール軍の作戦を立案した人物が常に同一であること、そしてその人物が平民であることを、査閲官全員が認識していた。第4回を実施したところで、結果は変わらない。これ以上やれば、負ける側の士気を無意味に削ぐだけだ。査閲官として、それは教育ではなく虐待だと判断した。」
室内が静まった。
「学科は3回全て満点、模擬戦は3戦全勝、しかも査閲官が打ち切りを判断するほどの圧倒的な戦績。それでもなお、平民であるというだけで首席に値しないと言うのか。」
ブレンナーは答えられなかった。耳の先が赤くなり、唇を噛み締めていた。視線は卓上に落ちたまま、微動だにしない。だが、その首筋まで赤みが広がっていることは、隣に座る教官たちにも見えていた。
3年前の首席。学科満点1回、模擬戦5戦3勝。その自分が、学科満点3回、模擬戦全勝、査閲官に打ち切りを決断させた男を「首席に値しない」と言った。
平民を侮辱したつもりが、この場で最も恥をかいたのは自分だった。
人事担当教官が最終的な順位を読み上げた。
「総合順位。首席、マイトランド・ラッセル。次席、ジェラルト・ランズベルク。第三席、フリオニール・フォン・グレッテ。」
室内に、一瞬の沈黙が落ちた。
平民が首席。それも次席まで平民。ヴェルタ軍新兵教育過程の歴史において、前例のない結果だった。
ブレンナーが立ち上がった。
「待ってください。この結果を認めれば、グレッテ家の模擬戦記録は2勝1敗に修正されます。ロンメル家は平民に三度敗れたことになる。貴族院20名家のうち二家の面子を同時に潰すことになります。8年前の前例を忘れたのですか。人事権が半年凍結されたのですよ。」
「覚えている。」
フランドールの声は静かだった。
「だからこそ聞きます。フランドール大佐、この結果を公式に発表した場合、貴族院がどう動くか、お分かりですか。ライヒ派もロワイヤル派も、この結果には反対するでしょう。教育隊の人事権だけではない。大佐ご自身の軍歴にも影響が及びます。」
ブレンナーの声には、挑発ではなく、切迫した警告の色があった。この男なりに、フランドールの立場を案じているのか、それとも最後の抵抗なのかは分からなかった。
ライヒ派の教官たちは黙っていた。だが、その沈黙は同意の沈黙ではなかった。ブレンナーが代弁してくれるのを待っている沈黙だった。
ロワイヤル派の教官たちもまた、黙っていた。前回の退室命令が効いていた。だが、彼らの胸中は複雑だったはずだ。ロワイヤル派にとっても、平民が首席を取ることは歓迎すべき話ではない。しかし、フランドールに逆らえば退室を命じられる。結果として、この場でフランドールに正面から異を唱えられるのは、ブレンナーだけだった。
フランドールは椅子の背もたれに手を置いたまま、しばらく黙っていた。
15年前のことを思い出していた。
教育隊に配属されたばかりの頃、グリルファウスト大将に呼ばれた。まだ中佐だった大将は、フランドールに一言だけ言った。
「順番を間違えるな。」
何の順番ですか、と聞いた。大将は答えなかった。ただ、「分かる時が来る」とだけ言った。
15年かかって、フランドールはその意味を理解していた。
評定の順番だ。まず事実を見る。次に基準を確認する。最後に判断を下す。この順番を間違えた瞬間、評定は政治になる。事実より先に結論を決め、結論に合うように基準を変える。それが「順番を間違える」ということだ。
第1回模擬戦の時、フランドールはその順番を間違えた。正確には、間違えさせられた。誰かが評定基準を変え、フランドールはそれを知らされないまま壇上に立った。変更された基準に基づく結果を読み上げた時、自分が何をしたのか分かっていた。
15年間で最も恥ずかしい瞬間だった。
あの時、壇上から見た新兵たちの顔を、フランドールは忘れていない。平民の新兵たちは何も言わなかった。不公平に気づいていた者もいただろう。だが、声を上げる立場にはなかった。フランドールが声を上げるべきだった。それをしなかった。
——順番を間違えるな。
グリルファウスト大将の声が、脳裏に響いた。
フランドールは口を開いた。
「ブレンナー少尉。15年前、私はこの教育隊に配属された。以来、一度たりとも派閥の利益で評定を歪めたことはない。貴族も平民も、等しく評価してきたつもりだ。」
フランドールは一拍置いた。
「だが、一度だけ、壇上で嘘をついた。第1回模擬戦の評定基準が、私のあずかり知らぬところで変更された時だ。あの時、私は何も言えなかった。壇上に立ち、変更された基準に基づく結果を読み上げた。15年間で最も恥ずかしい瞬間だった。」
室内が静まり返った。前回の会議でフランドールが示唆した「この場にいる誰か」の存在を、教官たちは思い出していた。ライヒ派の教官数名の視線が、一瞬だけ泳いだ。
「あの時の過ちを、もう一度繰り返すつもりはない。」
フランドールは背筋を伸ばし、出席者全員の顔を見た。
「首席、マイトランド・ラッセル。次席、ジェラルト・ランズベルク。第三席、フリオニール・フォン・グレッテ。この結果を公式の評定とする。貴族院がどう動こうが、私が全責任を負う。」
沈黙が続いた。
最初に動いたのは、意外にも、ブレンナーだった。椅子に座り直し、腕を組んだ。立ち上がって退室するのではなく、座ったのだ。
フランドールがブレンナーを見た。
「残るのか。」
「前回の会議で大佐に言われました。精査の結果に異を唱える資格を失う、と。残る以上は、この結果を受け入れます。ただし、納得はしていません。」
「納得は求めていない。公正さだけを求めている。」
ブレンナーは何も言わなかった。
フランドールは他の教官たちを見渡した。
「異議のある者は。」
ライヒ派の教官たちは視線を伏せた。ロワイヤル派の教官たちは微動だにしなかった。誰も手を挙げなかった。
「異議なしと認める。総合順位を——」
その瞬間、会議室の扉が激しく叩かれた。
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