第72話「数字は嘘をつかない」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
フランドールは二つ目の書類の束を手に取った。
「罰則記録の精査結果だ。担当教官から報告を。」
ドワイトの上官にあたる教官が立ち上がった。
「47班、ラッセル2等兵およびランズベルク2等兵に課された罰則記録を、新兵教育期間中の全件にわたり精査しました。」
教官は書類を読み上げた。
「罰則の総数は、ラッセルが103回、ランズベルクが87回。他の全班の平均は12回です。」
室内にざわめきが走った。103回と12回。その差は、もはや厳格さの範疇を超えている。
「ただし、第3回模擬戦後の2ヶ月間では、罰則は週3回から月3回に激減しています。さらに、罰則の内容を個別に検証したところ、その大半が服装の乱れ、敬礼の角度、行軍中の私語といった軽微な規律違反であり、重大な規律違反は一件も確認されませんでした。」
教官は一拍置いた。
「なお、同様の軽微な規律違反は他の班でも日常的に発生していますが、罰則として記録されている件数は47班の10分の1以下です。同じ基準を全班に適用した場合、他の班の罰則数は47班と同等かそれ以上になると推定されます。」
「つまり、罰則の基準が47班にのみ厳格に適用されていた、と?」
フランドールが確認すると、教官は頷いた。
「客観的に見れば、そう結論づけざるを得ません。」
ブレンナーが身を乗り出した。
「ドワイト軍曹の指導方針を否定するのですか。罰則は規律を維持するためのものです。厳しい指導が結果を出したからこそ、47班は全員満点を取ったのではありませんか。」
フランドールはブレンナーを見た。
「ブレンナー少尉、私は指導方針の是非を問うているのではない。評定における公平性を問うている。罰則記録が総合順位に影響する以上、他の班と著しく異なる基準で付けられた罰則をそのまま計上すれば、評定の公正さが損なわれる。」
「では、罰則を取り消すと?」
「取り消しではない。他の班と同等の基準に補正する。具体的には、他班の平均と同水準——12回を両名の罰則数として計上する。」
ブレンナーの目が鋭くなった。
「補正ですか。それは事実の改竄ではありませんか。」
「事実の改竄は、不当な基準で付けられた罰則をそのまま評定に使うことだ。ブレンナー少尉、前回の会議で私は言ったはずだ。ゴールポストをずらすな、と。不公平な数字をそのまま使うことこそが、ゴールポストをずらす行為だ。」
ブレンナーは黙った。だが、その目は納得していなかった。
フランドールは三つ目の議題に入る前に、一度深く息を吐いた。
「最後の議題に移る前に、一つ確認する。」
フランドールは出席者全員を見渡した。
「前回の会議で、ロワイヤル派の教官には退室を命じた。今回も同様に、派閥の利害で意見を述べようとする者がいれば、退室を命じる。これは評定会議だ。政治の場ではない。」
誰も立たなかった。
「よろしい。では、最終議題。総合順位の確定に入る。」
フランドールは卓上の書類を整理し、最終的な数字を読み上げた。
「カンニング疑惑の却下、罰則記録の補正。この二点を反映した総合順位を発表する。まず、補正後の数字を確認してもらう。」
人事担当教官が順位表を掲げた。
「総合評定は、学科試験、体術、模擬戦の戦功評価、態度・規律、兵科適性の五項目を合算した点数で算出されます。まず上位3名の内訳を報告します。」
教官は書類を読み上げた。
「マイトランド・ラッセル。学科試験、全3回満点。体術、第2位。模擬戦戦功、第2回模擬戦第10功、第3回模擬戦第10功。態度・規律、罰則補正後12回。兵科適性、歩兵・騎兵・砲兵・工兵・偵察の5兵科。総合点472。」
「ジェラルト・ランズベルク。学科試験、全3回満点。体術、第1位。模擬戦戦功、第2回模擬戦第10功、第3回模擬戦第10功。態度・規律、罰則補正後12回。兵科適性、歩兵・騎兵・砲兵・偵察の4兵科。総合点468。」
「フリオニール・フォン・グレッテ。学科試験、第1回1問不正解、第2回満点、第3回満点。体術、第8位。模擬戦戦功、第2回模擬戦第1功、第3回模擬戦第3功。態度・規律、罰則0回。兵科適性、歩兵・騎兵の2兵科。総合点421。」
数字が読み上げられるたびに、教官たちの表情が変わった。上位2名と3位の間に51点の差がある。例年であれば、421点でも首席に届く数字だ。にもかかわらず、その上に50点以上離れた二人がいる。
ライヒ派の教官の一人が呟いた。
「グレッテが3位か。模擬戦で全勝し、戦功も1位を取っているのに。」
人事担当教官が補足した。
「グレッテ殿は模擬戦の戦功で高い評価を得ていますが、体術で第8位に留まり、兵科適性も2兵科です。ラッセルは体術第2位、兵科適性5兵科。ランズベルクは体術第1位、兵科適性4兵科。この差が総合点に反映されています。」
「罰則を補正しなかった場合はどうなる。」
別の教官が尋ねた。人事担当教官は別の書類を取り出した。
「補正前の場合、ラッセルの罰則は103回、ランズベルクは87回。態度・規律の減点が大幅に増加し、ラッセルは総合第3位、ランズベルクは総合第4位に後退します。首席はフリオニール・フォン・グレッテとなります。」
室内にざわめきが走った。罰則の補正一つで、首席が入れ替わる。その事実が、罰則の基準がいかに重大な意味を持つかを教官たちに突きつけていた。
ロワイヤル派の教官の一人が口を開きかけ、フランドールの視線に気づいて口を閉じた。前回の会議で退室を命じられた記憶が、まだ鮮明だったのだろう。
フランドールが静かに言った。
「数字は嘘をつかない。だが、数字の前提が歪んでいれば、結論も歪む。罰則の補正は、前提を正す行為だ。それ以上でも以下でもない。」
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