第71話「103回と12回」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
最終学科試験の翌日、試験結果が掲示板に貼り出されるのとほぼ同時刻、フランドール大佐は教官たちを再び評定会議の間に招集した。
前回の評定会議から数日。カンニング疑惑の最終判定、罰則記録の精査結果、そして総合順位の確定。全てをこの場で決める。
教官・班長約20名が着席する中、フランドールは卓上に並べられた書類の束を見渡した。書類は三つに分けられている。試験監視官の所見、罰則精査報告書、そして総合順位表。どれも、この部屋を出た瞬間から政治的な意味を持つ書類だった。
前回の会議の空気がまだ残っていた。ロワイヤル派の教官たちは退室を命じられた記憶を引きずり、端の席に固まっている。ライヒ派の教官たちはブレンナーの隣に陣取り、腕を組んでいた。ドワイトは会議室の隅に座り、いつも通りの無表情で壁を背にしていた。
「本日の議題は三つ。一つ、ラッセル2等兵のカンニング疑惑に対する最終判定。二つ、罰則記録の精査結果。三つ、総合順位の確定。順に進める。」
フランドールは最初の書類を手に取った。
「まず、最終学科試験の試験監視官から提出された所見を読み上げる。」
室内が静まった。前回の会議で「明日の最終試験の結果と比較検証して決定する」としたカンニング疑惑の判定。その比較対象となる最終試験が終わった今、答えを出す時が来た。
「ラッセル2等兵は試験開始後、数分で全問の解答を完了し、退出を申し出た。試験監視官は答案を確認したが、全問に解答が記されており、記述式の設問には教本の文言ではなく独自の論述が展開されていた。不正の形跡は一切認められない。参照可能な教本、他の受験者の答案は当該試験室に存在せず、カンニングの手段自体が物理的に存在しなかった。以上が所見の全文だ。」
教官たちの間に、小さなざわめきが走った。数分で全問完了。この事実だけでも、通常の受験者では説明がつかない。
フランドールは所見を卓上に置いた。
「続いて、第2回学科試験と最終学科試験の答案を比較した結果を報告する。」
人事担当教官が立ち上がり、2枚の答案用紙を掲げた。
「第2回試験で問題となった補給線の設問について、ラッセルの解答は帝国軍の輜重運用教範の数値を正確に記述しておりました。積載量の3割が水に消費されるという数値。これが教本の範囲外であることは前回の会議で確認済みです。」
教官は答案用紙を持ち替えた。
「しかし、最終試験の記述式においても、同様の傾向が見られます。敵軍を包囲する際の原則を問う設問に対し、ラッセルは教本の模範解答とは正反対の論述を展開しています。あえて退路を残し、敵の潰走を誘発して追撃で殲滅する。退路を断たれた兵は死に物狂いで抵抗し味方の損害が跳ね上がるが、逃げ道が見えた瞬間に士気が崩壊し潰走が始まる。そこを追撃すれば正面からぶつかるより遥かに少ない損害で敵を壊滅できる。これは教本のどこにも記載されていません。」
ブレンナー少尉が口を開いた。
「教本にない解答を書くこと自体が問題ではないのですか。試験とは教本の内容を理解しているかを測るものです。」
人事担当教官は首を振った。
「ブレンナー少尉、問題文をお読みください。設問は『原則を述べよ』です。教本の文言を書き写せ、とは書いていません。そして、ラッセルの解答は軍事的に論理が通っています。兵法の古典にも通じる考え方です。」
ブレンナーは食い下がった。
「論理が通っていることと、試験で正解であることは別です。」
「では、第2回試験の輜重運用教範の数値はどうですか。あれも論理的に正確でした。教本の範囲外ではありますが、軍事的に正しい数値です。カンニングだと断ずるならば、どこからその知識を得たのかを証明しなければなりません。前回の会議でも、その証拠は一切出ていません。」
ブレンナーは沈黙した。
人事担当教官は続けた。
「むしろ、この二つの答案を並べて見ると、一つの結論が導かれます。この受験者は教本を丸暗記した人間ではない。教本の内容を理解した上で、自らの思考で応用している。カンニングで得た知識なら、第2回と最終試験で同じ傾向が出ることは説明がつきません。第2回で帝国軍の教範を写したなら、最終試験でも教本通りの答えを書くはずです。ところが最終試験では教本と逆の答えを書いている。これは、知識が外部から入ったものではなく、自分の中にあることの証拠です。」
室内が静まった。教官たちは互いの顔を見合わせた。論理的に反論する余地がない。
フランドールが引き継いだ。
「加えて、試験監視官の所見にある通り、ラッセルは数分で全問を書き終えている。カンニングの手段が物理的に存在しない環境で、この速度で解答を完了し、なおかつ独自の論述を展開した。これをカンニングと断ずることは、もはや不可能だ。」
フランドールは一拍置き、出席者全員を見渡した。
「最終判定を下す。ラッセル2等兵のカンニング疑惑は、事実無根として却下する。第2回学科試験の成績は満点で確定する。異議のある者は。」
沈黙が続いた。ブレンナーは腕を組んだまま、視線を卓上に落としていた。ライヒ派の教官たちも動かない。異議を唱えるための論理が、もはやどこにもなかった。
「異議なしと認める。次の議題に移る。」
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