第67話「金貨一枚」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
その日の夜、マイトランドは班員たちを集めた。
「祝勝会だ。今日くらいは贅沢しよう。」
マイトランドがジェラルトの方を向くと、ジェラルトは何も言わずに金貨を一枚放り投げた。
「いいのか?」
「いいから使え。お前がいなきゃ、この結果もねぇんだからよ。」
兵舎の食堂に、47班全員が揃った。
普段の食事とは比べものにならない量の肉と酒が並ぶと、ジェイクが真っ先に手を伸ばした。
「おい、俺が乾杯の音頭取るからな!いいか?行くぞ!47班最強!」
「最強!」
声が揃った。アツネイサまでもが杯を掲げ、「サイキョウ!」と叫んでいた。
ジェイクが隣のダンの肩を組み、ロブを巻き込み、三人で大声で歌い始めた。音程は壊滅的だったが、誰も止めなかった。
クリスは最初の一杯で顔を真っ赤にして、テーブルに突っ伏した。
「僕は……虚弱体質ですから……。でも、一番嬉しいのは……僕かもしれません……。」
フランが笑いながらクリスの背中をさすり、水を持ってきた。
食堂の隅では、アダムスとイブラヒムが静かに杯を傾けていた。
「なあ、イブ。」
アダムスが念話ではなく、声に出して言った。
「配属先、バラバラになるかもしれないな。」
イブラヒムは黙って頷いた。
「でもよ。」
アダムスは食堂を見渡した。歌っているジェイク、潰れているクリス、ケタケタ笑うアツネイサ、静かに酒を飲むジョディー、ポエルの隣で何かを話すシュウ。
「ここで一緒だったってことは、変わらねぇからな。」
「ああ。」
イブラヒムはそれだけ答えて、もう一口酒を飲んだ。
宴もたけなわの頃、マイトランドはジェラルトと並んで壁に寄りかかっていた。
「なあ、マイト。」
「ん?」
「覚えてるか?最初の日。ドワイト班長に300回腕立てさせられた日。」
「忘れるわけないだろ。」
「あの時、俺はちょっとだけ思ったんだ。こりゃあダメかもしれねぇって。」
「嘘つけ。お前は最初から折れてなかっただろ。」
「いや、本当だ。ほんの一瞬だけな。でも、横を見たらお前が笑ってやがった。こいつが笑ってるなら大丈夫だろうって。それだけだ。」
マイトランドは何も答えなかった。ただ、少しだけ笑った。
ジェラルトが鼻をほじりながら付け加えた。
「まあ、お前に言わせりゃ、あれも盤面の一手だったんだろうけどな。」
「違うよ。あの時は本当に何も考えてなかった。ただ、お前がいたから笑えただけだ。」
ジェラルトの手が止まった。それから、鼻を鳴らして笑った。
「たまには、いいこと言うじゃねぇか。」
食堂の喧騒が、少しずつ静まっていった。
食堂から兵舎へ戻る途中、マイトランドはふと足を止めた。
渡り廊下の暗がりに、見慣れた影が立っていた。
ドワイトだった。
腕を組み、柱に背を預けている。その視線は、47班が食堂から出てくる方向をじっと見ていた。
マイトランドが気づいて会釈しようとする前に、ドワイトは背を向けて歩き出した。
その足取りは、いつもの底意地の悪い軍曹のものではなかった。
マイトランドはしばらくその背中を見ていたが、やがてジェラルトに呼ばれて兵舎に向かった。
深夜、急報が新兵教育隊に齎された。
2日前——マイトランド達が最終試験に臨んでいたその日よりもさらに前に、ハイデンベルグ帝国に先日宣戦布告をしたカルドナ王国が、ヴェルタに対しても宣戦を布告していた。国境に兵を駐屯させていることを理由とした、一方的な通告だった。
カルドナ王国は宣戦布告と同時に先制攻撃を号し、国境を越えて進軍した。
その知らせが新兵教育隊に届いたのは、試験結果が掲示され、祝勝会の余韻がまだ残るこの夜だった。
マイトランド達が答え合わせに笑い、掲示板の前で拳を突き上げ、金貨一枚で宴を開いていた間、国境では既に戦争が始まっていたのだ。
翌朝、マイトランドはジェラルトと二人で兵舎の裏に出た。
「聞いたか。」
「ああ。カルドナがヴェルタに宣戦布告。国境を越えて進軍してきた。」
マイトランドの目は、もう祝勝会の夜のものではなかった。
「カルドナの狙いは帝国だ。ヴェルタへの宣戦は側面の安全確保。国境に兵がいることを口実にしているが、本音はヴェルタが帝国側で参戦する前に叩いておきたいんだろう。」
「で、俺たちはどうなる?」
「新兵教育の修了が早まる可能性がある。配属先も変わるかもしれない。平時なら僻地の駐屯が関の山だが、戦時なら前線に送られる。」
「つまり、のんびりしてる暇はねぇってことか。」
「ああ。盤面が動いた。」
マイトランドは東の空を見た。カルドナ王国の方角だった。
「気になるのは第2軍だ。国境にいたのは第2軍のはず。カルドナが先制攻撃を仕掛けたなら、まともに喰らっているかもしれない。だとすれば、俺たちは補充要員として真っ先に回される。」
「わかるのか?それ。」
「わからない。だが、宣戦布告と同時に越境してきた相手が、わざわざ国境の守備隊を避けて通る理由がない。」
ジェラルトは黙って頷いた。
「だが、悪い話ばかりでもない。戦時なら実力のある奴が上に行ける。平時の人事は派閥と家柄で決まるが、戦場ではそんなもので弾は避けられない。」
「お前らしいな。どんな盤面でも、崩す場所を探してやがる。」
「そういう生き物だからな。」
マイトランドは笑ったが、その目は笑っていなかった。
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