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第66話「掲示板の前」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

 翌日の朝、マイトランド班は掲示板の前に集まった。


 最終学科試験の成績が一覧で貼り出されている。


 マイトランドが一番上から目で追うまでもなかった。47班の名前が、全員、最上段に並んでいた。全員が満点、同率1位。一部の貴族班よりも上位に、平民22名の名前が確認できた。


 一瞬の静寂があった。


 最初に動いたのはジェイクだった。拳を突き上げ、「やったぞ!」と叫んだ。その声を皮切りに、班員たちが次々と歓声を上げた。


 フランが「ですぅ!」と跳ねるように喜び、シュウが隣のアルベルトの背中を叩いた。ヘクターは掲示板に刻まれた自分の名前をじっと見つめていた。幼い頃、教会で読み書きを教わった日のことを思い出していたのかもしれない。その大きな手が、小さく震えていた。


 ダンには異能がない。剣も魔法も人並み以下だ。だが、掲示板の最上段に自分の名前がある。ダンは何も言わなかった。ただ拳を握り締め、唇を引き結んだまま、何度も頷いていた。


 ポエルは2度頷いただけだった。それがポエルなりの最大の喜びの表現であることを、班員の全員が知っていた。


 アツネイサが掲示板に近づき、自分の名前を指でなぞった。


「アツネイサ。オレノ、ナマエ。イチバン、ウエ。」


 片言の声が、静かに震えていた。


 それを傍で見ていたフリオニール班、フレデリカ班といった貴族班も、惜しみない拍手でマイトランド班の快挙を祝った。


 ひとしきり拍手をした後で、フレデリカはマイトランドの肩に手を置いた。


「初めは文字も書けない、読めない者達だったのに。これでは、教えていた私達が恥ずかしいな。」


「何言ってるんだ、お前達も全員1位だろ。それにお前達が教えてくれなかったら無理だったと思うぞ。ありがとう。フレデリカ。」


「こちらこそ、ありがとう。私はな、お前の・・・。」


 フレデリカは言葉を続けようとして、声が詰まった。少し涙を浮かべ、誤魔化すようにマイトランドの腕を掴んだ。そのまま引き寄せようとした瞬間——


「マイト、おめでとう。実は少し話があるんだがいいか?」


「ああ、別に大丈夫だが、改まってなんだ?」


 フリオニールがフレデリカを遮り、マイトランドを連れ去った。フレデリカは行き場を失った手を握り締め、赤くなった目元を袖で拭った。


 クレアがそっとフレデリカの隣に寄り添ったが、何も言わなかった。


 掲示板の前では、もう一つの決着がついていなかった。


 クレアは去り際、掲示板に視線を戻していた。ジェラルトの名前を探す。あった。同率1位。自分の名前を探す。同率1位。


 同点。勝負はつかなかった。


 ジェラルトが後ろから声をかけた。


「おい、ハイルブロン。見たか?」


「……見たわよ。」


「引き分けだな。」


「学科はね。」


「じゃあ、どうする?」


 クレアは振り返った。その目には、負けず嫌いの炎がはっきりと灯っていた。


「総合順位で決着をつけましょう。学科だけじゃ、本当の実力は分からないもの。」


「総合か。体術も模擬戦も全部入るやつだろ?」


「そうよ。文句ある?」


「ねぇよ。むしろそっちの方が面白い。」


 ジェラルトは笑った。


「ただ、総合ってことは、お前の方が不利じゃねぇか?俺、体術1位だぞ。」


「体術だけで決まるなら、アンタはとっくに首席よ。総合には態度や規律の評価も入るわ。私は罰則を一度も受けたことがないの。アンタは何回?」


 ジェラルトが一瞬黙った。


「……数えてねぇよ。」


「数え切れないほどあるんでしょう。そこが私の強みよ。」


「へぇ。楽しみにしてるぜ、ハイルブロン。」


「……クレアでいいわよ。」


 ジェラルトが目を丸くした。


「は?」


「勝負する相手を家名で呼ぶなんて、他人行儀でしょう。対等に勝負するなら、名前で呼びなさい。」


「お、おう。じゃあ……クレア。」


「……何よ、その間は。」


「いや、慣れてねぇだけだ。」


 クレアはくるりと背を向けた。


「逃げないでよね。」


「逃げるわけねぇだろ。」


 ジェラルトは鼻をほじりながら歩き出した。クレアはその背中をしばらく見つめていたが、やがて小さく息を吐いて、フレデリカの元へ戻った。


 人気のない廊下まで来ると、フリオニールが足を止めた。


「実はな、私はこの教育の後、士官学校へ行くことを命じられると思う。」


「そりゃあそうだろう。将軍の育成は急務だからな。それにフリオニールの様に有能な男が将官になれば、救える命があるだろう?」


「それは?」


「まあ、俺も含めて、平民全員が思っていることだ。無能な将軍の意味の解らない作戦で死にたくはないってことだ。わかるだろ?」


「善処しよう。ロンベルトとアーシュライトは一度部隊配属を希望していてな。貴族であるから、側近の帯同を2名許されている。そこでなんだが、ロンベルトにジョディーとジェイクを、アーシュライトにシュウとヘクターを付けてくれるか?」


「ん?なんだ?平民でもいいのか?それになぜ俺に聞く?本人に聞いた方が良いんじゃないか?」


「本人達の了承は取るつもりだ。帯同する者に平民、貴族は関係ない。」


「そうか、なら俺に異存はない。」


「わかった。お前は士官——」


 フリオニールはそこで言葉を切った。何かを問いかけようとして、自分で飲み込んだのだ。


「いや、なんでもない。結果が出てからにしよう。」


「? まあ、いいけどな。」


 二人の会話が終わるのを待っていたヨーゼフが、近づいてきた。


「グレッテ卿、もう話は終わりましたか?」


 ヨーゼフと話がしたかったマイトランドは、すぐに切り替えた。


「丁度今終わったところだ。ちょっとこっちに来てくれるか?」


 そう言うと、ヨーゼフと隊舎裏に向かった。


「ヨーゼフ、銃を知っているか?」


「それは知っていますとも。他の貴族よりも知っているでしょう。」


「そうか、なら俺のいう事もわかるな。」


「まあそれなりには。」


「ドルトン銃の弱点がわかるか?」


「はい。雨と湿気、それに命中率、連射能力ですね。次弾の装填に時間がかかりすぎるかと。」


「そうなんだ。だから、装填時間を可能な限り短くすればいいんじゃないかと思ってな。」


「それは?」


「今の銃は、撃つたびに火薬を詰めて、弾を込めて、突き棒で押し固める。一発ごとにこれをやるから遅い。だったら、火薬と弾を最初から一つにまとめておいて、それごと入れ替えればいい。撃発装置も火打石ごと組み込んで、腰にいくつも吊るしておけば、撃ち終わったら丸ごと差し替えるだけだ。」


「撃発装置ごと取り替えるという発想ですか?」


「ああ。俺にわかるのは、装填が遅いなら装填そのものを無くせばいい、というところまでだ。それを実際にどう形にするかは、お前の異能の領分だろう。」


「は、はあ。わかりました。構造的に可能かどうかは検証が必要ですが、考え方としては理に適っています。なんとかやってみましょう。」


「短銃でやってくれ。俺の短銃はグレイグ中将に預けてある。部隊配属後に送らせよう。」


「銃を持っているんですか。それで・・・。わかりました。なんとかしましょう。」


「性能試験には必ず呼んでくれよ。」


 ヨーゼフは頷くと、自分の班と合流した。

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