第65話「ついでよ、ついで」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
全ての答え合わせを終えると、マイトランドが班員全員に尋ねた。
「ん?お前ら、皆、間違っていないのか?誰も手を上げないけど。恥ずかしがる必要ないんだぞ?」
「誰も間違ってないんだろ?俺は間違っていないぜ。文字だってしっかり確認したしな。あんまり俺達を舐めない方がいいぞ?全員全問正解ってことじゃねぇか?」
ジェイクが自慢げに語ると、エリオット、ロブ、ダンも同じように答えた。
マイトランドは班員が座る後方に目をやると、アツネイサに声をかけた。
「アツネイサ、お前大丈夫だったのか?問題自体がわからないとかじゃないのか?」
「ウン、ダイジョウブ。オレ。セイカイ。マチガイナイ。」
「言葉はまだ片言なんだな。」
「ウン、シャベル、カク、チガウ。モンダイナイ。」
「そうか、申し訳ない。こう言っちゃなんだが、俺はアツネイサが一番心配だったんだ。その手じゃペンも持ち辛いだろう?」
マイトランドが笑いながら、読み書きを教えてくれたフレデリカに感謝の目を向けると、アツネイサも独特な声でケタケタと笑い出した。
答え合わせを終えて班員たちが寛いでいると、廊下の向こうからフレデリカとクレアが姿を現した。
「おーい、マイト!終わったか?」
フレデリカが手を振りながら駆け寄ってくる。鎧の装飾が廊下に金属音を響かせた。
「ああ、とっくに終わった。そっちはどうだった?」
「愚問だぞ。私を誰だと思っている。」
「お前の場合、その自信がどこから来るのかが一番の謎だけどな。」
マイトランドが笑いながら言うと、クレアが一歩前に出た。
「失礼ね。フレデリカ様は毎晩遅くまで勉強なさっていたのよ。ド平民に言われる筋合いはないわ。」
「クレアの言う通りだ!私の努力を知らんくせに!」
マイトランドが二人のやり取りに笑っていると、フレデリカはアツネイサの方に目を向けた。
「アツネイサ、試験は大丈夫だったか?」
「ダイジョウブ。ゼンブ、カケタ。フレデリカ、オシエテクレタ。オカゲ。」
フレデリカの表情がぱっと明るくなった。
「そうか!そうかそうか!私が教えた甲斐があったというものだな!」
フレデリカは胸を張ったが、その胸はまるで張れていなかった。マイトランドはその言葉を飲み込み、代わりにフレデリカに頭を下げた。
「フレデリカ、本当に感謝している。アツネイサにとって、お前がいなかったらこの試験は乗り越えられなかった。」
「な、なんだ急に改まって。褒めても何も出ないぞ!」
フレデリカの頬がわずかに赤くなった。クレアが横目で見て、小さく鼻を鳴らした。
そこへジェラルトがクレアに声をかけた。
「おい、ハイルブロン。お前の方はどうだったんだよ。」
「ド平民に報告する義理はないわよ。」
「相変わらずだな。で、学科勝負の決着はまだだよな?」
クレアの目が一瞬鋭くなった。
「当たり前でしょう。まだ結果が出ていないもの。……負けた方が言うことを一つ聞く、忘れていないわよね?」
「忘れるわけねぇだろ。楽しみにしてるぜ。」
「こっちのセリフよ。」
マイトランドがクレアの横顔を見て、何気なく言った。
「クレア、自信ありそうだな。」
「当然よ。私だって毎晩教本を読み込んだんだから。ド平民に負けるつもりはないわ。」
「お前さ、毎晩って。そんなに気合い入れてたのかよ。」
ジェラルトが笑いながら言うと、クレアは一瞬言葉に詰まった。
「べ、別にアンタのためじゃないわよ。フレデリカ様の副官として恥ずかしくない成績を取るためよ。勝負はその、ついでよ。ついで。」
「ついでねぇ。じゃあ聞くが、負けたらどうする?」
「負けないわよ。」
「いや、もしの話だ。」
クレアはジェラルトを睨みつけた。
「……負けた方が言うことを一つ聞く。それが約束でしょう。私は約束を破らないわ。」
「へぇ。お前がそこまで言うなら、俺も本気で楽しみにしとくわ。」
「何をさせるつもりなの。」
「さあな。まだ考えてねぇ。」
「考えてないって……。アンタ、勝つ気があるの?」
「あるに決まってんだろ。ただ、お前に何させるかは、お前の顔見てから決めるよ。」
クレアの耳の先が赤くなった。何か言い返そうとして、結局言葉が見つからなかったのか、くるりと背を向けた。
「と、とにかく!結果が出るまで余計なことを言わないでちょうだい!」
フレデリカがその一部始終を見て、にやにやと笑っていた。
「クレア、お前の耳が赤いぞ。」
「赤くないですわ!」
「いや、赤い。マイトも見ただろう?」
「俺は何も見てない。」
マイトランドは賢明にも中立を保った。ジェラルトだけが、何が起きているのか全く分かっていない顔で鼻をほじっていた。
フレデリカとクレアが去った後、班員たちは三々五々散っていった。マイトランドとジェラルトも兵舎へ戻ろうと廊下を歩き出した。
渡り廊下の柱の影に、ドワイトが立っていた。
腕を組み、壁に背を預けたまま、何をするでもなく47班の方を見ていた。マイトランドとジェラルトがその前を通り過ぎても、ドワイトは声をかけなかった。
二人の背中が角を曲がって見えなくなると、ドワイトは小さく息を吐いた。
腕組みを解き、誰もいなくなった廊下を見渡す。
その口元に、かすかな笑みが浮かんでいた。
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