第64話「盤面は生きている」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
最終学科試験当日、ヨーゼフはマイトランドを呼び出した。
「マイトランド君、筆記試験を受ける前に少しいいですか?」
「ああ、どうした?」
「以前、私の異能について、説明しましたね?」
「ああ、開発と予知夢だったか?」
「ええ、その開発という異能についてなんですが、今ある武器を、新しく作り変えたり、全く新しいものを作ったりできるんですが、何か良いアイデアが、あったらと思いまして。我々は師団司令部などに配属となりますが、マイトランド君は平民ですからね。前線、もしくはモンスターの討伐部隊に配属となるでしょう。だから身を守る武器は必要でしょう?もちろん今すぐと言う訳ではありません。試験結果が発表されるくらいまでに、考えておいて頂ければ結構ですよ。」
「開発かぁ、そうだな、一つ考えている物がある。後でお願いするよ。」
ヨーゼフは頷くと、試験会場に向かった。
マイトランド班は試験会場の廊下に集合した。不正防止のため、試験官とは別に試験監視が人数分配置され、各々が別室で筆記試験を受ける。
「みんな、落ち着けば大丈夫だ。泣いても笑っても最後の試験、これまでの努力の成果を遺憾なく発揮してくれ!」
そう言ったマイトランドに、皆は頷くと、それぞれの試験室へと散っていった。
試験が始まるとマイトランドはものの数分で答案を書き終えた。試験監視官が呆気に取られている間に、マイトランドは筆を置いて退出を申し出た。
試験監視官は慌てて答案を確認したが、全問に解答が記されている。見落としがないか確認する時間すら与えず、マイトランドは試験会場を後にした。
残された試験監視官は、もう一度答案に目を落とした。
全ての設問に対し、解答が隙間なく記されている。それだけではない。記述式の設問には、教本の文言をそのまま写したような模範解答ではなく、独自の論述が展開されていた。
試験監視官は答案用紙を裏返し、表に戻し、もう一度読んだ。
数分だ。この男は、たった数分でこれを書いたのだ。
カンニングの疑いがある受験者には、試験後に所見を提出するよう指示されていた。試験監視官は所見用紙を取り出したが、何を書けばいいのか分からなかった。
不正の形跡はない。参照できる教本も、他の受験者の答案も、この部屋には存在しない。あるのは、常識では説明のつかない速度で書き上げられた、完璧な答案だけだった。
廊下に出たマイトランドは、壁に背を預けて待った。
しばらくして、最初に試験室から出てきたのはジェラルトだった。マイトランドの姿を見つけると、大きく伸びをしながら近づいてきた。
「お前、もう終わったのかよ。いつから待ってんだ?」
「さあな。少し前だ。」
「少しって、俺でもかなり早い方だと思ったんだが。」
「お前も十分早いだろ。」
「お前よりは遅い。」
ジェラルトはそう言って、マイトランドの隣の壁に背を預けた。
「まあ、お前がいなけりゃ俺が一番だったな。」
「体術は一番だろ。」
「それとこれとは別だ。学科で一番に出てくるってのも、たまにはやってみたかったんだよ。」
マイトランドが笑うと、ジェラルトも鼻を鳴らして笑った。二人は並んで壁に寄りかかったまま、班員たちが出てくるのを待った。
全員の試験が終わると、マイトランド班は一堂に集まり、自己採点と答え合わせを始めた。
マイトランドが問題を記憶から探り当て声に出すと、その問題の答えを班員が回答していく様式だ。
5問目を読み終わり、6問目を読むマイトランド。
「歩兵部隊の兵科記号を書け、答えは長方形書いて、その頂点からバツ印になるように対角線を引くだけだ。」
「マイトランド君!それは問題が違いますぅ。歩兵部隊の兵科記号を記入せよ。またこの歩兵部隊を旅団規模の、部隊規模を記入せよ。ですぅ!」
フランがマイトランドに間違いを指摘すると、マイトランドは感心して答えた。
「それは、別問題だろ?答えはバツ印を兵科記号の上に1個な。って言うか、フランお前問題を全部覚えていたのか?」
「ええ、もちろんですぅ!マイトランド君に何か一つでも勝ちたかったんですぅ。」
「そ、そうか、なら俺の負けだな。フランの様な物覚えの良い副官がいたら、その隊の司令官は楽だろうな。さあ、時間がないから次行くぞ。」
マイトランドはそう言うと、フランの頭を撫で、答え合わせを続けた。
答え合わせが進み、マイトランドが次の問題を読み上げた。
「敵軍を包囲する際、最も重要な原則を述べよ。」
「テキグン、ゼンホウイ、カコム。タイロ、タツ。ニゲラレナイ。」
アツネイサが真っ先に答えた。片言ではあるが、迷いのない回答だった。
「正解だ。教本通りの模範解答だな。」
マイトランドがそう言うと、ジェラルトが横から口を挟んだ。
「お前、違う答え書いただろ。」
マイトランドは肩をすくめた。
「まあな。俺は逆だ。包囲する時はあえて一方に退路を残す、と書いた。」
班員たちが首を傾げる中、フランが手を挙げた。
「それだと逃げられちゃいませんかぁ?」
「逃げてくれた方がいいんだ。退路を断たれた兵は死に物狂いで抵抗する。味方の損害は跳ね上がる。だが逃げ道が一つでも見えた瞬間、人間は生き延びたいと考える。士気が崩れ、陣形が崩れ、潰走が始まる。そこを追撃すれば、正面からぶつかるより遥かに少ない損害で敵を壊滅できる。」
「でも、アツネイサの答えも正解なんですよねぇ?」
「もちろんだ。教本に書いてある以上、試験の正解はアツネイサの方だ。俺のは――まあ、採点官の度量次第だな。」
マイトランドが笑うと、ジェイクが呆れた声を上げた。
「お前、試験でわざわざ教本と違う答え書くのかよ。」
「盤面は生きている。敵も味方も状況も、二度と同じ形にはならない。教本は出発点であって、到達点じゃない。いつも同じ答えになるとは限らないだろ?それに、試験官がどう採点するかも含めて盤面だろ?」
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