第58話「化け物が2人いる」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
最終学科・筆記試験の前日、教育隊本部棟の大会議室に、査閲官以下約20名の教官・班長が集められた。
新兵教育過程の最終順位を決定するための、評定会議であった。
上座に座るのは、ギュスターヴ・ド・フランドール大佐。新兵教育過程の査閲官であり、全評価に最終決定権を持つ男であった。ドの称号が示す通り、ヴェルタの古参貴族の家系であり、ロワイヤル派に属する。だが、この男が派閥の利益で動いたことは、一度もなかった。軍歴30年、教育隊に配属されて15年。その間、貴族も平民も等しく評価し、等しく鍛え上げてきた。それが、ギュスターヴ・ド・フランドールという男であった。
その両脇には各科目の主任教官が並び、壁際には各班の班長が立っていた。
ドワイトもその中にいた。
「では、始める。まず、これまでの学科・筆記試験の上位10名を確認する」
フランドール大佐の指示で、学科主任教官が名簿を読み上げた。
「1位、フリオニール・フォン・グレッテ。2位、クレア・ハイルブロン。3位、マイトランド・ラッセル。4位、グレンダ・フォン・ロンメル。5位、ヨーゼフ・アルファイマー。6位、ジェラルト・ランズベルク。7位——」
学科主任教官が読み上げ終わると、壁際から一人の若い士官が声を上げた。
オットー・フォン・ブレンナー少尉。学科教官の一人であり、3年前に新兵教育過程を首席で修了した男であった。
「査閲官殿。一点、確認させてください。学科3位に平民の名があります。これは正しいのですか」
「名簿の通りだ。何か問題か」
「問題があります。いかに新兵教育といえど、学科試験は士官としての基礎教養を問うものと考えております。貴族は幼少期から家庭教師をつけ、歴史、戦史、地理、軍制を叩き込まれます。平民にはその機会がありません。にもかかわらず平民が3位に入るなど、通常あり得ません」
「あり得ないことが起きたから、こうして議論しているのだ」
「いえ、私が申し上げたいのは、あり得ないことが起きた以上、何らかの不正があったと考えるのが自然ではないか、ということです」
ブレンナー少尉の目には、冷たい確信があった。
「私は3年前、首席で修了いたしました。あの順位を取るために、幼少期から何年もの教育を受けてきました。それを、田舎から出てきた平民が、わずか数ヶ月の教育で上回るなど、教育そのものへの侮辱です」
「ブレンナー少尉。それは感情論ではないのか」
学科主任教官が釘を刺した。だが、ブレンナー少尉は引かなかった。
「感情論ではありません。論理の問題です。貴族が何年もかけて学ぶ知識を、平民が独力で身につけることは不可能です。不可能なことが起きたのであれば、不正を疑うのが道理です」
フランドール大佐が静かに口を開いた。
「ブレンナー少尉。今の発言を、もう少し整理させてくれ」
「はい」
「貴官は、軍と貴官が知り得ぬことを知っている者は、不正を行ったと。そう言っているように聞こえるが、間違いないか」
ブレンナーの顔が一瞬強張った。
「いえ、そのような意味では——」
「いや、そういう意味だ。貴官の論理を突き詰めれば、我々の知識の範囲を超えた人間は、全て不正者ということになる。それが道理だと言うのであれば、我々教官は、自分より優秀な人間を永久に認められんことになるぞ。ではブレンナー少尉、教えてくれ。新しい戦術や戦略、ドクトリンは、一体どうやって生まれるのだ?教本の中からか?」
ブレンナーは答えられなかった。
「教本は、過去の知識の集積に過ぎん。教本を超える者が現れなければ、軍は永久に同じ戦い方を繰り返すことになる。それこそが、軍にとっての最大の不正だと、私は考えている」
会議室が静まった。ブレンナーは唇を噛み、一歩引いた。だが、その目はまだ冷たいままであった。
「待て」
フランドール大佐が続けた。
「3位のラッセル。前回の学科試験で、カンニングの疑惑が報告されていたな。その件はどうなった」
学科主任教官が書類を繰った。
「はい。前回の第二回学科試験において、ラッセル2等兵の解答が、範囲外の知識を含む記述であったため、カンニングの疑いが提起されました」
「具体的にはどのような内容だ」
学科主任教官が一枚の答案を取り出した。
「補給線構築の設問に対し、教本では距離、安全性、道の状態の3点を模範解答としています。ラッセルの解答は、水源の確保、地形の高低差による消耗率、代替経路の二重構造、この3点でした」
「水源と高低差はまだ分かる。だが、補給線の二重構造だと?」
「はい。ラッセルは、補給線の安全性とは『襲撃されないこと』ではなく『切断されても復旧できること』だと記述しています。さらに、水を運ぶ場合に積載量の3割が消費されるという具体的な数値まで示しております」
「その数値は正確なのか」
「確認しましたところ、帝国軍の輜重運用教範に記載のある数値と一致しております。我が軍の教本には記載がありません」
会議室がざわついた。
フランドール大佐は眉を寄せた。
「帝国軍の教範だと?平民の2等兵が、なぜ帝国軍の教範を知っている」
「不明であります。カンニングであれば他者の解答と一致するはずですが、ラッセルの解答は誰とも一致しておりません。むしろ、教官陣の中でもこの理論を知る者がおりませんでした」
「つまり、カンニングではなく、教本以上の知識を持っているということか」
「そのように判断せざるを得ません」
誰かが呟いた。その声に、別の教官が応じた。
「私も答案を確認しましたが、あの解答は正直、我々の教本が時代遅れだと言われているようなものです。補給線の最適化に関して、距離だけでなく地形の高低差と消耗率を変数に組み込み、さらに単線ではなく二重構造で冗長性を持たせる。これは教本どころか、士官学校の上級課程でも扱わない内容です」
「士官学校の上級課程でも、だと?」
会議室のざわめきが大きくなった。フランドール大佐は手を上げて静めた。
「カンニング疑惑については後ほど改めて議論する。まず、全体像を把握したい。次に、模擬戦の評価に移る。過去三回の模擬戦について、各回の報告を確認する」
模擬戦主任教官が立ち上がった。
「第一回模擬戦。フリオニール・フォン・グレッテ軍の記録上の勝利。しかし、実際の勝利は平民47班です。査閲官殿もご存じの通り、こちらで評定基準を班の撃破数に変更いたしました。ただし、従来通りの規定であれば、1位は平民47班ということになります」
会議室がざわついた。フランドール大佐は表情を変えなかったが、その沈黙が何よりも雄弁であった。
「その平民47班を率いていた兵の名は」
「マイトランド・ラッセル2等兵です」
「率いていた、というのは具体的にどういうことだ。指揮官は別にいるだろう」
術科教官の一人が確認した。模擬戦主任教官が答えた。
「47班の指揮官はヘクターであります。しかし、複数の班長からの報告によれば、作戦の立案と実行の指示は全てラッセルが行っており、ヘクターはラッセルの指示に従っていた、とのことです」
「指揮官がいるのに、一班員が指揮を執っていたのか。指揮官は何をしていた」
「ヘクターは、ラッセルの指揮能力を認め、自ら従ったものと思われます」
壁際に立っていた貴族3班の班長が、思わず声を上げた。
「あの模擬戦、私の班はラッセルの班におびき寄せられました。こちらの騎兵が追撃に出たところを、草叢に伏せていた兵に突かれたのです。しかも、あの長槍は正規の武器ですらありません。木を削っただけの即席の長槍です。それに、貴族の騎兵がやられました。正直に申し上げます。我々の班が負けた相手が、まさか平民の、しかも指揮官ですらない一兵卒だったとは、当時は信じられませんでした」
その言葉に、フリオニール班の班長が続いた。
「私の班も同じです。第一回模擬戦で、我々はラッセル2等兵の罠に嵌められました。そしてもう一人、47班にはランズベルク2等兵がおります。あの男は、あのロンベルト・フォン・ライトを一騎打ちで軽々と打ち破りました。並みの一個小隊の力を持つと言われるロンベルトを、です。正規の訓練も受けていない平民がです。47班には、化け物が2人いるのです」
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると大変励みになります。次回もよろしくお願いします!




