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第57話「約束は約束だぜ」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

勉強会の後、ジェラルトとクレアの学科勝負が、またしても繰り広げられていた。


 41話の約束の通り、負けた方が言うことを一つ聞くという賭けは、まだ決着がついていなかった。


「ランズベルク!今回こそ負けなさいよ!」


「いや、勝負ってのは勝つためにやるもんだろ」


「あんたが勝ったところで、何を要求する気よ!」


「別に。何も考えてねぇ」


「はぁ!?考えてないのに勝とうとしてるの!?信じられないわ!」


 クレアの怒声が廊下まで響いた。フレデリカが部屋の前を通りかかり、中を覗いた。


「何を騒いでいるのだ」


「フレデリカ様!こいつが!こいつがバカのくせに学科で負けてくれないんです!」


「バカとは何だ。ジェルは確かにバカだが、学科は別の話であろう。クレア、お前も素直ではないな」


「フレデリカ様まで何を言って——」


 クレアの顔が赤くなった。ジェラルトは何が起きているのかまったく理解していなかった。


 ---


 そんな日常の中で、マイトランドが気付いたことがあった。


 ドワイト班長の態度が、明らかに変わっていたのだ。


 以前は朝の点呼で必ず難癖をつけ、些細な理由で罰則を与えていた。反省室に連れて行かれ、棒で叩かれることも日常茶飯事であった。


 だが、この2ヶ月、罰則の回数が目に見えて減っていた。


「47班!整列!」


 ドワイトの声は相変わらず底意地の悪い響きを持っていた。だが、点呼を終えると、以前なら必ず見つけていた靴の汚れや、寝具の乱れへの指摘がなかった。


「……解散」


 それだけであった。


 マイトランドは訓練場への移動中、隣を歩くヘクターに小声で話しかけた。


「ヘクター、班長の様子、おかしいと思わないか」


「おかしい?確かに最近は大人しいな。殴られる回数も減った」


「減ったどころか、この1ヶ月で反省室に行ったのは3回だけだ。前は週に3回だったのに」


「疲れたんじゃないか?俺達をいじめるのにも体力がいるだろうし」


 ヘクターの答えは楽観的であったが、マイトランドはそうは思わなかった。


 ドワイト班長は、営倉入りの際に耳元で囁いてマイトランドを助けた男であった。コリンズを使って接触してきたこともあった。


 何かが動いている。だが、その正体はまだ掴めなかった。


 ---


 ある夜、アダムスが念話の異能で、隣の部屋にいるイブラヒムと話しているのをマイトランドは聞いていた。


 正確には、念話はマイトランドには聞こえなかった。だが、アダムスが独り言のように呟く内容から、会話の片側は推測できた。


「……うん、俺もそう思う。配属先、バラバラになるのかな」


 アダムスの声は小さかった。


「イブは木工の異能があるから、工兵隊に行けるかもしれないよな。俺も念話があるから、通信隊とかに回されるのかな」


 マイトランドは黙って聞いていた。


「……でもさ、マイトの班にいたいよな。ここが一番居心地いいんだ」


 アダムスとイブラヒムは、入隊当初から一緒であった。念話で繋がれた2人は、離れ離れになることを恐れていた。


 翌日の昼食時、ジェイクが大声で話題を振った。


「なあみんな、配属先の希望ってもう出したか?」


「まだだよ。つーかどこに出しても通らねぇだろ、平民だし」


 ジョディーが肩をすくめると、フランが首を傾げた。


「フランは、どこでもいいです。みんなと一緒なら」


「フラン、それは無理だと思うぞ。全員同じ部隊になることはない」


 シュウが現実的な答えを返すと、フランの顔が曇った。


「えぇ……。じゃあフランは、マイトさんと同じところがいいです」


「俺と同じところに行きたいなら、首席を取るしかないな」


 マイトランドが笑うと、フランは目を丸くした。


「首席!フランが!?」


「いや、俺がだよ」


 班員たちが笑った。だが、その笑いの裏には、間もなく訪れる別れへの不安が確かにあった。


 ---


 一方、フリオニールの側にも変化があった。


 第三回模擬戦の後、フリオニールはこれまで以上に平民の班員たちと話す機会を作っていた。訓練場での声かけ、食堂での同席、時には勉強会への参加。


 貴族が平民と同じ卓で飯を食う。それだけで周囲はざわついた。だが、フリオニールは気にしなかった。


「フリオニール。お前、また食堂で平民と一緒に食べていたそうだな」


 フレデリカが呆れた顔で言った。


「ああ。ライアネン隊の者たちと話していた。彼らの訓練の様子を聞きたかったのだ」


「それは構わんが、ロンメル家の連中が騒いでいるぞ。『グレッテ卿は平民に媚びている』とな」


「知っている。だが、私は媚びているのではない。知りたいのだ。彼らが何を考え、何を望んでいるのかを」


 フリオニールの目は真剣であった。


「第二回の模擬戦で、名前のない功績があった。第三回では、降伏を決めた者が背中から刺された。どちらも、私が変えなければならないことだ」


「お前の志は立派だ。だが、志だけでは変わらんぞ。力がなければ」


「分かっている。だからこそ、まずは知ることから始めている」


 フレデリカは少し黙った後、口の端を上げた。


「まあ、お前がそう決めたなら止めはせんぞ。だが、一つだけ言っておく。ロンメル家だけではない。グレッテ家の内からも、お前のやり方に疑問を持つ者が出始めている。ライト家のロンベルトは抑えているが、いつまで持つか分からんぞ」


「ロンベルトには感謝している。だが、私は止まるつもりはない」


「ではないぞ、と言いたいところだが……お前がそう言うなら、私も付き合おう」


 フレデリカはそう言うと、マイトランドのハンカチ——あのボロ布を、鎧の内側でそっと握った。


 ---


 これが終われば、新兵過程は修了。晴れて部隊配属となる。


 任地は貴族、新貴族についてはほぼ希望通りに通った。平民は希望兵科と適性重視で配属される為、任地希望はほぼ通らなかった。


 ただし、任地希望を通す条件が一つだけあった。首席、次席、第三席までは平民であっても希望が通るということであった。だが、過去その3つの枠に残れた平民は存在しなかった。


 マイトランドは、その日の夜、2年前に交わした一つの約束を思い出した。


 ジェラルトと共に、グリルファウスト大将と交わした、新兵教育過程を首席修了するという約束であった。


「なあ、俺達、今どれくらいの順位にいるんだろうか」


「うん。まあ首席とか上位は無理だろうぜ。散々班長達に邪魔されたしな」


「そう言えばさ、最近罰則少なくなってきたと思わないか?」


「たしかに!なんか体の調子もいいぜ」


「そうだな。反省室に行って棒で叩かれることはまだあるけどな。班長の文句も少なくなったって感じるよ。なんか怪しいよ。あの人」


「ああん。まあいいだろ、班長なんて。ここ出れば二度と会う事もないんだ。それよりさ、約束は約束だぜ、最後まで首席修了狙ってしっかりやろうぜ」


「ああ、順位が発表されるんだったっけか?俺がランズベルクより上だといいな」


 そんな会話をしながら、二人は眠りについた。

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