第56話「盤上の駒ではない」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
戦功順位が発表されると、グレンダは隣のフリオニールに、この世の者とは思えない形相で睨み、深いため息と共に声をかけた。
「どういうつもりですの?フリオニール様。敗者に情けをかけるとは失礼ではありませんこと?」
「そういう意味ではない。マイトランドとジェラルトが決めたことだ。大将は私だが、私に決定権はない。何も言わずに受け取ってほしい」
どういう訳か、フリオニールの返答に、グレンダの機嫌が急に良くなった。
「ジェラルト……あの方ですのね。フリオニール様の班でしたの?」
「いや、ヘクター班、平民47班だ」
「平民が指揮を執ってこの結果ですのね。なんだか頭が痛くなってしまいましたわ。でもあの方には、先の模擬戦でも私を救って頂きましたわ。平民とは言え、恥を忍んで受け取らねばなりませんわね」
グレンダの嬉しそうな表情に、フリオニールは安堵すると、続けた。
「理解しかねるが、損をすることは無いだろう。受け取っておいてくれ」
「はい、そうしますわ」
「しかしな。マイトランドの予言も怖いな」
フリオニールは呟くと、総大将として自軍の表彰を受けるため、神妙な面持ちで壇前へと進み出た。
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「マイトランド。なんか、かわいそうだぜ」
ジェラルトが呟いた。その声には、珍しく、からかいの色がなかった。
「ああ、だがしょうがない。彼の決めたことだ」
「それは分かってるけどよ。あいつの部下たち、誰も目を合わせてなかったぜ」
「……ああ」
マイトランドは壇上から戻ってきたライナーの背中を見ていた。広い背中のはずだったが、今は小さく見えた。
「原因は俺達でもあるからな。噂工作で追い詰めて、離反させて、方法も教えずに『グレンダを討て』とだけ言った。あいつなりに必死だったんだろう」
「だからってよ、背中からはねぇだろ」
「ああ。だが、あいつにはあれしかなかったのかもしれん」
マイトランドは目を伏せた。
「ライナーの下に付くことがあったら、なんとかしてやろう」
「ああ、そうだな。悪いヤツじゃないからな」
ジェラルトはそう言って、鼻をほじった。
「つーかマイト、お前が珍しく気にしてるな」
「……別に気にしてねぇよ」
「嘘つけ。顔に書いてあるぜ」
マイトランドは何も答えなかった。
全ての行程を終了し、隊舎に戻る道すがら、フレデリカがマイトランドの隣に並んだ。
「マイト。ライナーのことだが」
「ああ」
「あの男は確かにバカだし、やり方は最低だった。だが、私はフリオニールを呼び捨てにし始めた時、あの男に怒鳴られたことがある。『グレッテ卿に対して無礼だ』と。家名への誇りだけは本物だったぞ」
「……そうか」
「私が言いたいのは、あの男を追い詰めたのは噂だということだ。噂がなければ、あんなことにはならなかったかもしれん。お前の策は見事だった。だが、人を追い詰めすぎると、思わぬ方向に暴発する。覚えておくことだぞ」
フレデリカの言葉は、いつもの調子であった。だが、マイトランドの胸には深く刺さった。
「ああ、覚えておくよ」
マイトランドは静かにそう答えた。
隊舎に戻ってからも、マイトランドの胸に残った謎のモヤモヤは消えることはなかった。
勝った。作戦通りに勝った。だが、この勝ち方で良かったのか。
盤上遊戯の駒ではなく、人を動かしているのだ。
マイトランドは天井を見上げ、目を閉じた。
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それから2ヶ月が過ぎた。
マイトランドの予想通り、最終の模擬戦は実施されるに至らず、新兵教育過程は最終の学科・筆記試験を残すのみとなった。
第三回模擬戦の後、日々は穏やかに流れた。
戦場の緊張から解放された班員たちは、学科試験に向けた勉強と、日課の訓練を繰り返す日常に戻っていた。
と言っても、マイトランド班の勉強風景は、他の班とは少々様子が違っていた。
「マイト、この問題なんだけどさ」
フィンが教本を差し出すと、マイトランドは一瞥しただけで答えた。
「それは補給線の問題だ。答えは三番目の経路。理由は二つ、距離と水源の確保だ」
「お前、教本読んでないのにどうして分かるんだよ」
「読まなくても分かる。常識だろ」
「常識じゃねぇよ!」
フィンが声を荒らげると、隣でクリスが苦笑いした。
「僕も分からなかったから安心して、フィン。マイトの常識は僕たちの常識じゃないんだよ」
クリスは虚弱体質のせいで体術の点数は低かったが、学科は全科目で上位に入っていた。マイトランドとクリスが組むと、班内の勉強会は妙に効率が良かった。
「クリスはいいよな、頭が良くて」
「体が弱い分、頭で稼がないと配属先がないんだよ。僕みたいなのは、希望を出しても前線には送られないだろうし」
クリスの自虐に、ジョディーが口を挟んだ。
「クリス、お前の水魔法と雷魔法は中級だろう。前線どころか、どこの部隊でも欲しがるぞ」
「そうかな」
「ああ。魔法が使える兵は貴重だ。自信を持て」
ジョディーの言葉に、クリスは少しだけ顔を明るくした。
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