第55話「人の心までは分からん」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
ライナーが大将グレンダを討ち取ったことで、グレンダ軍は指揮系統を完全に失った。副官が降伏の伝令を出すと、残された歩兵たちは次々と武器を置いた。もはや戦う理由も、戦う相手も、誰も分からなくなっていた。
模擬戦はあっけなく終了した。
班長、査閲官が戦闘状況を確認し、
ドーン、ドーン、ドーン。
というお決まりの銅鑼の音で、評定へと移行した。
マイトランドは、集結地点へ向かうまでの間、評定についてフリオニールと話をした。
「俺の言った通り、早く終わっただろ?」
「ああ、グレンダ嬢は大分気の毒な気もするがな」
「まあな。ジェルの話じゃ、降伏しようって決まっていたらしいからな」
「そういえば、ジェルがグレンダ嬢を助けたと聞いたが」
「ああ、あいつの独断だ。俺は指示していない」
「なぜ助けたのだ?敵の総大将だぞ。放っておいても戦果に変わりはなかったはずだ」
「俺もそう聞いたよ。そしたらあいつ、鼻をほじりながら言いやがった」
マイトランドは少し呆れた顔で、ジェラルトの言葉をそのまま伝えた。
「『降伏を決めた奴を背中から突くのを黙って見てるのは、なんか違ぇだろ』だとさ」
フリオニールは一瞬黙り、そして静かに笑った。
「なんか違う、か。理屈ではないのだな」
「ああ、理屈じゃない。あいつは頭で考えるタイプじゃないからな。ただ、目の前で気に食わないことが起きたから止めた。それだけだ」
「それだけ、か」
「だが、結果としてグレンダ嬢は、敵の平民に助けられたことになる。あいつは多分そこまで考えていないが、これはこれで面白いことになるかもしれんな」
マイトランドの予想では、徹底抗戦を決めたグレンダ軍に対し、ライナー隊が攻撃を仕掛けるというものであった。
大勢で囲むだとか、多少なりとも卑怯な手を使う事までは、予想にあった。だが、腐っても貴族だ。降伏を決めた者を、背面から討ち取るという品性の欠片も感じさせないような行動を取るとは、思ってもいなかったのだ。
その証拠にマイトランドは、万が一ライナーが失敗すれば、砦内に潜入させていたジェラルトが仕留めるという算段までつけていた。
「人の心までは分からんな。良い勉強になったよ。約束は約束だからな、戦功1位をアイツにやろう」
マイトランドが笑うと、フリオニールは苦笑いで答えた。
「ライナーか。本心で言えば、あんな男にくれてやりたくはないが、貴族間の約束だ。諦めよう。しかし、私はまたグレンダ嬢とその一派に、嫌われる理由が増えたな。無論、この戦功表彰も含めてな」
「それも上に立つ者の宿命だろう。万人に好かれることなど不可能だよ」
マイトランドが締めくくろうとした時、フリオニールが足を止めた。
「マイト。一つ、頼みがある」
「なんだ?」
「グレンダ嬢の班を、戦功に入れてやれないか」
マイトランドは一瞬目を見開いた。
「敵の総大将だぞ?理由は何だ」
「降伏を決断できるのも、指揮官の力量だ。あの状況で兵を守る為に頭を下げることを選んだ。それは評価されるべきだと、私は思う」
フリオニールの目は真っ直ぐであった。
マイトランドは少し考え、口の端を上げた。
「分かった。6位にグレンダ班を入れよう。フレデリカ班を4位に繰り上げ、フリオニール班を5位、グレンダ班を6位、ライアネン班を7位から9位。これでどうだ」
「助かる」
「お前らしいよ、フリオニール」
マイトランドは笑った。だが、その笑みの裏で考えていた。グレンダの評価を入れることで、フリオニールは敵にすら公平な人間だと示すことができる。これは次の戦いに向けた布石にもなる。
だが、フリオニールの目を見れば、そんな計算で言っている訳ではないことは明らかであった。
2人は第三回模擬戦の評定の順位を決めると、握手を交わし、各々班員のいる列に戻った。
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評定では魔導拡声器の軍人が戦功順位を発表すると、今回ばかりは、マイトランドとフリオニールの定めた通りの順位であった。
10位から順々に戦功表彰が始まった。
10位、マイトランド班。名前を呼ばれたマイトランドは、いつも通り何食わぬ顔で壇上に上がり、表彰を受けた。平民の班が戦功に入ること自体、もはや驚きではなくなっていた。
9位から7位、ライアネン班。ライアネンの名が呼ばれると、平民の列から大きな歓声が上がった。第二回模擬戦に続き、戦功に名を連ねたライアネンは、もはや平民の中では英雄であった。壇上に上がったライアネンは、弟のクリードと目を合わせ、軽く顎を引いた。
6位、グレンダ班。この発表には、会場全体がざわついた。敗軍の総大将が戦功に入るなど、前代未聞であった。だが、壇上に上がったグレンダは、痛む脇腹を押さえながらも、背筋を伸ばし、毅然と表彰を受けた。その姿に、ざわめきは自然と収まった。敗れてなお、ロンメルの名に恥じぬ振る舞いであった。
5位、フリオニール班。4位、フレデリカ班。フレデリカは表彰を受けると、クレアと顔を見合わせ、小さくガッツポーズをした。クレアは呆れた顔をしていたが、口元は緩んでいた。
3位、フリオニール。三度目の模擬戦、三度目の戦功上位。壇上に立ったフリオニールは、静かに会場を見渡した。貴族からも平民からも、拍手が送られた。フリオニールの目が一瞬、マイトランドの方を向いた。マイトランドは軽く頷いた。
2位、アルファイマー班。ヨーゼフが壇上に上がると、会場からは戸惑い混じりの拍手が起きた。第一回、第二回と戦闘を放棄し、臆病者と嘲られた男が、2位であった。だが、今回の模擬戦で砦内の橋を落とし、戦況を決定づけたのがヨーゼフであったことは、既に全軍に知れ渡っていた。ヨーゼフは表情一つ変えず、淡々と表彰を受けると、壇上からマイトランドに向かって深く頭を下げた。
2位までは、惜しみない拍手と歓声が上がった。
そして、1位。
ライナー・クリシュマルドの名が呼ばれた。
会場が静まり返った。
正確には、静まり返っただけならまだ良かった。
ライナーが壇上に向かって歩き始めた瞬間、小声が漏れ始めた。
「降伏した相手を、背中からだぞ」
「聞いたか。グレンダ様が背を向けた瞬間に突いたらしい」
「貴族がやることか、あんなの」
小声は次第に大きくなり、やがて大声で文句を言い出す者まで出始めた。
「恥を知れ!」
誰かが叫んだ。それを皮切りに、怒号が広がった。
「卑怯者!」
「下着泥棒のくせに!」
ライナーは壇上へ歩き続けた。一歩一歩、怒号の中を進んだ。
その顔は、強張っていた。だが、足は止めなかった。
壇上に上がり、表彰を受ける間も、拍手は一つもなかった。代わりにあったのは、冷たい視線と、侮蔑の囁きだけであった。
ライナーは表彰を受け取ると、会場を見渡した。
そこにあったのは、賞賛ではなかった。敬意でもなかった。
彼が命がけで取り戻そうとした名誉は、この瞬間、完全に消え去った。
新貴族ライナー・クリシュマルド。本人は何も言う事はなかったが、彼はこの日、下着泥棒と呼ばれ、奈落の底に落ちた名声を復活させるべく奮戦した。
ところが実際は取り戻すどころか、降伏をしようとした者を討ったことで、貴族としての信用と威厳、部下からの信頼、持てる物全てを失った。
壇上から降りたライナーは、自分の班の列に戻った。だが、班員たちは目を合わせなかった。西門で味方を叩かされた15名も、指揮所に連れて行かれた4名も、誰一人としてライナーの顔を見なかった。
ライナーは、一人で立っていた。
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