第54話「やりすぎだ」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
ライナーは腰の剣に手をかけた。だが、斬りかからなかった。
グレンダの副官はまだ動いている。護衛もいる。この場で斬りかかれば、返り討ちに遭う可能性があった。
ライナーはバカであったが、腹を括った人間は時として冷静になる。
剣から手を離し、一歩引いた。
「……失礼いたしました。ご指示をお待ちしております」
グレンダは一瞥もくれなかった。副官に向き直り、状況の整理を始めた。
「むむ。そうか、そこで少し待っていてくれ」
副官はライナーの存在を後回しにし、グレンダと戦況の確認を始めた。
「橋が落ちたということは、アルファイマー卿が落としたとみてよいでしょう。あの橋は砦の内側からでなければ壊せません。つまり、アルファイマー卿も離反しております」
副官の冷静な分析に、グレンダは小さく頷いた。
「であれば、すぐに駆けつけられるのは、私の班の20騎と、そこにいるクリシュマルドの騎兵のみです。門の防衛に8割の歩兵を割いているのです。砦内に残った2割の歩兵では——」
副官はそこで言葉を切り、ライナーの背後に目をやった。4名しかいなかった。
「クリシュマルド。貴様の隊は20騎のはずだ。残りはどこにいる」
「にっ、西門です!西門に敵が取り付いていたので、残りを向かわせました!」
「誰の許可を得た?勝手に部隊を分けるなど——」
「緊急事態だったのです!許可を取りに来ている暇はありませんでした!」
副官は眉間に皺を寄せたが、今はライナーの処分よりも戦況の把握が先であった。グレンダに向き直り、報告を続けた。
「……使える騎兵は、私の班の20騎と、クリシュマルドの5名のみ。砦内では騎兵は機動力を発揮できません。歩兵も2割しか残っておりません」
グレンダの正確な状況判断に、副官は目頭が熱くなるのを感じながらも返答した。
「砦内には大量の罠もございますし、まだ一矢報いることもできます」
副官の言に、グレンダは頭を左右に振ると、決意を語った。
「何度も戦って分かりましたが、フリオニール様の軍は強すぎます。経験不足の私たちもまた敗因の一つです。もはやこれまで、勝ち目はありません。降伏をいたしましょう」
グレンダが降伏を決意した瞬間、ライナーの心臓が跳ねた。降伏されてしまえば、条件達成に至らず、戦功1位を貰うことができなくなる。
ライナーが必死で反論した。
「まだ、私たちがおります!このライナー隊、身命を賭して、敵を蹴散らして御覧に入れましょう!」
ライナーの大声に、グレンダは耳を塞ぎ、汚い物でも見るかのような蔑んだ目でライナーに言った。
「下着泥棒の貴方だから信用できぬのです。降伏をいたしましょう。皆、異論はありませんね?引き際も大事です。これ以上、兵を傷つける訳には参りません。今回は運が無かったと思って諦めましょう」
「ははっ。グレンダ様の御意のままに」
副官と護衛の者たちが頭を下げると、グレンダは頷いた。
「では降伏の使者を出しなさい」
そう言って、全員に背を向けた。
その瞬間であった。
グレンダの下着泥棒という言葉が、余程気に障ったのだろうか。熟れたリンゴの如く、顔を真っ赤にしたライナーが呟いた。
「言わせておけば。これが最初で最後のチャンスか」
ライナーは持っていたハルバードを構えると、突如グレンダに向け突進、背面から、グレンダの脇腹を突き刺し、そのまま天高く突き上げた。
「はははははっ!これで俺が戦功一位だ!もう下着泥棒とは呼ばせんぞ!」
「どうだ!見たか!俺の策は!」
ライナーは、崩れ落ちる副官を見ながら、大声で自らの功を誇った。
その時であった。
背後から風が吹いた。気配もなく、足音もなく、突然ライナーの視界が回転した。
ジェラルトであった。
マイトランドが最後の切り札として砦内に潜入させていたジェラルトが、風魔法で気配を消したまま、指揮所の一部始終を見ていたのだ。
ジェラルトはライナーの腕を捻り上げ、ハルバードを弾き飛ばすと、地面に組み伏せた。
「なっ、貴様、何を——」
「やりすぎだ」
ジェラルトの声は低く、静かであったが、怒りが滲んでいた。
「降伏を決めた相手を、背中から刺すのか。お前、それでも貴族か」
「う、うるさい!これは正当な戦果だ!俺はグレッテ卿の——」
「黙れ」
ジェラルトはライナーを地面に押さえつけたまま、倒れているグレンダに駆け寄った。
グレンダは横たわったまま、薄く目を開けていた。脇腹を押さえ、痛みに顔を歪めていた。意識はあった。だが、立ち上がる力は残っていなかった。
ジェラルトはグレンダの体を起こし、壁にもたれかけさせた。
「大丈夫か」
グレンダは、自分を助けた男の顔を見上げた。
見覚えがあった。第一回模擬戦の後、名前を聞いた平民の男であった。
「……貴方は」
「ジェラルトだ。前に一度、名前を聞かれただろう」
グレンダは何かを言おうとしたが、声にならなかった。降伏を決めた自分を背後から刺した男がいて、その自分を助けたのが、敵軍の、しかも平民の男であった。
ジェラルトはそれ以上何も言わず、副官に向かって声をかけた。
「おい、お前らの大将だろう。ああ、マイト的には総大将だったか。どっちでも良いからしっかりしろ!」
副官は我に返り、慌ててグレンダのもとに駆け寄った。
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