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第53話「下着泥棒の分際で」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

 砦内中央監視塔の監視者が、砦南門監視台の離反に気付き、グレンダに伝令を送った。その情報は、当然ながら監視塔下に待機していたライナーの知るところとなった。


 ライナー・クリシュマルドに与えられた指示は、一つだけであった。敵大将グレンダを討ち取れ。それだけであった。


 方法は聞いていなかった。


「ぐぬぬぬぬ。どうするか。そうだ!良い手を思いついた。やるなら今しかないな」


 ライナーは右の拳を握り、左の掌にポンと置くと、隊の副官を呼びつけた。


「お前、残りの連中を連れて西門に行け。エルンストが歩兵を回していたはずだ。全員叩け」


「は?なんでですか?」


「そいつらが裏切っているのだ!俺はグレンダ様のところに行く。4人ついてこい、残りは西門だ!」


 副官は南門の離反を耳にした直後であった。他にも裏切り者がいると言われれば、疑う余裕もなかった。15名を率いて西門へ走った。


 西門に到着した副官が見たのは、エルンストの命令で配置されたばかりの2個班、約45名の歩兵であった。


 数の上では3倍の差があった。だが、彼らは南門の爆発音に動揺していた。何が起きたのか分からず、指揮系統も曖昧なまま、ただ立ち尽くしていた。


 ライナー隊の副官が声を張った。


「全員、武器を捨てろ!南門は落ちた、ライアネン隊は離反、砦内の橋も落ちている!貴様らの指揮官エルンストは、もう動けん!」


 歩兵たちが顔を見合わせた。南門の方角からは、確かに悲鳴と怒号が聞こえていた。


「嘘だ!そんな報告は——」


 2個班の中から一人が声を上げたが、言い終わる前にライナー隊が突撃した。


 指揮官のいない部隊は脆かった。エルンストから「西門を守れ」とだけ命じられ、何をどう守るのか、誰が指揮を執るのかすら決められていなかった。先頭の数名が打ち倒されると、後列は算を乱して逃げ出した。


 戦闘は短かった。ライナー隊15名は、ものの数分で2個班を制圧した。


 副官は、地面にうずくまる歩兵たちを見下ろし、申し訳なさそうに頭を下げた。


「……すまん。俺たちも何がなんだか分かっていないんだ。あの人がやれと言うから」


 ライナー隊の兵たちも、互いに顔を見合わせるばかりであった。なぜ味方を叩いたのか、この後どうなるのか、誰一人理解していなかった。理解していたのは、砦指揮所に向かって走っている、あのバカだけであった。


 ---


 ライナーは4名だけを引き連れ、伝令と共に砦内をグレンダの待つ砦指揮所に向かい走り出した。


「グレンダ様!南門監視台離反!砦内の橋が落ちました!」


 ライナーは伝令の役割など気にも留めず、我先にと大声でグレンダの指揮所である部屋に飛び込んだ。


「貴様、武器を部屋の外に置いて来ぬか。ここが指揮所であるのは知っていよう。帯刀してはならん!護衛など私たちだけで十分だ。それよりも正確な情報が知りたい。伝令を早く通せ」


 グレンダの副官がライナーに叱咤し、伝令からの報告を受け取っているのを見ると、ライナーは奥歯をグッと噛みしめて割って入った。


「それどころではありません。砦内に、敵20名程が侵入した様子。だからこうしてグレンダ様を護衛しようと、駆けつけて参ったのです」


「敵は全軍で進軍と聞いている。そのような報告は受けておらんぞ!どこの部隊の情報だ?そもそも貴様の部隊は、情報を受け取れる場所にはいなかったであろう」


 副官が再度確認をすると、ライナーはくぐもった声でこう呟いた。


「20名はいくらなんでも多すぎたかな」


 そう、ライナーは、なんの計画もない嘘をついたのであった。


「は、街側の壁を登っているところを確認いたしました。なぁ、お前」


 一度計画のない嘘をつけば、その嘘を隠すために、さらに何の計画もない嘘をつくことになる。当然ライナーの嘘には自信がなかった。余程自信がなかったのだろう、そう言って自分の班の班員に話を振った。


「はっ、はい。確認いたしました!」


 話を振られた班員は、戸惑いながらもライナーの言った通りに報告をすると、グレンダの副官は難しい顔をして答えた。


「どこの壁だ?」


「はい?どこの壁?街側の壁ですが。ちょっと仰ってる意味が解りません」


「貴様、方位も方角も知らんのか?壁は街側にしかないであろう。街側のどこの壁だと聞いている!」


 ライナーは新貴族であるが、実のところバカであった。


「はっ!西側の壁です」


 重要なことなのでもう一度、ライナーはバカであった。


「西側?西側だと?アルファイマーの隊の警戒分担場所ではないではないか!」


「はぁ、本当です!私を疑うのですか?こんなこともあろうかと、事前に察知して、隊を分けて行動していたのです。とにかく、どうすれば良いかご指示を頂けますか?」


 ここでようやく、グレンダが口を開いた。


「下がりなさい」


 静かだが、有無を言わさぬ声であった。ライナーは一瞬怯んだが、すぐに顔を上げた。


「グレンダ様、しかし——」


「聞こえなかったのですか?下がれと言ったのです」


 グレンダは戦車の上から降り、ライナーの前に歩み寄ると、冷たい目でライナーを見下ろした。


「南門が離反し、砦内の橋が落ち、西の壁から敵が侵入した。その全てが同時に起きた。それなのに、貴様が真っ先にここに駆け込んできた。不思議ですわね」


「い、いえ、それは護衛の為に——」


「護衛?貴様がですか?」


 グレンダは鼻で笑った。


「泥棒貴族に護衛を頼むほど、私は落ちぶれてはおりません」


 ライナーの顔がこわばった。だが、グレンダは続けた。


「貴様には予備兵力として、監視塔下に待機するよう命じたはずです。なぜ持ち場を離れたのですか。貴様が直訴して来た時、私は何と言いましたか?」


「……予備部隊に配置する、と」


「そうです。貴様には予備で十分だと、そう判断しました。その判断は今でも変わっていませんわ」


 グレンダの声には、怒りすらなかった。ライナーという存在に、怒る価値すら見出していなかった。


「下着泥棒の分際で、私の指揮所に土足で上がり込み、武器を帯びたまま、嘘の報告を並べ立てる。恥を知りなさい、クリシュマルド」


 ライナーの拳が震えた。


 グレンダはライナーから目を外すと、その背後に立つ4名の兵に視線を移した。


「貴方たち」


 4名の兵が身を固くした。


「この男の下にいて、惨めだとは思いませんか。泥棒貴族の、しかも下着泥棒の部下などと、他の班の者たちにどう思われているか、分かっていますわよね」


 4名は答えられなかった。ライナーの顔を見ることも、グレンダの顔を見ることもできず、ただ視線を落とした。


「可哀想に。貴方たちに罪はありませんわ。こんな男に配属されたことが不運だっただけのこと」


 グレンダは柔らかい声で続けた。


「私の部隊に来なさい。ロンメルの名の下であれば、貴方たちの名誉は守られます。こんな男の下で、これ以上恥を重ねることはありませんわ」


 4名のうち一人が、わずかに顔を上げた。グレンダの言葉に、心が揺らいだのが見て取れた。


 ライナーは奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばった。


 侮辱は耐えられた。泥棒と呼ばれても、下着泥棒と呼ばれても、予備で十分だと言われても、耐えた。だが、自分の部下の前で、自分の部下を奪おうとするこの女だけは、許せなかった。


 クリシュマルドの名は、もはや嘲笑の対象でしかなかった。噂工作で泥棒貴族と呼ばれ、さらに下着泥棒にまで貶められた。その全てがマイトランドの仕掛けた罠であり、自分がここに立っていること自体が、その罠の最後の一手であった。


 だが、そんなことはライナーの頭にはなかった。ライナーの頭にあったのは、ただ一つであった。


 目の前の女を討てば、戦功第1位。


 家名の誇りを取り戻せる。


 それだけであった。


「副官。この者と部下を武装解除し、つまみ出しなさい。こんな者に構っている暇は——」


 グレンダが副官に向き直った瞬間、ライナーは腰の剣に手をかけた。


 ライナーの手柄、つまり離反して取るべきグレンダの首は目の前にあった。どんな理由をつけてでもこの場から立ち去る訳にはいかなかった。

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