第49話「シャーマート」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
「おい、マイト、あいつバカだぜ。」
ジェラルトが開口一番にそう言うと、マイトランドは地図から顔を上げた。
「なんだ、今頃か?あいつはバカだ。バカでないなら、前回の模擬戦で、命令とはいえ、ライアネン隊に真正直に、正面から突撃なんかするもんか。」
「それよ。しかもあいつ、ウチの大将をフリオニールだと思い込んでるぜ。」
「そうか。まあ好都合だ。貴族の言葉なら信じる。平民の言葉なら信じない。そういう男だろう?」
「ああ、まさにそれだ。最後までグレッテ卿グレッテ卿って言ってたぜ。」
「フリオニールには俺から話しておく。当日まで黙っていてくれと。」
「いいのか?フリオニールに嘘つかせるのかよ。」
「嘘じゃない。フリオニールは総大将だ。ライナーが勝手にそう思い込んでるだけだろ?」
マイトランドが涼しい顔で言い放つと、ジェラルトは呆れたように笑った。
「お前、やっぱ気持ち悪いぜ。」
「褒め言葉だな。」
二人がライナーの話で盛り上がっていると、ポエルが静かに部屋に入ってきた。
「ライアネンから。」
ポエルはそれだけ言って、一枚のメモを差し出した。マイトランドは受け取って目を通した。
「平民班7個班がこちらに付く。ライアネン隊に参加した班は全て説得済み。更に噂を聞きつけた3個班が合流希望、だと。」
マイトランドは指を折って計算した。ライアネン隊の7個班に、自発的に来た3個班。合わせて10個班。元々こちらに配置された10個班と合わせれば20個班。グレンダ軍に残るのは33個班にまで減る。
「ポエル、ライアネンに伝えてくれ。3個班も受け入れろ。ただし作戦の中身は教えるな。当日まで普通にグレンダ軍として訓練に参加しろ、とだけ。」
ポエルは2度頷くと、音もなく部屋を出て行った。
「10個班か。思ったより多いな。」
ジェラルトが感心したように言うと、マイトランドは肩をすくめた。
「ライアネンの人望だよ。前回の模擬戦で一緒に戦った連中は、ライアネンを信頼している。ライアネンが動けと言えば動く。俺の名前なんか出す必要もなかっただろうさ。」
「お前がそう仕向けたくせによく言うぜ。そういえば、逆にグレンダ軍からうちの平民班に引き抜きが来てたの知ってるか?」
「ああ、聞いてる。」
「で、どうなった?」
「全班断ったそうだ。ジェイクが一番派手だったらしいな。引き抜きに来た奴を『俺達はマイトの班だ、ナメんなよ』って凄んで追い返したって。他の班も似たようなもんだ。44班から52班まで、一班も揺らがなかった。」
ジェラルトが笑った。
「そりゃそうだ。あの戦いの後で裏切る奴がいたら、そいつの方がどうかしてるぜ。」
マイトランドは小さく笑った。調略で敵を崩す一方で、自分の足元は微動だにしない。それが何より心強かった。
「さて、配置だが、今回は特に気にしなくて良い。門に到着して、火薬をセットしたら、フランが魔法で着火、爆発させて、終わりだ。」
「その後は?どうするんだ?」
ジェラルトが確認の意味を込めて聞くと、マイトランドは笑って答えた。
「こちらが全軍で門を攻めようとすれば、敵は門に全軍を集めるはずだ。だが、門の内側にはライアネン達がいる。ライアネンの部隊は門の開錠部隊として配置されているから、こちらの攻撃が始まった瞬間に門を開けて迎撃に出ろと命令が来るはずだ。だがライアネンは開けない。」
「開けないって、命令無視じゃねぇか。バレるだろ。」
「バレない。落とし格子の巻き上げ機構が故障した、鎖が絡まった、歯車が噛んだ。攻城戦の門なんて、普段から整備が行き届いている訳がないんだ。壊れたと言えば、その場で確認するしかない。確認している間にこっちの火薬が先に門を吹き飛ばす。」
「なるほど。門を開けないんじゃなくて、開けられないフリをするのか。……にしても、なんでライアネンが門なんて重要なポストにいるんだ?裏切り者を門に置くか普通?」
「逆だ。グレンダ軍にとってライアネンは裏切り者じゃない。前回の模擬戦で全軍の先鋒を務めて、フリオニールから直々に名前を与えられた男だぞ。平民班の中で最も実績がある指揮官だ。グレンダにしてみれば、平民班の士気を保つにはライアネンを重用するしかない。疑いの目を向けられているのはライナーの方だからな。」
「つまり、ライアネンの実績がそのまま裏切りの隠れ蓑になってるってことか。」
「そういうことだ。ライアネンを調略した日からこうなると思っていた。実績のある兵を重要ポストに置くのは当然の判断だ。グレンダは間違っていない。間違っていないからこそ、裏をかける。」
「お前に敵認定されたら終わりだな。」
「そうやって門の防衛に手間取らせている間に、こちらは火薬で落とし格子のフレームを吹き飛ばす。ライアネンには事前に巻き上げ機構の鎖を一本緩めておけと指示してある。実際に不具合が起きている以上、嘘ですらない。それに門の開閉を任されているのはライアネン達だけだ。他の部隊が代わりにやろうとしても、構造を把握していない奴が触ればむしろ余計に壊れる。」
「お前、いつからそんなこと仕込んでたんだよ。」
「ライアネンを調略した日からだ。門の内側に全軍が集結したところで、砦内の橋をヨーゼフが魔導砲撃で落とす。これで門に集まった敵の迎撃部隊は全軍が遊兵だ。そこまでお膳立てをしてやれば、手薄になった砦内で、功を焦る下着泥棒ライナーが敵大将を討ち取るだろう。過去、誰が使った手よりも卑怯な手でな。」
「そんなにうまくいくもんか?寝返りを信じて大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。それにジェルは今回も別行動だしな。万が一にも下着泥棒が失敗したとしても、砦内に送り込んでいるこちらのファルジンであるジェルで、シャーマートを決める。これは、どの寝返り部隊にも伝えていない。」
ファルジンとシャーマートとは、シャトランジで使われる用語で、ファルジンは将軍を意味し、シャーマートは、いわゆるチェスで言うところのチェックメイトである。マイトランドは以前から戦術を盤上遊戯に例える癖があり、「盤面を整える」という言い回しも、シャトランジの影響であった。
「ファルジンって。そうか、ついに俺の活躍の場って訳だな?前回俺の出番は無かったしな!下着泥棒の頭じゃ失敗しそうだ、ロンベルト以来の一騎打ちでもしてやるか!」
マイトランドは、意気込むジェラルトの肩に手を置くと、諭した。
「大丈夫だ。9割5分位の確率で、ジェルに出番はない。下着泥棒は戦功欲しさに、俺達の予想を遥かに超える卑怯な手を使うと思うしな。」
マイトランドはそう言うとにやりと笑って続けた。
「もともとこっちの数が少ないんだ。これで失敗するなら、もうどうにもならん。逆に教えてほしいくらいさ。」
敵砦に潜り込むジェラルトの仕事でさえもこの程度だ。他の者達も自分の役割を求め、マイトランドに殺到した。
フリオニールが一歩前に出た。
「マイト、私達は何をすれば良いか?」
マイトランドは少し考えると、思いついたように手を叩いて答えた。
「フリオニールは……。そうだな。まあ、全軍を鼓舞してくれ。もちろん、ロンベルト、アーシュライトも出番はない。」
「わかった……。」
フリオニールは、それだけ言って、肩を落とし頷くと、それを見たジェイクが口を開いた。
「なんだ?大将でも出番がないってことは、俺達にも出番がないのか?」
「ああ、ない。もちろん俺もない。今回は火薬をセットするポエルと、その火薬の爆破役のフランだけだ。」
「そうか、今回はわかった。なら次の模擬戦は作ってくれるんだろうな?俺の出番を。」
「ああ、次があればな。約束だ。一騎打ちでもなんでも好きにやってくれ。」
マイトランドとの約束を取り付け、ジェイクは、ほくそ笑むと拳を小さく握った。
ジェイク以外にも、班員達が次々とマイトランドに質問してくると、さすがに面倒になったマイトランドは、全員に説明した。
「聞いてくれ。これは部分的ではあるが、戦争だ。戦争というのは、敵と味方が同数の場合、戦術や戦略の差、兵の練度や規律、団結、士気の差などもあるが、それらも同じ場合、将軍、兵士各々が、作戦や命令を理解して、自分の役割をどれだけ熟知し実行に移すかで、勝敗は決まると言っていい。つまり司令なんてものは簡単で少ない方がわかりやすいだろう?こちらはその作戦で上回っていることがわかる以上、何もしなくて勝てるならそれが一番良いってことだ。無理に仕事を作ろうとしなくていい。逆に負けるぞ?」
読者の皆さんには、ここで一つ、現代の軍事ジョークを紹介しておきたい。『ゼークトの組織論』と呼ばれるもので、人間を利口と愚か、勤勉と怠惰の四つに分類した話だ。その中で最も危険とされるのが"愚かで勤勉なタイプ"であり、「このような者にはいかなる責任ある立場も与えてはならない」とされている。余計な仕事を作り出し、周囲を巻き込んで事態を悪化させるからだ。マイトランドの言葉は、まさにこの教訓と通ずるものがあるのかもしれない。
マイトランドから出た、負けるという言葉に、一同は黙り込んだ。
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