第48話「グレッテ卿に伝えてくれ」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
ライナーが、衛兵に連行された数日経過した日の夜、マイトランドの営内は異様な光景に包まれていた。
「鉄くずやゴミをたっぷり集めておいてくれ。ベッドを解体したって良い。使える物はなんでも使おう。もう新兵教育も残りわずかだ。隊舎を壊したって良い。隊舎は煉瓦と石膏で出来ているしな。どんどん壊せ!」
もっとも、平民班の隊舎は元から酷い有様だった。壁は罅だらけで、天井からは雨漏りが滴り、建て付けの悪い扉は隙間風を通し放題だ。壊すも何も、半分は壊れているようなものである。
ジェイクが嬉々として壁に拳を叩き込み、煉瓦を剥がし始めた。その轟音を聞きつけ、別の部屋からフリオニールがやって来た。
「うん?マイト、何故そこまでしてゴミばかり集めるのだ?」
マイトランドは笑って答えた。
「爆発の威力を上げるためさ。」
爆発という物は通常、音速以上の爆風を伴うが、この爆風だけでは、火薬の量を増やしたりと、余程威力が高くない限り、建物や門を破壊するには至らない。ましてや酒樽1個分という少量ともなれば、落とし格子のフレームの完全破壊は不可能に近いだろう。
だからこそ、ゴミや、鉄くずを周りに配置し、その爆風でそれらを吹き飛ばし、威力を高めようと言うのが、マイトランドの狙いである。
「フランに着火を任せたい。ゴミの隙間からの着火だができるか?」
「はい!できますよ!」
「そうか、頼りにしているぞ。」
「えへへ。頑張りますぅ!」
フランは頼りにされているのが、余程うれしい様子で、ぴょんぴょんと飛び跳ねると、その態度とは裏腹に、隊舎の支柱を壊し始めた。
「フレデリカ、下着泥棒は営倉から出てきたか?」
「あ、ああ、明日の予定だ。新貴族で営倉に入る者が出ようとは。なげかわしい。だが、こんな状態で、本当にこちら側に寝返るのか?」
「ああ、大丈夫だ。期待以上の働きをしてくれるだろうさ。なんせ戦功1位をやるからな。」
「いや、何を言っているんだ?マイトの順位はつけないのか?他の戦功はどう考えている?」
フレデリカが聞くと、マイトランドは指折り数えながら答えた。
「戦功1位はライナー班。敵大将を落とすんだから当然だろう。2位はアルファイマー班。3位はフリオニール。4位はフレデリカ、お前だ。5位はフリオニール班。6位はフレデリカ班。7位から9位はライアネンが離反させる平民班に割り振る。10位がうちの班だ。」
「なんでまた?私達などは何もしていないではないか。全てマイトの作戦で、事が進んだと言うのに。」
「ああ、名前が目立ってもまた叩かれるだけだろう?だからさ。それに俺は新兵首席を狙っているだけだ。戦功1位に興味はない。」
「そ、そうか、戦功と、首席。」
フレデリカは難しい顔をして、マイトランドの言葉の意味を考えるも、結局答えにたどり着くことは無く、考えるのをやめた。
翌日、ライナーが営倉から出てくると、マイトランドは動いた。
「ジェル、ライナーの隊舎に行ってくれ。今夜中に話をつけたい。」
「俺が?お前が行けばいいだろ。」
「平民の俺が新貴族の隊舎をうろついてたら目立つだろ。お前なら風魔法で気配を消せる。適任だ。」
「めんどくせぇな……。わかったよ。で、何て言えばいい?」
「簡単だ。ウチの大将がクリシュマルド家の誇りを取り戻してくれるってよ、と。戦功1位と引き換えに、敵大将グレンダを落とせ。それだけ伝えろ。」
「それだけ?」
「それだけだ。あとはライナーが勝手に食いつく。」
ジェラルトは肩をすくめると、夜の隊舎を出た。
風魔法で足音と気配を消し、新貴族用の隊舎へと忍び込んだ。平民の隊舎とは比べ物にならないほど立派な造りだが、夜間の警備は手薄だった。貴族や新貴族の隊舎に忍び込む不届き者など、ライナー以外にいないと思われているのだろう。
ライナーの部屋の前に辿り着くと、ジェラルトは風魔法を解き、扉を軽く叩いた。
「……誰だ。」
中から返ってきた声は、覇気のない、疲れ切ったものだった。
「ランズベルクだ。開けてくれ。」
扉が開くと、そこにいたライナーの姿に、ジェラルトは一瞬言葉を失った。
目の下には深い隈が刻まれ、頬はこけ、髪は乱れたまま。営倉での数日間が、この男から貴族としての体面を完全に剥ぎ取っていた。部屋の中も荒れ放題で、机の上には手紙の書きかけが何枚も丸めて捨てられていた。クレアへの手紙だろう。返事は来なかったのだから当然だ。
「ランズベルク?お前、なぜ私の部屋の場所を……。いや、いい。何の用だ。」
ライナーはもはや、平民が新貴族の隊舎に忍び込んできたことすら気にならないほど、追い詰められていた。
「ライナー、ウチの大将が、クリシュマルド家の誇りを取り戻してくれるってよ。」
ライナーの目に、一瞬だけ光が戻った。
「グレッテ卿が?神はまだこの世におられたのか。私にもまだ運は残っていたようだ。それで?どのように?」
ジェラルトは一瞬訂正しようかと思ったが、面倒になってやめた。どうせ後でわかることだ。それに、今この男に「大将ってのは平民のマイトのことだぜ」と言ったら、せっかく灯った目の光が消えかねない。
「あ、ああ、戦功一位と引き換えに、敵大将を落とせとよ。」
「敵大将……グレンダ殿を?」
ライナーの表情が変わった。驚きではなく、ゆっくりと口元に笑みが広がっていく。
「戦功一位……。それは、本当なのだな?」
「ああ、本当だ。」
ライナーは椅子から立ち上がると、窓の外を見た。しばらく黙っていたが、その沈黙は迷いではなかった。覚悟を決めるための間だった。
「あいわかった。とグレッテ卿に伝えてくれ。」
あまりに早い返答に、驚いたのはジェラルトだった。
「いや、お前、そんなに早く決めていいのか?普通はもう少し考えるだろ。裏切るんだぜ?」
ジェラルトが諭すのもおかしな話だが、実際にそれほどこの男の返答は早かったのだ。
「どうせ、グレンダ殿には女の敵だと思われている。どうせ我々は予備兵だ、手柄は立てられるわけもない。ならば、離反し、戦功1位を貰った方が良いであろう。グレッテ卿ほどのお方であれば、貴族同士の取り決めに反することもないだろう。」
そう言って、にこやかにうんうんと頷いた。
ジェラルトもこの時に初めて気付いたが、この男バカである。
だが、同時に少しだけ同情もした。この男は確かにバカだが、家名を汚された苦しみは本物だ。それを取り戻すために裏切りを選ぶのは、ある意味では筋が通っている。バカなりの、精一杯の判断だった。
それは後々わかる事になるが、今はジェラルトもそっとしておくことに決めた。
「わかったよ。じゃあ決まりで。城門前の爆発が合図だ。頼んだぞ。」
「承知した。とグレッテ卿に伝えてくれ。」
ライナーの了承を取ると、ジェラルトは風魔法で再び気配を消し、マイトランドの待つ隊舎へと帰還した。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると大変励みになります。次回もよろしくお願いします!




