第47話「下着泥棒」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
人の噂という物は恐ろしいもので、すぐに尾鰭が付き自力で泳ぎだす。
マイトランド達が流したライナーとライナー班の噂も、人伝いにどんどん大きくなり、平民班の間では敵味方関係なく、ライナーは何故か"泥棒貴族クリシュマルド"の二つ名で呼ばれるようにまで発展していた。
これには新貴族であるライナー本人もたまったものではない。自分だけ馬鹿にされるのならまだしも、家名であるクリシュマルドが馬鹿にされているのだ。当然犯人捜しを始めることとなった。
だがこの犯人捜し、予想以上に難航することになった。ライナー班の噂が酷いせいで、平民がまともに取り合わないからである。
「お前達、誰が最初に言い出したか知らないか?」
ライナーが自分の班員に尋ねても、返ってくるのは首を横に振る動作だけだった。それどころか、班員達の目にも、以前のような信頼の色はなかった。
「隊長、正直なところ……我々も訓練中に他の班からずいぶん言われています。泥棒貴族の部下だろうと。」
「なんだと?」
「このままでは我々も戦功どころではありません。なんとかしていただけませんか。」
ライナーは拳を握りしめた。噂は自分だけでなく、部下にまで及んでいた。指揮官として、これほど屈辱的なことはない。
元はと言えば、前回の模擬戦で、歩兵にあっけなく壊滅に追い込まれ、その後、敵味方の歩兵に踏みつけられたことが原因だと、本人は思っている。
「次こそ、次は、次の模擬戦で、手柄を上げれば、汚名も返上できるはずだ。」
ライナーはそう呟くと、拳を固く握り机に叩きつけた。正直いい感じに煮えたぎっていると言えよう。
当然、ライナーの思考としては、次の模擬戦で功績をあげ、汚名返上できれば、"泥棒"の不名誉な二つ名も、返上できると思う訳である。
犯人捜しを諦めざるを得なくなったライナーは、思い切ってグレンダに直訴することにした。
「ロンメル殿、次の模擬戦では是非とも前線に配置していただきたい。我がクリシュマルド班の実力を証明する機会を与えてほしい。」
グレンダはライナーの言葉を聞くと、扇子で口元を隠しながら冷たく答えた。
「実力を証明?前回の模擬戦で歩兵に壊滅させられた班が、何を証明するというの?」
「あれは不運が重なっただけです。次こそは——」
「不運?あなたの判断で突撃して、あなたの指揮で壊滅したのでしょう?それを不運とは言わないわ。」
グレンダの言葉は正論であった。ライナーには返す言葉がなかった。
「加えて、あなたの班の評判は耳にしています。軍の士気に関わるわ。今回は予備部隊として待機、有事の際は何処へでも駆けつけなさい。以上よ。」
取り付く島もなかった。ライナーは歯を食いしばりながらグレンダの前を辞した。
「なに?また予備部隊?ふざけるな!我々は戦力ではないという事か!」
信用置けないライナー班は予備部隊として待機。敵の部隊が少ないのだ、いくら騎兵と言っても、到着するときには歩兵に囲まれているか、戦闘が終わっている可能性が高い。
自分の班員にすら疑いの目で見られ、総大将にも切り捨てられた。ライナーの周りには、もう誰もいなかった。
「なんとか、なんとかせねばならんな。」
必死で手を考えるが、なかなか思いつかない。当然だ、このままグレンダの指示に従うのが、最善の手で、それ以上の手はないからである。
だが、ここでライナーは最悪の手を思いついてしまう。
「寝返るか。戦功上位を貰えれば、寝返っても良いな。」
調略されるのではなく、自ら進んで、離反すると決めてしまったのだ。
「そうなれば、あちらの誰かに渡りを付けてもらわんといかんな。ハイルブロンにでも頼んでみるか。」
ライナーがハイルブロンと呼んだのはフレデリカの副官クレアの事で、実は幼馴染ともいえる程家が近く、入隊前からこの二人は良く見知った仲である。クレアがフリオニール軍に所属していることは、ライナーも当然知っていた。
ライナーにとってクレアは、フリオニール軍との唯一の繋がりだった。貴族同士の正規の手順を踏めば、寝返りの意図が周囲に漏れる。だが幼馴染への私信であれば、怪しまれる可能性は低い。
ライナーはクレアに書簡を送ると、返答を待った。
その日の夜、
「マイト、クレアの所に、こんなものが届いたのだが。」
そう言ってライナーからクレアへの手紙を見せたのはフレデリカであった。マイトランドは手紙を広げると、目を通した。
内容は簡潔だった。フリオニール軍への合流を希望する旨と、見返りとして戦功上位への指名を求めるもの。必死さが滲み出ている文面だったが、マイトランドは読み終えると手紙を畳み、フレデリカに返した。
「うわっ。いい感じに焦っているな。」
「返事はどうする?受け入れるのではないのか?」
「放っておけ、とだけ伝えておいてくれ。返事は出すな。」
フレデリカが首をかしげた。
「放っておくのか?向こうから寝返ると言っているのに?」
「今すぐ受け入れたら、ライナーは対等な取引だと思い込む。もう少し追い詰めた方がいい。返事がなければ、ライナーは焦る。焦れば焦るほど、こちらの条件を丸呑みするようになる。その内面白いものが見れるぞ。」
マイトランドの言葉に、フレデリカは小さく身震いした。
「マイト、お前は時々本当に恐ろしい男だな。」
「褒め言葉として受け取っておくよ。」
マイトランドがフレデリカに伝えると、事態はマイトランドの思い通りに進んでいった。
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