第46話「ボロ布」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
2人の話が終わると、フレデリカが待ってましたとばかりに駆け寄り、マイトランドに声をかけた。
「マイト、私はどうすればいいのだ?ずっと待っていたのだが。」
フレデリカの声に気付くと、マイトランドは驚いた様に、後ろにのけぞって答えた。
「ああ、なんだ、まだいたのか。帰っていいぞ。もう用件は済んだ。作戦終了だ。」
フレデリカの顔が一瞬で怒りに染まった。
「こ、こんな格好までさせられて、もう帰れだと。ふざけるな!さっきお前は言っていたではないか。理由など何でも良いと。別に私でなくてもアルファイマーはここに来ていたと!」
フレデリカの声を聞きつけ、クレアが植木の陰から飛び出してきた。
「このド平民!フレデリカ様をまるで道具の様に扱って!」
道具と言う言葉に反応してか、フレデリカは急に泣き出した。
「わたじ、まいとが、びじんっでいっでぐれだがら……。どうぐだったなんで……。」
マイトランドは頭を掻きながら、横目でジェラルトに助けを求めた。だがジェラルトはどこ吹く風と口笛を吹いて聞こえないフリをしていた。
「おい、ジェル、助けろよ。」
ジェラルトは両手を上げて首を横に振った。
「無理だぜ。俺は泣いてる女の扱い方なんて知らねえよ。」
クレアが腕を組んだまま、ジェラルトを睨みつけた。
「あんたが知らないのは泣いてる女だけじゃないでしょ。女のこと全般わかってないわよ。」
「なんだよ急に。俺は関係ないだろ。」
ジェラルトが面倒くさそうに返すと、クレアはさらに一歩詰め寄った。
「関係あるわよ!あんた達平民は揃いも揃って、女心ってものが——」
「お前に女心があるのか?」
ジェラルトが真顔で返した一言に、クレアの顔が一瞬で赤くなった。
「な——っ!あ、ある、あるに決まってるでしょ!このっ……このド平民!」
「お前、それしか言えないのかよ。語彙力ないな。」
「うるさいわね!あんたに言われる筋合いないわよ!」
ジェラルトとクレアがギャーギャー言い合っている横で、フレデリカは泣きながらマイトランドの袖を掴んで離さなかった。マイトランドは困り果てた顔でフレデリカを見下ろした。
「びじんっで言ったのは……うそだったのがぁ……?」
「嘘じゃない。お前は美人だ。それは本当だ。」
フレデリカが涙で濡れた目を上げた。
「ほんどに?」
「本当に。だから泣くな。鼻水で台無しだ。」
フレデリカは「ひどい」と呟きながらも、袖を掴む手は離さなかった。
仕方がないので、マイトランドはすっとハンカチを懐から取り出し、フレデリカに差し出した。すると、すっと横からクレアが割り込んでそれを取り上げた。
「ド平民!こんなボロ布をフレデリカ様に渡すとは!ふざけているにも程があるわよ!」
平民にとってハンカチであっても、貴族にとってはボロ布なのであろう。
マイトランドは肩をすくめた。
「さっきからド平民とか意味が解らんが、それしかないんだ、貴族の様に立派なハンカチは持っていない。」
クレアがジェラルトを振り返った。
「ジェル、あんたも何か出しなさいよ。」
ジェラルトはポケットをひっくり返して見せた。
「なんで俺が。つーか俺もハンカチなんて持ってねぇよ。」
「平民って本当に……!」
クレアが呆れ返っていると、アルファイマーが静かに歩み寄り、クレアからボロ布を取り上げてフレデリカに渡した。そして、フレデリカの耳元にそっと口を寄せた。
「フレデリカ嬢、これはマイトランド君がいつも肌身離さずに持っている物ですよ。別に返さなくてもいいのです。」
フレデリカの涙がぴたりと止まった。
「……肌身離さず?」
「ええ。それともう一つ。私の予知夢ではフレデリカ嬢とマイトランド君は結ばれる運命なのです。これで涙をお拭きなさい。」
フレデリカはボロ布を両手で握りしめると、みるみるうちに顔が赤くなっていった。涙の跡が残ったまま、満面の笑みが浮かんだ。
「む、結ばれる……?」
「ええ。予知夢ですから。」
アルファイマーが涼しい顔で言い切ると、フレデリカは大事そうにそのボロ布で涙を拭き、丁寧に畳んで鞄に入れた。
「クレアもういいんだ。今日はもう帰ろう。首都に来れてよかったではないか。」
クレアは眉をひそめてフレデリカの顔を覗き込んだ。
「フレデリカ様?さっきまで泣いていたのに、なぜそんなに嬉しそうなのですか?何を言われたのですか?」
フレデリカは鞄を両手で抱きしめながら、にっこりと笑った。
「秘密だ。」
「秘密って……フレデリカ様!」
「帰るぞクレア!」
フレデリカはスキップでもしそうな足取りで歩き出した。クレアは納得がいかない顔でフレデリカを追いかけながら、振り返ってジェラルトを睨んだ。
「ド平民、次はない。斬って捨てるわ!」
ジェラルトが両手を広げた。
「なんで俺なんだよ!」
「あんたの顔が一番ムカつくからよ!」
ジェラルトの抗議を完全に無視して、クレアはフレデリカの後を追って行った。
「ああ、わかったよ。すまんな。ところでヨーゼフは何を言ったんだ?」
マイトランドが尋ねると、アルファイマーは笑顔でマイトランドに耳打ちした。
「かわいそうだとは思ったのですが、少し嘘をつきました。もっとも嘘になるかはわかりませんがね。」
「悪いヤツだな。まあフレデリカの機嫌がなおったならそれでいい。ヨーゼフ、これからよろしく頼む。とりあえずは戦闘開始まではそっちにいてくれ。」
「わかりました。お任せを。」
マイトランドはヨーゼフと握手を交わすと、かすかに見えた勝利も現実のものになったと確信した。
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