プロローグ第六話「シャーの帰還」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
しばらくして、戻ってきた兵士に連れられて軍本部の中に入ると、見たこともないほど広い廊下を進んだ。
すれ違う兵士たちの視線が、自分たちと——背負った布の包みに突き刺さる。
通された部屋は、村の家がまるごと入りそうなほど広かった。
椅子に座り、しばらく待っていると、背後で扉が開く音がした。
「待たせたな。」
振り返ると、腕章からして憲兵だとわかる男が立っていた。
先ほど廊下の奥で「フランツ軍曹であります」と名乗っていたのを、マイトランドは思い出した。
傍らには、一般の兵士とは明らかに違う制服を纏った男がいた。豪華な階級章が肩で鈍く光っている。
子供が生首を持ち込んだという異常事態に、警戒のため副官ではなく憲兵を同行させたのだろう——マイトランドはそう察した。
「こら!お前達、何様のつもりだ!このお方をどなたと心得る!!平民風情が、椅子に座ったまま顔も上げんとは何事だ!立たんか!!」
入室するなり、憲兵が廊下中にこだまするほどの大声でそう叫ぶと、
「「すいませんでした!」」
突然の大声が、余程怖かったのだろう、2人で同時に返事をすると、飛び跳ねるように立ち上がった。
「フランツ軍曹だったな。この子たちはまだ軍人でもなければ、軍属でもないのだ。そう大声を出すんじゃない。憲兵の仕事は子供を恫喝することか?ちがうだろう。」
そう言われたフランツ軍曹は無表情で答える。
「失礼しました!」
グレイグはやれやれといった様子で肩をすくめると、椅子に腰を下ろした。
「二人とも座ってくれ。遠路ご苦労だったな。わしはグレイグ・トランガだ。気軽にグレイグで構わん。お前達の名は?」
「マイトランド・ラッセルです。」
「ジェラルトです。」
グレイグと名乗った男は、マイトランド達が運んできた首の一つ——先の戦いで戦死したオルメア・トランガの兄である。
体格はオルメアよりも一回り大きく、その所作には歴戦の重みが滲んでいた。
年齢はオルメアより少し上だろうか。顔立ちはあまり似ていないが、目元の優しさだけはどこか面影があった。
2人が思わず見入っていることに気づいているのかいないのか、そんなマイトランドたちを尻目に、グレイグは話を続けた。
「マイトランド、ジェラルト、聞いている。お前達が、オルメアと思われる首を含め、敵地から運んでくれたと。まだこの目で確かめてはおらんが、本当に感謝しとる。わしにも確認させてもらっていいか?」
マイトランドは立ったまま頷くと、背中に背負っていた袋を目の前にある机の上に置いた。
冬の寒さのおかげで腐敗の進みは遅かったが、長旅の末、オルメアの顔はもう判別が難しくなっていた。
それでもグレイグは、子供の頃からよく知る、少し八重歯がちな歯並びに気づいた瞬間、怒りにゆがむ弟の首を手に取り、先ほどの豪快さが嘘のように泣きながら叫んだ。
「ウォォォォ!悔しかったであろう!!無念だったであろう!!」
ひとしきり泣き終えると、グレイグは涙を拭いながら言った。
「すまんな、取り乱してしまった。弟とは喧嘩ばかりだったが……それでもわしにとっちゃ、誰よりも大事な弟だった。いざ失ってみると、その大切さが余計に身に染みる。どんな最後だった?勇敢だったか?」
マイトランドは少し視線を落とし、あの夜の光景を思い出すように、ゆっくりと答えた。
「暗殺したと思われる男達が、俺達のいる建物に入ってきた時には、既に首だけのお姿になっていました。その男達の内1人はオルメアと交戦したと思われ、左腕に深い傷を負っていました。勇敢な最後だった様に思います。」
「そうか、お前がオルメアの名を出したと聞いている。なぜ知っていた?軍機のはずだが、どこかで面識でもあったのか?」
「はい……オルメアが俺達の村に立ち寄った時に、シャトランジをして……黒パンを貰いました。」
言葉にした途端、あの日の記憶が一気に押し寄せてきた。
負けても笑っていたオルメア、放り投げられた黒パン、「未来の軍師殿」という言葉。
気づけば、マイトランドの目から涙がこぼれていた。
グレイグはしばらく黙ってマイトランドを見ていたが、やがて静かに頷いた。
「……そうだったか。」
グレイグは少し間を置いてから、静かに続けた。
「何かの縁であったのやもしれんな。本当に、ありがとう。」
そう言うとグレイグは黙って目を閉じた。
再び目を開くと、兄の顔ではなく、軍人の顔に戻っていた。
「軍人として、弟の——いや、将官の首を届けてくれた2人に報いたい。」
グレイグは少し間を置いてから続けた。
「胴体は本軍が持って帰ってくるだろう。それでも、顔だけでも先に返ってきてくれた。それだけで十分だ。……何を持って報いればいい?」
グレイグが恩賞であろう話をすると、マイトランドは考え答える。
「はい、国立資料館での本の閲覧と、それと——武器をいただけますか?今回のようなことが、また起こらないとも限りません。それに、いずれ軍に入るなら、今のうちに使い慣れておきたいんです。」
「閣下の前で、図々しい要求を——」
フランツ軍曹が眉をひそめると、グレイグが小さく笑った。
「いい、フランツ。理にかなっとる。」
グレイグは少し目を細めた。
「……だがその前に聞いておきたい。お前達、まだ徴兵年齢にも達しとらんだろう。それになにより——どうやってイスペリア領内まで行った?国境は越えられんはずだ。」
マイトランドとジェラルトは、思わず顔を見合わせた。
答えに困っていると、グレイグは小さく笑った。
「まあいい、今回は大目に見てやろう。お前達のおかげで弟が帰ってきたんだ。それに免じてな。」
グレイグは話を戻した。
「資料館の利用も、武器も、わしの方で約束しよう。」
2人は安堵の息を漏らした。
恩賞の話と聞いて、ジェラルトが黙っていないはずがない。
怒られた状態から棒立ちだった、ジェラルトの目に急に光が灯り口をはさむ。
「マイトランドぉ、そりゃないぜ!恩賞なら食い物だろ!賞金とかさ!武器じゃ腹は膨れないだろ!いっぱいあるぜ!村にも持って帰れるしよぉ。」
「お前、閣下に向かって——」
フランツ軍曹が反射的に声を上げかけると、グレイグが片手を上げて制した。
「フランツ、先ほどから良いと言っているだろう。」
「……失礼しました。」
マイトランドはそんなジェラルトを見て、緊張の糸が途切れたのか少し笑って答える。
「国が貧しいんだ。軍にそんな金あるわけないだろ。資料館と武器でいいよ。……情報は力だ。金よりよっぽど価値がある。」
「そうだな。マイトランドがそう言うなら仕方ないな。」
ジェラルトはぶつぶつと続けた。
「あるところにはあるって先生も言ってたのにな……。やっぱ納得いかねぇな。」
グレイグはそんなジェラルトの様子を、複雑な表情で見ていた。
どうせ、帰ってくるはずもなかった首だ。
借款まみれの困窮している国だ。賞金など期待されても困る。それでも——この2人には、何かを残してやりたかった。
「正直な奴だな。……お前達、言っていなかったが少将の首を運んできたんだ。資料館と武器に加え、さしあたり早急に村への食料支援を手配しよう。」
「マジか!?やっぱり恩賞って言ったら食い物か金だよな!」
ジェラルトが目を輝かせた。
「お前、閣下に対してその口の利き方は——」
フランツ軍曹が再び口を開きかけるが、グレイグが苦笑しながら片手で制した。
「いい。正直な相棒だな。」
「すみません、いつもこうなんです。」
「マイトランドよ、ところで——その布の中に、まだ何か入っているのか?弟の首と一緒に食い物を入れてきたのではあるまい。」
グレイグは、村から拝借した寝具代わりの布の包みに目をやった。
「これですか、そのオルメアの首と一緒にその刺客が持っていた首です。オルメアに会ったことがあったので、先にと思いまして。」
そう言ってマイトランドは包んである布から残りの首を取り出した。
フランツ軍曹はもう何も言えず、ただ無言で深い溜息をついた。




