プロローグ第五話「結局勝敗は戦いの前に決まっている」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
2人は徹夜で歩き続けた。
山道を迂回して向こうの山へ移動する途中、ジェラルトが足を止めた。
「……マイト。」
低い声だった。
マイトランドが視線を向けると、茂みの中に人が倒れていた。
近づいてみると——ジャッカルだった。
左腕の傷から大量の血を流したまま、冷たくなっていた。仲間に置いていかれたのではない。傷口とは別に、背中に刃物が刺さっていた。
「……同じ方向に逃げていたのか。」
ジェラルトが呟いた。
「戦場を迂回するなら、俺達と経路が被る。途中までは同じ道を通るはずだ。」
「……足手まといだったんだろうな。」
マイトランドは静かに言った。
「仲間に、やられたのか。」
ジェラルトの声が、わずかに震えていた。
「あぁ。……とんでもない連中だ。」
2人はしばらく黙って立っていた。
それから、また歩き出した。
夜明けが近づいた頃、突然それは来た。
地の底から響くような重低音が、ヴェルタ陣地の方角から何度も轟いた。
空気が震える。足元まで振動が伝わってくる。
「イスペリア魔術士部隊の突撃準備砲撃だな。」
マイトランドは立ち止まり、遠くを見つめた。
「ジェル、見ろよ。村が燃えている。」
オレンジ色の炎が、夜明けの空に揺れていた。
「5方向からの準備攻撃に、こちらは反撃もしない。それどころか準備すらしていない。もう終わったな。」
「あぁ、俺が見てもわかるぜ。突然の砲撃に逃げ惑ってるだけだな。」
ジェラルトは炎を見つめながら言った。
それから、マイトランドに視線を向ける。
「マイト、お前ならどうする?」
マイトランドは少し考えてから、静かに答えた。
「……この状態になったら、まず魔術師部隊に防御魔法を展開させる。5方向からの砲撃を1方向に絞らせるために、あえて東側だけ防御を薄くして誘導する。敵は弱い方向に集中してくるはずだ。」
「その間に?」
「硬い重装歩兵を前面に出して盾にしながら、全軍で後退する。敵の魔法砲撃隊は射程が短い。追いかけてくるには陣地を移動しなければならない。移動のたびに砲撃準備の時間がかかる。」
「それで逃げ切れるのか?」
「指揮官を失って戦端が開かれた今、作戦の立てようもない。敵も砲兵は貴重だから最大射程での砲撃運用になるだろう。つまりこちらが撤退すればするほど、敵の射程外になる場面が増える。その隙に数で勝る騎兵を両翼から回して側面攻撃——一気に砲陣地を潰す。」
「……なんかうまくいきそうだな。」
「理想論だ。それに兵士たちはパニックになっている。指示を出しても半分も伝わらないだろう。」
マイトランドは炎から目を離さないまま続けた。
「結局のところ、勝敗は戦いの前に決まっているってことだ。」
ジェラルトはしばらく黙っていた。
それから言った。
「お前でも無理か。それじゃあこの後を見たって意味ないな。帰るか。」
「そうだな。帰ろう。」
この後、ヴェルタ軍は臨時軍司令の指示で撤退を開始した。
だが司令部を失った軍に、統率のとれた撤退など望むべくもなかった。
そもそもの敗因は司令部の怠慢と伸びきった補給線にあった。前線まで延びた補給線は敵の攻撃に対して脆弱で、兵站が崩壊した時点で勝敗は決していたと言っていい。
陣地前面に2個歩兵師団と1個重装歩兵師団が捨て石として残され、イスペリア軍の猛攻を食い止めた。
さらに退路を切り開くために1個騎兵師団が突撃を敢行、本軍を逃がすために散っていった。
残された兵士たちがどうなったかは、言うまでもない。
撤退中も局地的な抵抗は試みられたが、指揮系統が崩壊した軍はあちこちで各個撃破され、弓兵1個師団と歩兵1個師団をさらに失った。
損害は膨らむ一方だった。
最終的にヴェルタ軍は、国境から1週間ほどのツェニーの街まで押し戻された。
出発前、マイトランドが「勝敗は戦いの前に決まっている」と言ったその言葉通りの結末だった。
―――
向こうの山から戦場を見届けた2人は、来た道を戻り始めた。
ジェラルトが風を操り気配を消しながら進む。
匂いは風の向きを操って相手から遠ざける。風上にいる間は安全だが、風下に回られると話が変わる。帰り道は行きよりも慎重に、風の向きを読みながら進んだ。
斥候に見つかりそうになったのが2度。モンスターに風下から近づかれ、ひやりとしたのが1度。
それでも2人は黙々と歩き続けた。
戦場を離れるにつれて、砲撃の音は遠ざかっていった。
だがマイトランドの耳にはいつまでも、あの重く鈍い音が残っていた。
2週間後、2人は国境を越えると、トロンの村が見えてきた。
「やっと帰って来たぞ。まさか2ヶ月も村を離れて殆ど戦闘を見れないなんてな。」
「あぁ、確かに。何しに行ってたかわからなくなるよな。首を運ぶだけの旅?てかさ、言いにくいんだけど、その袋かなり匂うぞ。」
ジェラルトは、マイトランドが背負っている首の入った袋を指さしながら言った。
「ひどい匂いだよな。帰ったら川にでも行って体を思いっきり洗いたいよ。」
「あぁ、うん、そうだな。でもさ、その首どうするんだ?」
「首都の軍本部にでも持って行こうと思ってる。付き合ってくれるか?」
「いや、お前、村の役人にでも渡せばいいだろうが。」
——ジェルの力がないと首都まで時間がかかりすぎる。何か理由をつけないと。
マイトランドは苦笑しながら答えた。
「オルメアの首は、責任もって俺が持って行かなきゃならないような気がするんだ。それにお前、軍のお偉いさん4人を連れて帰るんだぞ?恩賞の額も期待できそうだと思わないか?」
「……恩賞か。しょうがねぇ、付き合うぜ。お前は言ったら聞かないもんな。」
故郷トロンの村に戻ると、2人はそれぞれの親にこっぴどく怒られた。
首の入った袋は村の外れに埋めて保管した。
村に持ち込むわけにもいかなかったからだ。
だがその夜、久しぶりに食べた芋の味は、どんな食事よりもうまかった。
藁のベッドに横になると、2ヶ月分の疲れが一気に押し寄せてきた。気づけば朝まで眠っていた。
十分な休息を済ませた2人は、目的地を首都に変え再び出発した。
首都近郊までの2週間の道中、決して楽ではなかった。
マイトランドの背負う袋から漂う腐敗臭は日を追うごとに増していき、通りすがりの旅人や商人たちが顔をしかめて距離を置いた。慣れようとしたが、慣れるものではなかった。
首都が近づいてくると、マイトランドは首都には入らず郊外の軍本部を目指すよう進路を取った。
この匂いで首都に入るわけにもいかなかった。
軍本部への道を進むにつれて、2人の目に映る景色が変わっていった。
石畳の道、整然と並ぶ建物、行き交う兵士たち。
トロンの村とは何もかもが違った。
ジェラルトがきょろきょろと周囲を見回しながら、突然声を上げた。
「でっかい建物だなぁ。おい!見てみろよマイト!この建物石で出来てるぞ!」
「それは石じゃない。煉瓦だ。ジェルも見たことあるだろ?村の窯にも使われてるアレだ。」
「なんだ、煉瓦か。ってことはこの建物は窯で出来てるってことか。でっかいだけで、大したことねぇな。」
「お前なぁ。アラン先生から習ったろ?窯で使っている煉瓦とはちょっと違うけど、ほぼほぼ同じものだ。建物にも使われているんだぞ?」
煉瓦には、窯や暖房器具のような物に使われる耐火煉瓦がある。
水分に弱いという特徴があり、雨季のあるヴェルタでは建物には使われていない。
この知識は、2人が7歳の頃からアランという男に習っていたものだ。
アラン・ウォルキンス——先生と呼ばれ、素行の悪い2人の噂を聞きつけて、近隣からトロンへ移り住んだ男だ。
ハイデンベルク帝国とヴェルタが同盟関係にある今、帝国軍人がヴェルタ国内にいても不思議ではない。だがなぜ辺境のトロンに流れ着いたのかは、誰も知らなかった。
マイトランドに軍略の才があると見抜くと、戦術と戦略の基礎を教え、ジェラルトには風を操る力の使い方を教えた。
基礎を教えると、マイトランドは放っておいてもアランの本を読み漁り、気づけば師を超えると自称するほどに成長していた。
2人の力の発現から使い方、地理、歴史、戦術の知識まで——全てこのアラン・ウォルキンスによる教えのたまものだった。
「先生なぁ。ホント何してるんだろうな。戦争始まる前にいなくなっちまったからなぁ。」
「国境付近が戦場になるってわかって逃げたんじゃないか。」
「あの先生ならありそうだ。」
ジェラルトは笑いながら続けた。
「でもよ、もともとハイデンベルクの帝国軍人とか言ってたよな。なんだったかな?」
「言ってたな。……ウソかもしれないけど。」
「だよな。あの見るからに弱そうなおっさんが帝国軍人ってのも、なんか想像できないしな。」
アランの話に盛り上がっているうちに、気づけば軍本部前に到着していた。
マイトランドが軍本部前の兵士に事情を説明すると、兵士は半信半疑の顔で布の袋の中身を確認した。
だが腐敗が進んだその中身を見ても、すぐには判断がつかないようだった。
しばらく困惑した様子で立ち尽くした後、マイトランドが「オルメア・トランガ」の名を告げると、兵士の顔色が変わった。慌てて上官を呼びに走っていった。
マイトランドはジェラルトと顔を見合わせた。
ここから先は、今までとは違う世界だ。そんな予感がした。




