プロローグ第四話「シャーは倒された」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
深夜。
2人で戦場を眺めていると、突然ジェラルトがマイトランドの口を押さえた。
小声で耳打ちする。
「誰か来る。静かにしろ。」
ジェラルトが目を閉じ、短く息を吐いた。
2人の気配が、闇に溶けるように消えていく。
しばらくして、フードを被った4人の男が時間を置いて順々に建物に入ってきた。
その内の一人、顔に大きな傷のある体格の良い男が口を開く。
「フォックス、ジャッカル、ウィーゼル——首尾はどうだ。」
すると、2人の男が腰につけていた袋の中から髪の毛を掴み、血の滴る首を地面に投げ捨てた。
「軍司令アルドリックと、副司令ベルナードだ。一緒にいたからな。2つまとめてもらった。」
「参謀ラーム……とった……。」
もう1人の男も同じように首を取り出し、地面に投げ捨てる。
「こっちはオルメアだ。ちーとばかり手こずったぜ。おかげでこのありさまよ。」
その名前を聞いた瞬間、マイトランドの胸に何かが走った。
ジェラルトも同じだったのだろう、口を押さえる手にわずかに力がこもった。
最後の男——ジャッカルが上着を脱いで血の滴る左腕を見せると、なぜか他の3名からは笑いがこぼれた。
ジャッカルの左腕から滴った血が、建物の入り口から床にかけて点々と跡を残していた。
その瞬間、マイトランドの目がジャッカルの胸元に光る紋章を捉えた。
鷹に斧——イスペリアの国旗ではない。
「ジャッカル弱い……。」
1人がジャッカルを馬鹿にすると——
「うるせぇ、オルメアは俺が来るのがわかってやがったんだよ。弱いとはなんだ!だいたい首はとってきたんだからいいじゃねぇか。」
投げ捨てられた首が、地面に転がった。
マイトランドは息を飲んだ。
オルメア——まさか、あのオルメアか。
マイトランドとシャトランジを行い、三度負けてもなお盤面を見つめ続け、笑いながら黒パンをくれた、あの気のいい男。
死んでなお、顔は怒りに歪み、目からは血の涙を流していた。
まるで、まだ戦っているようだった。
ジェラルトが口を押さえていなければ、マイトランドは声を上げていただろう。
黒パンの味を思い出した。
あの日、路上で負けた後も盤面を見つめ続けたあの男が、笑いながら放り投げてきたパン。「未来の軍師殿」——そう言って去っていった背中。
まだ、恩を返せていなかった。
「おい、マイト、しっかりしろ。このままじゃここから出られないぞ。長くはもたない。」
ジェラルトが呆気にとられるマイトランドに耳打ちする。
不思議なことに、4人の声は2人には聞こえているのに、2人の声は4人には届かない。ジェラルトの力がそうさせていた。
その時、顔に傷のある男が手を上げた。
「しっ!……何か声がしないか?」
全員が息を飲んだ。
静寂が流れる。
しばらくして、男が小さく息をついた。
「……気のせいか。」
マイトランドは我に返った。
「失敗するかもしれないが……アレをやってみていいか?」
「好きにしろ。どのみちこのままじゃ、力が尽きて殺されるだけだ。」
ジェラルトの了解を得て、マイトランドは地面に手をついた。
精神を集中する。目を閉じ、深く息を吸う。
建物の外から、重く鈍い蹄の音が響いた。
土が騎兵の形を取り、草むらを駆け抜けていく——マイトランドが頭の中で描いたままの姿で。
フードの4人が一斉に建物の外へ視線を向けた。
「クソが!ジャッカル!お前付けられたな!逃げるぞ!」
顔に傷のある男が叫ぶと、4人は取った首をそのままに、一斉に建物の外へ飛び出していった。
2人はフードの4人が完全に見えなくなるのを確認すると、ようやく息をついた。
建物の外に目をやると、土くれの騎兵の像が2体、草むらの中に崩れ落ちていた。
「まだ完全じゃないからな。2体だけか。しょうがない。失敗しなくて良かったと思おう。」
ジェラルトは場の空気を変えようとするように、わざとらしく明るい声で言った。
「失敗したら土が降ってくるだけだもんな。」
「そんなことよりさぁ、あの首どうするよ。」
マイトランドは少し考えてから口を開いた。
「ジェル、お前、さっきジャッカルの胸元の紋章を見たか?」
「あぁ、鷹に斧だったか?」
「あれはイスペリアの国旗じゃない。それはお前だってわかるだろう?」
ジェラルトが黙って頷いた。
「この首は弔いの為に、俺達で持って帰ろう。……オルメアはヴェルタの人だろ?せめて、ヴェルタの土に返してやりたい。それに持って帰ってあの紋章の事を聞くんだ。パンの恩も返せてない。」
「げぇ。生首4つも持って帰るのかよ。……で、結局オルメアって偉い人だったのかな?」
「……さあな。でも、わざわざ名指しで暗殺されるくらいだ。相当な人だったんじゃないか。」
「へぇ。あのおっさんがねぇ。」
ジェラルトは少し考えてから続けた。
「でもさ、マイトに何度やっても勝てなかったじゃないか。悪いが俺にはとても偉い人間には思えなかったけどな。……それよりさ、軍のお偉いさんがなんであんな辺鄙な村に一人でいたんだ?」
マイトランドは少し黙ってから答えた。
「……俺も気になってた。先遣隊だって言ってたけど、一人で来るもんじゃない。」
しばらくして、静かに口を開く。
「……もうこの戦争見る必要はないな。聞いていただろ?軍司令、副司令、参謀がやられたんだぞ。いくら数が多くても司令官がいないんじゃ、ただの烏合の衆だ。それにイスペリア以外の何者かが動いている。この戦いには、俺達が知らない何かが絡んでいる。」
「でもさ、他にも偉い人はいっぱいいるだろ?」
「いる。だが司令部を一度に失った軍がまともに動けると思うか?烏合の衆に勝ち目はない。」
しばらく沈黙が続いた。
それからジェラルトが恐る恐る口を開いた。
「……なぁマイト。せっかく見に来たんだしさぁ。ちょっとだけでもダメか?」
「わかった。ただし、向こうの山まで移動してからな。暗殺者なら依頼の証拠が必要だ。絶対にここに戻ってくる。急ぐぞ。」
「……話がわかるぜ。じゃあ準備するか。」
2人は村から拝借した寝具代わりの布を取り出すと、入れ物代わりに4つの首を包んだ。
包み終わるとジェラルトが顔をしかめた。
「俺は持ちたくないぜ。気持ち悪くないか?あと匂いが……。この間の狩りの血でもかあちゃんに怒られたのに。」
マイトランドはジェラルトの言葉が耳に入らなかった。
ただオルメアの顔だけが、頭から離れなかった。
「大丈夫だ。これは俺が背負う。俺がオルメアを連れて帰る。行こう。」
マイトランドは決意したように布の包みを背負うと、山道へと歩き出した。




