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プロローグ第三話「芋への想い」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

 2人が海を見てから1ヶ月が経とうとしていた。

 その間、敵と味方の斥候部隊に何度か遭遇した。

 ジェラルトが風を操り匂いと気配を消す。2人は息を殺して茂みに身を潜め、馬の蹄の音が遠ざかるのをじっと待った。

 見つかれば終わりだ。

 そのたびにマイトランドは「作戦通りだ」と呟き、ジェラルトは「どこが作戦だ」と心の中で突っ込んだ。

「なぁマイトよぉ。臭い肉や葉っぱ以外に食べ物ないか?」

「俺も食いたいと思っていたところだ。芋が食べたいな。」

 2人はここのところ、レッドボアと草以外食べていなかった。

 レッドボアとは猪に似たモンスターで、猪よりも一回りから二回り大きい。赤く臭みのある肉が特徴で、食べれば腹は膨れる。

 だが育ち盛りの若者2人には、芋や小麦のような炭水化物が必要だ。

 マイトランドはそっと自分の腹に目をやった。そして何も言わなかった。

「芋かぁ、もう何日も食ってないな。イスペリアはヴェルタより金持ちな国だったよな?街に着けば芋ぐらい食わせてくれるかな?」

「ジェル、お前は昨日から芋の話ばっかりだな。」

 マイトランドは静かに目を閉じた。

 水色の鳥が現れ、上空へと飛び去った。しばらくして目を開ける。

「……タラゴーニあたりなら恵んでくれそうだけどな。以前、狩りで迷い込んだ時に村人に飯をもらったことがあるからな。ただ——」

「ただ?」

「前線近くの村は疎開が始まっているはずだ。人がいるかどうか。」

 ジェラルトが黙った。

 2人の間に、戦争の話はめっきりなくなっていた。腹が減ると、人はそれ以外のことを考えられなくなる。

 それから3日後、2人はタラゴーニの村に到着した。

 2人は村の入り口で立ち止まった。

 静かだった。静かすぎた。

 風が吹くたびに、開け放たれた扉が軋んだ音を立てる。洗濯物がそのままロープにかかっていた。食卓の上には食べかけの食事が置かれたまま、椅子が倒れていた。

 まるで、ついさっきまで人がいたかのようだ。

「……なぁ、マイト。」

 ジェラルトが珍しく小声で言った。

「なんか、嫌な感じがするな。」

 マイトランドは何も答えなかった。

 ただ村の奥をじっと見つめていた。これが戦争の現実だった。盤面の上でシャーを倒すのとは違う。人が消える。生活が消える。跡だけが残る。

 2人は村の中を探し回った。

 食料はほとんど持ち去られていたが、家の隅に干し芋がいくつか残っていた。急いで逃げたのだろう、奥の棚の裏に押し込まれたまま忘れられていたようだった。

「……あった。」

「おい、見ろよ!干し芋だ干し芋!」

 食料を村のあちこちから鞄に詰め込みながら、マイトランドは手が止まった。

 ジェラルトは腐らせるよりマシだと言い切ったが、マイトランドにはどうしても気が済まなかった。

 2人は途中の狩りで得たホーンラビットの角と、剥いだばかりのボアの革を食卓の上に置いた。干し芋より明らかに価値が高いのはわかっていた。それでも、そうしないではいられなかった。

 ジェラルトが満たされた腹をさすりながら口を開いた。

「なぁマイト、人がいないってことは……もう疎開が始まっているってことだよな?ってことはここって、戦線上になるんじゃないか?」

 マイトランドは少し離れた山の上を指差した。

「あそこに建物があるのがわかるか?あそこに行こう。ゼーテからタラゴーニにかけての平野が見渡せるはずだ。」

「でもさ、俺達が見渡せるってことは敵も味方も見渡したいんじゃないのか?もしも敵が来たら危なくないか?」

「そうだな。でももっと高くて近い陣地があるだろ?平野から離れたあの山じゃなくていいはずだ。それにもしもの時はジェルの力があるだろ?」

「……もしもの時って、あの作戦か。」

「そうだ。」

「全力で逃げる、だろ!?それを作戦って言うな!!」

 2人は思わず笑った。

 2人は食料を鞄に詰め込むと、山に向かった。

 もしもの時の作戦は決まっている——全力で逃げる。それだけだ。

―――

 建物に着くと、ジェラルトが尋ねた。

「マイト、どこに軍がいるんだ?」

「あぁ、確認する。……ちょっと待ってくれ。」

 マイトランドは静かに目を閉じた。深く、息を吸う。

 水色の鳥が現れ、上空へと飛び去った。しばらくして、目を開ける。

「まだ来ていないな。軍の行軍速度は一番遅い部隊に合わせるしかない。歩兵軍団や補給部隊の速度が基準になるから、1日12kmも進めれば上出来だ。だからあと5、6日はかかる。小規模な戦闘も起きているし、もう少し遅いかもしれない。」

「よくそんなことまで知ってるな。」

「ここに来るまでにヴェルタ軍とイスペリア軍を何度も何度も見てきたからな。」

「じゃあしばらくここで待つか。……待つって、何もすることないぞ?暇じゃないか?」

「戦場を観察する。それだけで十分だ。……それより、この場所を選んで正解だったな。」

「なんでだ?」

「考えてみろ。敵も味方も陣地にしない場所だ。人目につかない。安全な会合場所として使うなら、俺でもここを選ぶ。」

「……つまり?」

「他に誰かが来るかもしれない。気をつけておけ。」

「……お前って本当に変わってるな。」

 6日間、2人は山の上でじっと待ち続けた。

 食料は村から拝借したもので何とかなったが、暇を持て余したジェラルトは毎日マイトランドにシャトランジを挑み、毎日負け続けた。その傍らでマイトランドは、鳥以外の形を作ろうと何度も試みていたが、うまくいかなかった。

 そしてマイトランドの言葉通り、6日後——タラゴーニの平原北にヴェルタ騎兵の先遣隊が姿を見せた。

「ちょっと想定より遅かったな。」

 ヴェルタ軍本軍が到着したのはそこから3日後だった。

 軍はゼーテの村に陣地を構築すると、各方面に斥候と思われる騎兵を散開させた。

「しっかしすげぇ数だな。どこまで続いてるんだ……?」

 ジェラルトは目を細めて平野を見渡したが、軍の端は丘の陰に隠れて見えなかった。

 マイトランドは静かに鳥を飛ばして全容を確認した。

「マイト、イスペリア軍はどこにいるんだ?」

 マイトランドは目を閉じた。しばらくして、目を開ける。

「ここから南へ半日くらいの山の中だな。数は……ヴェルタ軍の1/3にも満たないんじゃないか?何もなければヴェルタ軍が勝つな。」

「なんでそんなに少ないんだ?」

「さあな。でもこれが限界なんだろう。」

 次の日の朝、ジェラルトに揺り起こされたマイトランドが目を向けると、タラゴーニの平原の南にイスペリア共和国軍が到着していた。

 革命派との内戦を抱えながら、この戦線に割ける限界の兵力——6個師団、ヴェルタ軍の1/3に過ぎなかった。

 ジェラルトは両軍の数の多さに圧倒され、口を開けたまま固まっていた。

 マイトランドはただ静かに、盤面を読むように平野を見つめていた。

「なぁマイト、なんでどっちも動かないんだ?もう2日だぜ?」

 ジェラルトが尋ねると、マイトランドは平野から目を離さないまま答えた。

「動かないんじゃない。動けないんだろう。あくまで俺の憶測だけど——ヴェルタ側は伏兵の存在を疑っているんじゃないか?それに対してイスペリア側は正面切って戦えば、数的不利で負ける。にらみ合いは続くんじゃないか?」

「じゃあイスペリアはどうするんだ?このままじっとしてるのか?」

「さあな。……数で劣っているなら、正面から戦っても勝ち目はない。俺なら別の手を打つ。」

「別の手って?」

 マイトランドは少し考えてから、静かに答えた。

「俺なら——シャーを狙う。」

 ジェラルトはその言葉の意味を、すぐには理解できなかった。

 だがマイトがそう言うなら、きっとそういうことなのだろう。

「お前ってさ、本当に俺と同じ年か?」

「同じ年だよ。」

「……そうは思えないんだよなぁ。」

 マイトランドは何も答えなかった。

 ただ平野を見つめたまま、じっと考え続けていた。

 しかしその日の深夜、マイトランドの予想は——もっと悪い方向で現実となった。

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