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プロローグ第二話「作戦名:全力で逃げる」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

 1週間後の夜明け前。

 トロンの村はまだ眠っていた。

 マイトランドは薄暗い家の中で、鞄に荷物を詰めた。

 空の水袋、干し肉、芋——それだけだ。

 食べ物と呼ぶには心もとない量だったが、文句を言える立場でもなかった。この村で腹いっぱい食えた日など、指で数えるほどしかない。

 外に出ると、冷たい空気が頬を刺した。

 空はまだ暗く、星がまばらに残っていた。

 待ち合わせ場所に向かうと、ジェラルトがすでに待っていた。

 息が白く、足をそわそわと動かしている。

「よぉ!遅かったな。」

「……まだ夜明け前だぞ。」

「俺が早すぎただけだ!それよりマイト、見ろよこれ。」

 ジェラルトが鞄を開けて見せた。

 干し肉と芋に混じって、見慣れない塊がいくつか入っている。

「配給所のオヤジから4日分もらってきてやったぜ。昨日のホーンラビットの角、親父の使いってことにして売り払ってきた。」

「……よくそんなこと思いつくな。」

「帰ってきて怒られなければいいけどな!」

 ホーンラビット——通常、武術や魔法の心得のない村人にとっては危険なモンスターだ。

 その角は大人であっても体を容易に貫通するほどの硬度を持ち、動きが素早い。やっかいなことに、ちょこまかと動き回り、太い後ろ脚の脚力を生かした突進をしてくる。

 だがこの2人にかかれば、魚を釣るより簡単だ。

 最初はうまくいかず、何度も逃げられたり、角をかすめて肝を冷やしたりしたが、試行錯誤を重ねた末にたどり着いたやり方だった。マイトランドがホーンラビットの進行方向に罠を仕掛け、ジェラルトが風を操って誘導し、罠で仕留める。

 大人には内緒の狩りだったが、狩りに関しては絶妙なコンビだった。

 2人は互いの荷物を確認すると、出発した。

 ジェラルトが目を閉じ、決意したように短く息を吐くと、二人の足が不思議と軽くなった。

 軽くなったといっても所詮は徒歩だ。疲れも来るし、息も切れる。

 ジェラルトの提案で、少し進んだところにある川で休憩を取ることにした。

 マイトランドは川で水袋に水を入れながら、ジェラルトに口を開いた。

「……ちょっと待ってくれ。」

 マイトランドが静かに目を閉じた。深く、息を吸う。

 するとどこからともなく、水色に光る鳥が現れた。

 羽ばたきもなく、音もなく——ただ静かに、二人の上空へと飛び去っていった。

 ジェラルトは黙って見ていた。何度見ても慣れない光景だったが、何も言わないことにしていた。

 しばらくして、マイトランドが目を開けた。

 その目が、少し険しくなっている。

「……軍がいた。ヴェルタ軍だ。」

「どこに?」

「ここから北に半日ほど。陣形が横に広く展開しているから正確な数はわからないけど……10万は下らないと思う。この道をまっすぐ進むと軍の間を抜けることになる。」

「……まずいのか?」

「まずい。俺達は軍人でも軍属でもない。軍の間は通れない。迂回するしかないな。」

 ジェラルトが地面に視線を落とした。それからすぐに顔を上げる。

「どこを通る?」

「南西だ。海に出て、海沿いを行く。この辺りの南西の海沿いには大規模な軍が通れる道はない。安全なはずだ。」

「戦場には近づけるのか?」

 マイトランドは少し考えてから答えた。

「たぶん、な。ここまで大規模な軍なら敵の斥候部隊にもとっくに捕捉されているはずだ。俺がイスペリアなら、補給の限界が来たところで自分たちに有利な地形で戦う。ゼーテの平野まで下らなければ、大きな戦闘はないはずだ。」

「……でも俺達が斥候に見つかったらまずくないか?」

「まずい。どちらの斥候に見つかっても、子供が2人でうろついてたら怪しまれる。ジェルの力で匂いと気配を消しながら進むしかないな。」

「……なるほど、だから俺が必要なわけだ。」

「最初からそのつもりだったけどな。」

「もし、もしだぞ?見つかった場合はどうするんだ?」

 マイトランドは少し間を置いてから、あっさりと答えた。

「全力で逃げる。」

「……それだけか!?シャトランジみたいな作戦はないのか!?」

「ある。」

「お、あるのか!どんな作戦だ!?」

「全力で逃げながら、相手が諦めるまで待つ。」

「それ作戦じゃなくて逃げてるだけだろ!!」

「負けなければ相手が勝手に諦める。」

「それシャトランジと同じこと言ってるだけじゃないか!!」

 マイトランドはほくそ笑んで、水袋の口を閉めながら言った。

「ジェルがいるからできるんだよ。ジェルの力がなきゃ、俺だって一人じゃ何もできない。」

「何言ってんだ、恥ずかしいじゃねぇか!」

 ジェラルトが顔を赤くして立ち上がった。

 マイトランドはそれを見て、また笑った。

 2人は進路を南西へ向けた。

 あと3日ほどで新年を迎えようとしていた。

―――

 歩き始めて4日。

 ようやく海が見えてきた。

 その間、新年を迎えたことなど2人はお構いなし、途中モンスターを狩りながら食べ物を現地調達した。2人で勝てそうもないモンスターを見かけた時は、ジェラルトが風を操り匂いや気配をごまかしてやり過ごした。

 マイトランドは何度も鳥を飛ばして軍の場所を確認していた。

 自分達が今どこにいるのか、軍からどれだけ遅れているか、まだ戦闘に入っていないか——気になって仕方がなかったからだ。

「海だ!マイト!海が見えたぞ!」

 ジェラルトが駆け出しそうな勢いで声を上げた。

 マイトランドは隣に立ったまま、静かに水平線を眺めた。

 広い。

 トロンの村からここまで、ずっと山と森と荒れた道だった。それが急に開けて、どこまでも続く青が目の前に広がっている。

「……きれいだな。」

 マイトランドは思わず呟いた。ジェラルトがにやりとする。

「だろ!遊んでいこうぜ!」

「だめだ。」

「わかってるけど……あぁもう!」

 ジェラルトが悔しそうに空を仰いだ。

「急ぐぞ。軍の移動速度から考えると、俺達は迂回した分7日ほど遅れている。」

 そう言いながらも、マイトランドはもう一度だけ海を見た。

「……わかった。」

「「さて、行くか。」」

 2人がほぼ同時に声を振り絞った。

 どちらからともなく海に背を向けた。どちらも未練がましく、一度だけ振り返った。

 青い水平線が、山道の入り口から見えなくなるまで。

どうでしたか?

まだ本編ではありません。


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