第44話「水圧ですが」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
次の休日になると、フレデリカはアルファイマー調略作戦を実行に移す為、部屋を出た。
「フレデリカ様!今日はどちらへ行かれるのですか?」
そっと部屋を出たフレデリカに声をかけるのは、フレデリカの護衛兼副官であるクレアであった。
「あ、ああ、あ、ああ、ああ、せっかくの休日だ、今日は買い物に行こうと思ってな。」
「軍服を着ずに、ロングドレスを着て買い物ですか?まさかあの平民と?どこかに出かけるのではありませんか?」
まるで監視員の様に、クレアに質問されたフレデリカは、はぁ、とため息を一つつき答えた。
「そうだったら私も嬉しいのだがな……。違うのだ。」
「怪しいですわね。違うのでしたら、私もご一緒しても?」
「いや、いや、いい。私だけで行くから来ないでくれ。」
動揺するフレデリカを、クレアは流し目で見ると、
「わかりました。そう言う事であれば。」
と言ってクレアは自室に戻って行った。クレアが諦めたことに、ほっと胸をなでおろすフレデリカは、そのまま階段を下り、エントランスへ到着すると、周囲を確認し、馬車に乗り込んだ。
「ヴェルテブールの中央広場へ向かってくれ。」
馭者にそう伝えると、馬車はヴェルタの首都ヴェルテブールへと向かった。
一方、部屋に戻ったクレアは、クローゼットに吊るしてあった軍服に手慣れた様子で素早く着替えると、急いで隊舎裏に走り、その足で馬に乗った。
「甘いですわね。フレデリカ様、諦めたと思ったのでしょうが、そうは参りませんわ。」
そう呟くと馬の腹に拍車を当て、全速力でフレデリカの馬車を追いかけた。
新兵の教育が実施されている教育隊基地から、首都ヴェルテブールまでは馬車で小一時間と言ったところだろう。首都までの間に森が存在するが、ほぼ一直線に伸びたその道は、モンスターもおらず、これと言った危険もない。
森の中を、クレアが馬を進めていると、当然作戦の為、フレデリカを追っていたマイトランド、ジェラルトの両名と出会うことになった。クレアは馬を止めると二人の進行を妨げた。
ジェラルトが馬の上から軽く手を挙げた。
「ああ、なんだ、クレアか、すごい勢いでフレデリカを追っているから誰かと思ったぜ。模擬戦の時よりも上手に馬に乗れるようになったんだな。」
「……別に、あんたに褒められても嬉しくないけど。甲冑を着ていないからよ。」
「褒めてねぇよ。」
クレアは髪をかき上げると、二人を見下ろすように顎を上げた。
「ふん。それで、ジェル達はこんなところで何をしてるの?」
ジェラルトは一瞬動きが止まった。クレアの口から自然に「ジェル」が出てきたことに、何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。
隣でマイトランドだけが、小さく笑っていた。
「平民とのデートではなさそうね。よかったわ。」
クレアが視線を逸らしながら呟くと、ジェラルトが眉をひそめた。
「何がよかったんだよ。」
「別に。何でもないわ。それで、フレデリカ様を追っているの?」
クレアがそう言って馬を進めようとしたので、マイトランドがその馬の頭を押さえた。
「すまんが邪魔をしないでくれ。」
「どういう事?」
「今は作戦中なんだ。」
「作戦?フレデリカ様を使って?平民の考えることは分らないけど、まあいいわ。あなた達が場所を知っているのね。なら気持ちの悪いのを我慢して、一緒に行動させてもらうわ。」
ジェラルトが自分の顔を指差した。
「気持ちの悪いって、俺のことか?」
「マイトのことよ。ジェルは……まあ、普通に気持ち悪いわ。」
「どっちにしても気持ち悪いのかよ!」
マイトランドは二人のやり取りに構わず、馬を先に進めた。
「邪魔をしなければ、勝手についてこい。」
こうしてクレアはマイトランド達と合流することとなった。
3人はフレデリカの待ち合わせ場所である、ヴェルテブール中央の広場に到着すると、ジェラルトの風魔法で周囲の音と気配を逸らし、植木の陰に潜んだ。
フレデリカがベンチに座って待っていると、燕尾服を着た男がフレデリカに寄って来た。
「フレデリカ嬢、お待たせいたしました。今日はどのようなご用件ですか?」
「今日はあれだ!アルファイマー殿とデートがしたくてな!」
「本当にデートをしたい者が、そのように言うとは思えませんが?他に理由が存在するのでは?」
アルファイマーにそう言われると、フレデリカは黙ってしまった。
だが、フレデリカはフレデリカなりに必死だった。黙ったまま、何か話題を探すように視線を泳がせると、広場の噴水を指差して口を開いた。
「あ、あの噴水、綺麗だな!水が、こう、ばーっと出ているだろう?あれはどういう仕組みなのだ?」
「……水圧ですが。」
「す、すごいな!水圧か!勉強になった!」
アルファイマーは呆れるでもなく、かといって笑うでもなく、静かにフレデリカを観察していた。
「フレデリカ嬢、無理をしなくてもいいのですよ。あなたは嘘が下手だ。だが、それは決して悪いことではありません。」
「……そうか?」
「ええ。嘘が下手な人間は、信用できますから。」
フレデリカは褒められたのか貶されたのか分からず、首をかしげた。だが不思議と、アルファイマーとの間に流れる空気は悪くなかった。
その様子を植木の陰から見ていたクレアの目が鋭くなった。
「ねぇ、ちょっと、フレデリカ様と一緒にいるの、アルファイマーじゃない。作戦ってこういうこと?」
「ああ、そうだ。」
「ふざけないでよ!フレデリカ様はあんな男が好きなんじゃないわ!」
「うるさい。少し黙ってろ。」
マイトランドが黙れと言ってクレアが黙る様な女ではなかった。
ギャーギャー、ギャーギャー、ピーチクパーチク、とフレデリカの恋について大声で叫んでいると、それはやがてフレデリカ達の耳にも届くところとなった。
アルファイマーは何かを察したのか、声のする方を見ると、
「なるほど。そういうことですか。おかしいとは思ったのですよ。」
そう言って、腕を組むと、今度は大声で続けた。
「マイトランド君、そこにいるんでしょう?出てきてもらえますか?」
アルファイマーの声に、マイトランドは、ジェラルトに隠蔽を解かせると、アルファイマーの前まで進み出た。
フレデリカはマイトランドの姿を見た瞬間、ベンチから跳ね起きた。
「マイト!?なぜここに!?」
「後から合流するって言っただろ。予定より早くなっただけだ。」
「い、いや、それはそうだが……私の会話、聞いていたのか?」
「全部聞いてた。噴水の仕組みは水圧だそうだ。」
フレデリカの顔が真っ赤に染まった。
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