第38話「押し返せ」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
クリスト隊は、アーシュライトの生き残りを回収すると、敵後方支援部隊の側面へと回り込んだ。
同時に、マイトランドと共に敵左翼騎兵を蹴散らしたロンベルトも、24騎を率いて敵後方支援部隊の反対側に迫っていた。
敵の後方支援部隊は、左右から挟まれる形となった。
クリスト隊が突撃を敢行した瞬間、異変が起きた。
敵後方支援部隊の一角を占めていたヨーゼフ・アルファイマー率いる魔導砲撃隊が、突然詠唱を止め、武器を下ろしたのであった。
降伏であった。
前回の模擬戦に続き、ヨーゼフは戦闘を放棄した。その意図は誰にも読めなかったが、結果としてこの降伏が、敵後方支援部隊の崩壊を決定的にした。
弓兵部隊は、魔導砲撃隊に左右を固められていた。その片方が突然消えたことで、側面が丸裸となり、クリスト隊の突撃をまともに受ける形となった。射撃を中断せざるを得なくなり、マイトランドの予定よりも幾分早く、ライアネン隊へ降り注ぐ矢は止んだ。
反対側からはロンベルト隊24騎が突入した。弓兵は近接戦闘の装備を持たない。騎兵に踏み込まれれば、ひとたまりもなかった。
矢が止んだことを、ライアネン隊は肌で感じた。
「矢が止んだぞ!」
アダムスが声を上げると、ライアネン隊から歓声が上がった。
「まだだ!気を抜くな!盾を前に構え直せ!」
ライアネンがすぐさま怒鳴りつけたが、その顔には安堵が滲んでいた。
敵の後方支援部隊を一掃したロンベルト隊とクリスト隊は合流し、ロンベルトの指揮の下、敵歩兵集団の後背に回り込んだ。
この頃、歩兵戦線は弓形から半月状へと形を変え、フリオニール軍の歩兵がグレンダ軍の歩兵を半包囲する態勢が出来上がりつつあった。
矢が止んだことで、戦場の空気が変わった。
それまで上方の防御に割かれていたライアネン隊の後列が、盾を正面に構え直した。後ろからの押す力が、ようやく前に向かい始めた。
「矢が止んだ。今度は俺たちの番だ。押し返せ!」
ライアネンの号令で、それまで耐え続けていたライアネン隊が、初めて前に出た。最前列の大盾が一斉に前方へ叩きつけられると、敵の前列が体勢を崩した。その隙間に二列目の槍が突き込まれる。
ライアネン隊だけではなかった。1番隊から6番隊もまた、矢の脅威から解放されたことで隊列を立て直し、前進を始めた。半月状に広がったフリオニール軍の歩兵が、じわりじわりとグレンダ軍を締め上げていった。
グレンダ軍の後方で、異変に最初に気づいたのは最後列の歩兵であった。
背後から地面を伝って響いてくる振動。重い何かが、こちらに向かって駆けてくる音。
振り返った兵士が見たのは、ロンベルト隊とクリスト隊の騎兵が一列に並び、ランスを構えて殺到してくる光景であった。
「後ろだ!騎兵が来るぞ!」
誰かが叫んだが、もう遅かった。
ファランクスはその性質上、後背攻撃には極めて脆い。全員が前を向き、盾と槍を正面に構えた密集陣形は、後方からの突撃に対して何の防御も持たないのであった。
ロンベルト隊の最初の突撃が、敵歩兵の最後列を蹴散らした。続いてクリスト隊が左右に展開し、崩れた隊列の隙間に次々と突入していった。
一部の敵歩兵は、後方の騎兵に対処しようと反転を試みた。だが前を向いていた密集陣形の中で、個人が向きを変えることは容易ではなかった。盾が隣の兵士にぶつかり、槍が味方の背中を突きかけ、反転しようとした者と前進を続ける者が混在して、かえって隊列の混乱を招いた。
前方からはフリオニール軍歩兵の圧力。後方からは騎兵の突撃。左右からは半包囲の圧迫。
逃げ場を失ったグレンダ軍の歩兵は、四方から押し込まれていった。
最初に悲鳴が上がったのは、包囲の中央であった。
前からも後ろからも横からも押される圧力で、中央の兵士達は自分の意思で動くことができなくなっていた。盾が体にめり込み、鎧の継ぎ目が軋んだ。立ったまま身動きが取れず、呼吸すらままならない。隣の兵士の肩が自分の胸を圧迫し、足は地面についているのに、自分の体重を支えているのか周囲の圧力で立たされているのかわからなくなっていた。
ロンベルト隊が再び突撃するたびに、その衝撃が波のように前方へ伝わった。後方で押された力が、中央の密集をさらに圧縮する。前方のフリオニール軍歩兵もまた押し込んでくる。二つの力に挟まれた中央の兵士達は、圧死する者が続出した。
「何が起きているの!なぜ前に進まないの!」
後方に位置していたグレンダは、自軍の歩兵が前進を止め、逆に押し返されていくのを見て叫んだ。
「グレンダ様、後方から敵の騎兵が!我が軍の後方支援部隊が壊滅した模様です!」
「後方から?そんなの聞いてないわよ!騎兵は両翼にいるはずでしょう!」
「両翼の騎兵はすでに……」
副官の言葉が途切れた。言葉にしなくとも、副官の表情が全てを物語っていた。
「嘘でしょう……。右翼35騎と、左翼も……全部?」
グレンダの目の前で、自軍の歩兵が圧縮されていく。後方から騎兵の突撃を受けるたびに、悲鳴と金属の軋む音が広がっていった。
前方のライアネン隊は、先ほどまで押され続けていたはずだった。それが今、恐ろしい速度で押し返してきている。半月状に広がった敵の歩兵が、まるで巨大な顎のように、グレンダ軍を飲み込もうとしていた。
「……撤退よ。退きなさい。」
グレンダの声は、誰にも届かなかった。もう撤退命令を出せる段階は、とうに過ぎていた。
戦場の北側では、ジェラルトとポエルが任務を終えようとしていた。
2人は作戦通り、敵斥候にわざと見つかるように行動しながら河の上流を塞き止めた。派遣されてきた敵の妨害部隊と小競り合いを繰り返しながら、斥候の半数を脱落させることにも成功していた。
下流の水位が十分に下がった後も、ジェラルトは関を切らなかった。敵に関を守らせ、その兵力を本隊から引き離す。それがマイトランドの指示であった。
決戦の轟音が南から響いてくると、ジェラルトは関を敵に譲り、ポエルと共に本隊方向へ移動した。
「ポエル、派手にやってるみたいだな。」
「ああ、俺達だけこんなところで泥遊びしてたなんて言えないな。」
2人は戦場南側から敵歩兵の側面に姿を現すと、混乱する敵の横腹をついた。戦局に決定的な影響を与えるほどの兵力ではなかったが、全方位から攻撃を受けているという恐怖が、敵の士気を完全に打ち砕いた。
マイトランドはジェラルトとポエルの帰還を確認すると、合流した。
事ここに至って、グレンダ軍の組織的な抵抗は完全に瓦解した。
太陽が西の稜線にかかろうとしていた。
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