第37話「援軍は必ず行く」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
フリオニール軍右翼は、数的優位とロンベルトの奮戦もあり、敵左翼騎兵35騎を蹴散らすと、マイトランドは作戦通り部隊を二つに分けた。
「ロンベルト、残りの敵を追い散らしたら、そのまま敵の後方支援部隊を叩きに向かうぞ!疲れたなんて言わないよな?」
「誰に言っている。」
ロンベルトは鼻で笑った。
マイトランドはクリスト、フレデリカ、クレアに向き直った。
「クリスト、フレデリカ、クレア、20騎連れて左翼の救援に向かえ。アーシュライト達を回収したら、こちらと合流しろ。」
「ラーケン殿の救援、承知した!」
「任せなさい!」
フレデリカが応じ、クレアも無言で頷いた。
「私に続け!」
クリスト以下20騎は戦場を離脱すると、馬に拍車をあて左翼騎兵の援護に向かった。
マイトランドはロンベルトと共に、残存する敵騎兵を追い散らしながら、敵後方支援部隊への突撃に向かった。
マイトランドは戦場中央に目を向けた。
ライアネン隊はずいぶんと押し込まれ、それに付き添うように1番隊、4番隊が後退し、その外側の部隊も緩やかに後退し、歩兵戦列は横隊から弓形へと移行していた。
「イブ、ライアネンに、最初の河のラインまでは緩やかに後退を許可する。もう少し耐えろと伝えてくれ。しばらくしたら敵の遠距離攻撃が止むはずだ!」
イブラヒムがアダムスに念話で命令を伝えると、アダムスも隊旗を持ちながら戦闘に参加していたのか、少し遅れて反応が返ってきた。
「出来るだけ急いでくれ!とよ。」
「ああ、わかってる。わかっているが……。」
マイトランドはそれだけ言うと、考えるのを止めた。そもそも、ライアネン隊が敵の攻勢に耐え、緩やかに後退することが、この作戦の前提条件だったからである。
一方、アーシュライト率いる左翼は、開戦当初から地獄であった。
僅か10騎と長槍兵10名。作戦通り馬を降り、杭を打ち、馬を鎖で繋いで防壁としたが、それでも敵右翼35騎の突撃は凄まじかった。
最初の突撃で、ぬかるみに馬脚を取られた敵騎兵の勢いは削がれたものの、それでも先頭の数騎が馬の防壁に激突した。鎖が敵馬の脚に絡みつき、もつれるように2騎が落馬した。その転倒に巻き込まれた後続の1騎も体勢を崩し、泥の中に騎手が投げ出された。
泥に潜ませた長槍が、混乱した先頭集団をさらに叩いた。
だが、それで終わりではなかった。
鎖を避けて左右に回り込もうとした敵騎兵を、アーシュライトは残りの騎兵を左右に振り分けて迎え撃った。正面は馬と鎖で塞ぎ、側面は少数の騎兵で受ける。防御を得意とするアーシュライトの判断は的確であったが、数の差はいかんともし難かった。
1回目の突撃を凌いだ時点で、長槍兵2名が戦闘不能になっていた。
2回目の突撃では、敵は鎖の存在を学習していた。馬の防壁を避け、側面に兵力を集中させてきた。アーシュライトは自ら側面に立ち、ランスを振るって3騎を押し返したが、その間に反対側を突破されかけた。草叢に伏せてあったアツネイサ隊の長槍兵がこれを打ち取り、かろうじて後方への突破を阻止した。
だがこの時点で、騎兵2名、長槍兵3名が新たに戦闘不能に陥った。
3回目の突撃の頃には、もう数えることすら無意味であった。泥と血にまみれた馬の防壁は、あちこちで鎖が切れかかり、杭が傾いていた。アーシュライトの鎧にもいくつもの傷が刻まれていた。
それでも彼は立っていた。フリオニールのためにここを守る。その一念だけが、残された者達を支えていた。
援軍は必ず行く。
作戦会議でマイトランドが言った言葉を、アーシュライトは何度も頭の中で繰り返した。だがその援軍の気配は、まだなかった。
騎兵5名、長槍兵8名が戦闘不能。残存は騎兵5名と長槍兵2名。兵力の大半を失っていた。
だがアーシュライトの獅子奮迅の活躍と、辛うじて残った馬の防壁のおかげで、敵騎兵の完全な突破だけは免れていた。
そんな中、敵騎兵は態勢を立て直すため、ぬかるんだ地面から一度引き返すと、再度突撃の体勢に移行した。
今度で最後だ。アーシュライトにはわかっていた。
残った7名の顔を一人ずつ見た。全員が泥まみれで、鎧は凹み、息は荒かった。それでも誰一人、逃げようとはしなかった。
「もうだめか……。フリオニール様、申し訳ありません。ここまでです。」
それだけ呟くと、ランスを構え、目をつむった。
本当にもうだめだと、左翼の生き残り全員が思った。
泥を蹴る蹄の音が、地面を通じて振動となって伝わってくる。もう数秒で、最後の突撃が来る。
その時だった。
「ラーケン殿、遅くなってすまない!救援に参りましたぞ!」
目を開けた先に、砂埃を上げて駆けてくるクリスト率いる20騎の姿があった。
アーシュライトの目に、涙が滲んだ。
敵右翼騎兵は、数の上ではまだ27、8騎を残していた。クリスト隊20騎とアーシュライトの生き残り7騎を合わせても27騎。数の上ではほぼ互角であった。
だが、戦場において数だけが全てではない。
敵騎兵は泥濘地で3度の突撃を繰り返していた。馬は泥に脚を取られ続けて消耗し、騎手も鎖に絡まれ、長槍に突かれ、無傷の者はほとんどいなかった。何より、倒しても倒しても崩れないアーシュライト隊との戦闘で、士気は確実に削られていた。
対してクリスト隊の20騎は、右翼での戦闘を終えたばかりとはいえ、泥濘地での消耗戦は経験していない。馬脚はまだ十分に残っていた。
そして何より、敵はアーシュライト隊に正面を向けていた。その背後からクリスト隊が突撃する。疲弊した部隊の後背を、新手が突く。それだけで勝敗は決する。
クリスト隊は、崩壊寸前のアーシュライト隊の後方に馬を付けると、鎖でつないだ馬の間を抜けられるよう間隔を取らせ、横一列に整列した。
アーシュライトは、突撃準備のため下がった敵騎兵を確認すると、クリスト隊が突撃を仕掛けやすいように馬の鎖を引き抜いた。
「全隊、突撃!突撃!」
クリストの号令で、馬と馬の間を通り突撃を敢行するクリスト隊であったが、クリストだけは速度を緩め、アーシュライトに手を伸ばした。
「さあ、ラーケン殿。」
クリストの手を取ったアーシュライトを馬上に引き上げると、そのまま騎乗させた。生き残りの騎兵も馬に騎乗を完了すると、
「フリオニール様のために!」
そう叫び、わずか7騎で突撃の第二波として敵に突撃を敢行した。
新たな兵力の出現と、息を吹き返したアーシュライトの攻勢に意表を突かれた敵騎兵は、勢いのついたクリスト達の突撃を正面に受けると、そのまま指揮官エルンストと兵力の約半数を失い瓦解した。
「ラーケン殿、お疲れのところ申し訳ないのですが、このまま敵の後方支援部隊を叩きます。私の指揮下に入って下さい。」
アーシュライトは拳にぐっと力を込めると、
「戦線中央が持ちこたえているんだ。彼らに比べたら疲れなどどうということはない。卿の指揮下に喜んで入ろう。」
それだけ言うと、残存の長槍兵を余った馬に騎乗させ、クリスト隊に合流した。敵残存騎兵を殲滅し、敵後方支援部隊の側面へと回り込んだ。
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