第36話「一個小隊の化け物」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
マイトランドの読み通り、ライアネン隊に接触していた敵歩兵が左右に開き始め、矢が止んだ。その隙間からライナー率いる騎兵15騎が突撃を敢行した。
ライアネンは左側4列を弟のクリードに任せ、自分は右側4列を指揮した。
「分断だ!クリード、そっちは頼んだぞ!」
「了解だ!」
クリードは兄に返答すると、騎兵突撃にあたる中央部分、左から4列目の大盾を70度ほどに傾け、右列に向けさせた。正面の一人は盾を斜めに向け、敵の投げ槍に備えた。
同様にライアネンも右から4列目を左側に向け、突破に備えた。
騎兵は通常、突撃体制に移行すると急な方向転換が容易にはできない。
「こりゃあいい。敵大将まで一直線だ。」
ライナーがぼそりと呟くと、ライナー隊はそのアリジゴクのようにぽかりと開いた口に自ら飲み込まれていった。
途中、盾と盾の隙間にランスを突き刺し、ライアネン隊にも損害を与えたが、大した被害とはならず、目の前にぶら下がる人参に飛びつくかのように、フリオニールのいる本陣を目指した。
しかし、そのアリジゴクの出口で待つジョディーの一言で状況は一変した。
「まだだ。」
「まだだ。」
「今だ!長槍を上げろ!」
ジョディー隊の長槍兵が一斉に槍を構え、騎兵の馬の胸元に向けて槍衾を作った。前回の模擬戦で長槍の脅威を知らなかったライナー隊は、この槍衾の餌食となり、ほぼ全員が落馬もしくは戦闘不能に陥った。
内1騎はかろうじて難を逃れ、フリオニールの前に到達するも、フリオニールの剣技に翻弄されもたつく間に、フリオニールに付けていた長槍兵の餌食となった。
長槍の餌食になったその1騎を除けば、そこからが、泥にまみれて身動きが取れなくなったライナー達にとっての真の地獄であった。
マイトランドの指示で分断を解除すると、元の隊形に戻ったライアネン隊が後退を開始した。もちろんライナー隊を足場にしながらであった。
前進、後退を何度も繰り返し、4回ほどの前後運動が終わり、敵味方の両方が通り過ぎ、ライナー隊が太陽の元にさらされる頃には、ライナー隊の全てが戦闘不能状態になっていた。
「ライナー隊騎兵15騎壊滅!」
「ライナー。所詮は新貴族ね。使えませんわ。」
この騎兵突撃の失敗を受けて、グレンダは無傷の部隊から8名ずつ引き抜くと、中央部隊に増員し、中央突破の圧力をさらに厚くした。
そこからまた何度かライアネン隊が前進後退を繰り返すと、左翼の1番隊と右翼の4番隊が敵と接触した。この時すでにライアネン隊は8名が負傷、戦闘不能状態に陥り、戦線を離脱していた。
マイトランドの指令により、ジョディー隊の長槍兵が8名、前列の大盾兵の補助に回るなどし、ライアネン隊の増員を申し出たが、ライアネンがこれを拒否した。56名でのファランクスで戦線を維持していた。
そこからさらに4回ほど前進後退運動を続けると、1番隊左翼の2番隊、4番隊右翼の5番隊が接触した。その後また4回ほど前進後退運動を繰り返すと、3番隊、6番隊も敵と接触し、歩兵戦列はほぼ横一線となった。
両翼の騎兵戦に突入した。
「ロンベルト、行くぞ。中央30で正面から突っ込む。左右に10ずつ展開させる。お前が先頭で敵を叩き崩せば、左右に逃げる奴が出る。そいつらは俺達が始末する。一騎も逃がすな。」
「随分と俺を信用しているな。」
「一個小隊の力を持つ化け物を先頭に使わない手はないだろう。」
「はっ、言うようになった。」
ロンベルトは口の端を上げると、馬上でランスを構えた。
「ロンベルト隊、突撃!」
マイトランドの号令で、ロンベルトを先頭にした中央30騎が一斉に突撃を開始した。左翼10騎、右翼10騎はやや遅れて左右に開きながら追従する。
対する敵左翼騎兵35騎も突撃で応じた。
両軍の距離が急速に縮まる。未踏のぬかるみを蹴り上げながら走る馬の蹄が、泥水の飛沫を上げた。重い騎馬の重量で削られた地面は、後続の馬にとっては一層深い轍となり、敵の隊列は加速するにつれて前後に間延びしていった。
その先頭にロンベルトがいた。
ロンベルトのランスが敵の前列1騎目を捉えた瞬間、まるで突撃の勢いなどなかったかのように、敵騎兵は馬ごと横に吹き飛ばされた。そのままランスを引かずに2騎目に叩きつけると、2騎目もまた弾き飛ばされ、その衝撃で隣の3騎目の馬が体勢を崩し、騎手が泥の中に転落した。
わずか一瞬で、敵前列に3騎分の穴が空いた。
だが敵も精鋭であった。ロンベルトが前列を叩き潰した直後、その背後を突こうとした敵の2騎目列がランスを揃えて殺到した。ロンベルトはこれを躱したが、後続の中央30騎が真正面から受ける形となった。
先頭に続いて穴に殺到した味方の2騎が、敵のランスをまともに受けて落馬した。さらにその混戦の中で、ぬかるみに足を取られた味方の馬が前のめりに転倒し、騎手が泥に叩きつけられた。重い鎧に泥がまとわりつき、起き上がることもままならない。
それでもロンベルト隊の勢いは止まらなかった。5騎の脱落を出しながらも、ロンベルトが開けた穴に後続が殺到すると、敵の陣形は中央から真っ二つに裂けた。
裂かれた敵騎兵は左右に散った。だがそこにはすでにマイトランドの左右10騎ずつが待ち構えていた。
右に逃れた敵騎兵は、マイトランド率いる右翼10騎に横腹を突かれ、次々に落馬した。
左に逃れた者もまた、左翼10騎に追い込まれ、退路を断たれた。
左翼10騎を任されたフレデリカは、逃げる敵騎兵の背に迫ると、すれ違いざまに一閃、敵の鎧の隙間を正確に捉え、1騎を落馬させた。返す刀で方向転換した2騎目にも斬りかかると、相手が慌ててランスで受けようとするも、馬脚がぬかるみに取られた一瞬の隙を見逃さなかった。フレデリカの剣が脇腹を捉え、2騎目も泥の中に崩れ落ちた。
「フレデリカ様、左に1騎!」
クレアが叫ぶと同時に、自ら横合いから飛び出し、逃走を図った敵騎兵に馬ごと体当たりした。
衝撃で双方の馬が体勢を崩し、クレアと敵騎兵は抱き合うようにしてぬかるみの中に投げ出された。泥まみれになりながらも、クレアは即座に相手を組み伏せようとしたが、重い鎧の敵に押し返される。もみ合う中で自分の兜が外れ、泥の中に転がった。
敵騎兵が上体を起こしかけたその瞬間、クレアは手を伸ばして泥の中から自分の兜を掴むと、そのまま敵騎兵の顔面に叩きつけた。
鈍い音と共に、敵騎兵は仰向けに倒れ、動かなくなった。
泥だらけの顔のまま、クレアは立ち上がると息を整えた。
「……フレデリカ様、始末しました。」
「クレア、顔がすごいことになってるぞ。」
「戦場ですので。」
「そんなこと言ってる場合ではないぞ!早く馬に乗れ!まだ終わっていない!」
「はっ、はい!フレデリカ様!」
クレアは泥を拭う暇もなく、近くで立ち止まっていた自分の馬に駆け寄ると、重い鎧のまま飛び乗った。
ロンベルト隊が踏み固めた地面の上を後続が走る一方、散り散りに逃げる敵騎兵は未踏のぬかるみに馬脚を取られ、速度が上がらなかった。速度と突破力を失った騎兵は歩兵以下というのが通説であった。
5騎の損害を出しながらも、数の優位と地の利、そしてロンベルトという化け物を得たマイトランド隊は、敵左翼騎兵を一騎残らず蹴散らしていった。
一方のアーシュライト率いる左翼騎兵は、苦戦を強いられていた。
僅か10騎の左翼騎兵は作戦通り馬を降り、杭を打ち、馬を鎖で繋いで防壁とすると、泥濘地で敵騎兵の突撃を待ち受けた。
敵右翼35騎の突撃は凄まじかったが、ぬかるみに馬脚を取られて勢いを殺され、さらに泥の中に潜ませた長槍が先頭集団を叩いた。敵騎兵3騎がアーシュライト隊の防御を突破したが、これを草叢に伏せてあったアツネイサ隊の長槍兵が打ち取り、後方に回られることだけは回避できた。
だが、依然として32対20の数的不利はいかんともし難い状況であった。
太陽が傾きかけた頃の戦況であった。
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