第26話「先行投資」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
「ところで試験範囲はどこなんだ?平民も貴族と同じ試験を受けられるのか?」
「ああ、それについては問題ないらしい。希望する者は銀貨1枚で私達と同じ試験が受けられるようだ。試験範囲については、服務一般より10問、戦技より3問、基本教練より2問の計15問だ。」
服務とは読んで字の如く、職務についてであり、戦技は異能についてであった。
基本教練は回れ右、敬礼などの軍隊での基本的動作についてであった。
「は?何?15問だって?」
「ああ、驚くのも無理はない。例年よりも5問多いからな。」
「いつもは10問ってことか?バカバカしい。そんなので新兵を戦場に送り込むってのか?想定してたよりも全然少ないぞ。まあいい。で?過去の教材は手に入ったのか?」
「ああ、それなら先程フレデリカ嬢に渡しておいた。ところで大丈夫なのか?」
「大丈夫とは?どういう意味だ?」
「金だよ、金。先程銀貨1枚と言っただろう。平民にとっては大金のはずだ。全員分となるとちと厳しそうだぞ。私が出しても良いが・・・。」
「ああ、大丈夫さ。」
そう言ってマイトランドは金貨を一枚取り出して見せた。
「これであと2回分も支払うつもりだ。足りない分はジェルに賄ってもらう。」
「そうか、マイトランドは立派だな。仲間の為に自らの財を使うとは。私も斯くありたいものだ。」
「立派なもんか。これは先行投資と言うやつだ。もちろん皆が出世したら返してもらうさ。」
もちろんこれは方便であった。
戦場において、生存率とは戦闘から生きて帰ってきた者の割合を指す。だがこの時代、その数字にはほとんど意味がなかった。なぜなら、生存率が数えるのは戦場を離れた時点で息をしている者だけだからである。
実際に兵士を殺すのは、敵の刃だけではなかった。戦闘後の切り傷や擦り傷が化膿し、そこから熱を出して死ぬ者。破傷風にかかり、全身が硬直して息を引き取る者。泥にまみれた傷口から腐敗が広がり、四肢を切り落としても止められずに死ぬ者。戦場で受けた傷そのものではなく、その後の数日が兵士の命を奪った。
先の戦では、銃創からのガス壊疽による死が最も多く報告された。銃弾が体内に残した小さな穴から腐敗が始まり、肌の下で肉が黒く変色していく。気付いた時にはもう手遅れだった。
生きて戦場を離れた者のうち、その後も生き延びられる者は、半数にも満たなかったと言われている。新兵教育を終え、それぞれの部隊に配属された日が、今生の別れとなることも珍しくはなかった。
よって、マイトランドの言う、出世払いや先行投資などというものは平民の様な一般兵では不可能に近かった。
もちろんマイトランド自身もそれを知っていてそう言ったのだ。彼の希望を込めて。
「そうか、そう言うことにしておこう。」
フリオニールもまたそれを知るうちの一人であった。フリオニールはそう言うと、ロンベルトを残しアーシュライトと共に部屋を後にした。
マイトランドはフレデリカから過去の教材を受け取ると、出題範囲、出題傾向などを割り出し、羊皮紙に予想した問題を記入した。
それからまた2週間が経過すると、フレデリカ達の授業の成果が出始めた。
班員達全員が、マイトランドの作成した予想問題を解き始めたのだ。解き始めたと言っても正解したわけではない。文字が読めるようになり、自分なりに回答しているという事だった。
これは大きな進歩だった。つい3週間前まで文字も読み書きできなかった者達が、自分で回答を導き出したのだ。
彼にとって、これほど嬉しいことはあるだろうか。
そんな中、ヴェルタの戦争は新たなる局面へ移行した。
「おい、聞いたかマイト。イドリアナとカルドナがハイデンベルグに宣戦布告したらしいぜ。」
採点中のマイトランドに、ジェラルトが息を荒げて言ったのは、海を隔てた北方の大国イドリアナ連合王国と南東の大国カルドナ王国がヴェルタの準同盟国ハイデンベルグ帝国へ宣戦布告したという情報であった。
「ああ、聞いたよ。イスペリアでのことがあったからな、遅かれ早かれこうなる運命だったさ。しばらく俺達には何もないだろう。ハイデンベルグは2正面作戦を強いられるが、それでも国力は圧倒的だ。イドリアナは海を越えての遠征になるから補給が続かない。カルドナは兵は多いが指揮系統がバラバラだ。短期決戦ならハイデンベルグに分がある。それにハイデンベルグからすれば、ヴェルタを参戦させるのは最後の手段だ。準同盟国とはいえ、小国に借りを作れば戦後の交渉で不利になる。俺達に声がかかるのは、戦況がよほど悪くなった時だけだ。」
マイトランドの予想通り、ヴェルタ軍は首都防衛部隊だけを残すと、残りの全軍で第2軍と第3軍を編成し、カルドナ王国との国境付近に第2軍を、イドリアナ連合王国に近い海沿いの街シャールに第3軍を駐屯させるだけにとどまった。
学科試験まで1週間を切った日の出来事だった。
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