第6話「86回」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
「おいクソブタ!今、騎兵科と言わなかったか?」
「は、はい!そ、そうお伝えしました!」
ルークは自分が怒られると思ったのか、答えた唇が少し震えていた。
「……ラッセル。ランズベルク。」
低く、静かな声だった。
「我々、栄光ある歩兵兵科が一番嫌いな物が何か——知っているか?」
誰も答えなかった。
「返事ができんのか。」
低く、静かなままだった。
「ならば——教えてやろう。」
そして爆発した。
「それはな、騎兵だぁ!貴様らが希望した騎兵科が、好かんのだぁ!」
息を継ぎ、続けた。
「奴らはな、俺達歩兵が血を流して維持した前線に、手柄だけ拾いにくる。俺が戦場で何度騎兵を頼ったと思う?」
ドワイト班長は吐き捨てるように言った。
「一度も——来なかった。それどころか、俺の部下が奴らの突撃に巻き込まれて死んだ。だから俺は騎兵が嫌いなんだ。」
マイトランドは班長の言葉を聞きながら、素早く頭を働かせていた。
騎兵科を選んだ他の班員、検査官の「機密」という発言——そして今のドワイト班長の怒り。
ここで反論すれば、自分だけが罰せられる。それでいい。
「自分は騎兵科を選んだことを後悔していません!それに戦場には歩兵も騎兵も弓兵も必要であると愚考します!」
上官への配慮を忘れない言葉だった。
しかしドワイト班長の顔は熟れたリンゴほどに赤くなり、怒りは頂点に達した。
「貴様ぁぁぁあ!誰が口答えしろと言った!コリンズ!ラッセルを反省室へ連れて行け!他の者は食堂で食事を済ませて自室で待機せよ!行け!」
こうしてマイトランドの思惑通り、マイトランドのみが罰せられる結果となった。
コリンズ伍長は一言も発しないまま、マイトランドを廊下へ連れ出した。
反省室と呼ばれるその部屋は、47号室から何もかも取り除いたような、ただの空き部屋だった。
ドワイト班長はマイトランドの前に立つと、舐めるように顔を見回し、冷静な声で言い放った。
「ラッセル2等兵、命令違反。腕立て伏せの姿勢を取れ。」
先程までの激昂した様子とは打って変わった冷静な態度に疑問を覚えながらも、マイトランドは命令通りに姿勢を取った。
ここまでは通常の罰則と変わらない。
しかし反省室にはスペシャルコースが待っていた。
ドワイト班長は孫の手ほどの長さの棒を手に持つと、マイトランドの背中に胡坐をかいて座り、告げた。
「100回実施せよ。地面に接触するごとに、やり直しの上、棒打ち1回。」
それだけ言うと、ドワイト班長は目を閉じた。
日中にすでに相当数の腕立て伏せをさせられていた。
入隊前にみっちり鍛えたマイトランドの腕も、すでに生まれたての小鹿のように震えていた。
結果として、マイトランドは腕立て伏せ100回に対して、棒打ち86回で反省という名の命令を完遂した。
ドワイト班長は一言も発せず立ち上がると、棒を持ったまま部屋を出て行った。
残されたマイトランドは、しばらく床に手をついたまま動けなかった。
消灯まであと少しというところで、マイトランドはフラつきながら自室へ戻った。
ジェラルトとクリスが迎え入れた。
「うわ、ひでえな。」
ジェラルトが見たマイトランドの腕は、青く腫れ上がり、内出血を起こしていた。
ジェラルトはフラつくマイトランドを肩で支えながら部屋奥の椅子まで誘導すると、座らせた。
「何か飲むか?」
「いや、大丈夫だ。これくらいどうってことない。むしろ先生の授業を思い出すよ。ハハハ。」
マイトランドが擦れたように少し笑うと、ジェラルトも思い出したように笑い出した。
「あぁ、そうだな。いつもこうだったもんな。アハハハッ。」
「それよりもルークには何もしていないな?」
「あぁ、マイトならそう言うと思って何もしていない。」
「そうか、ならよかった。」
2人でそんな話をしていると、クリスが申し訳なさそうに口を開いた。
「マイトランド、あのさ。僕とベッドを交換しない?その腕じゃ上に登るのは辛そうだし。どうかな?他の人はみんな見て見ぬふりだし……。」
確かに、ルーク以外の者は皆、マイトランドが気にはなりチラチラと目で確認するものの、さわらぬ神に祟りなしといった様子で、関わろうとはしなかった。
気遣うクリスに、マイトランドは苦笑いで答えた。
「大丈夫だ。こんなのは明日になれば治ってるさ。」
「わかったよ。じゃあこれだけでも受け取ってよ。」
クリスはそう言うと、自分の懐から夕飯の黒パンを半分に千切ったものをマイトランドに手渡した。
「これは?クリスの分じゃないのか?」
「マイトランド、ご飯食べてないじゃないか。多分食べられないと思ったから、自分のパンを半分残してきたんだ。僕はもうお腹いっぱいだからさ。食べてくれよ。マイトランドが1人で僕達4人分の罰を受けたんだ。これくらいはさせてくれよ。」
4人分という言葉の背景には、クリス、ジョディー、ジェラルト、そして自分——騎兵科を選んだ者たちの分、という思いがあったのだろう。
クリスが言い終わると、ジェラルトもクリスほどの大きさではないものの、約4分の1ほどの黒パンをマイトランドに手渡した。
「なんだ。クリスもやってたのかよ。しかもクリスのパンの方がデカいし!ムカつくぜ!しかしよぉ、あいつの言ってたことは本当だったんだな。腹いっぱいパンが食えるってよ。捨てるくらいいっぱいあったぜ?」
マイトランドは、クリスが半分と言ったことからパン全体の大きさを把握していた。
その大きさと、ジェラルトのいつもの食事量を考えれば、半分では十分ではないとも言いかけた。
しかし、そんな2人の友情に目頭が熱くなるのを感じると、顔を抑えて擦れた声で言った。
「ありがとう。二人とも。本当にうれしいよ。ありがたくいただくよ。」
マイトランドはふと、ルークのベッドに目をやった。
ルークはすでに眠っているのか、背を向けたまま動かなかった。
密告した理由は知らない。怖かったのか、媚を売りたかったのか——それとも、ただ何も考えていなかっただけなのか。
マイトランドにはわからなかった。
——まあ、いい。
そう思うと、マイトランドは黒パンに目を落とした。
まだ夜も更けぬ、消灯寸前の出来事だった。
ようやくマイトランドの長い一日が終わった。




