第141話「もう一人います」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
音も無く駆ける土の馬が、巡回の兵士たちに襲いかかった。悲鳴と、槍が弾かれる音が、夜の通りに響いた。
それに合わせ、マイトランドとレフは、兵舎の陰から広場へ飛び出した。そして、広場の向こう、倉の前の通りを指差しながら、大声を上げて捕虜の方へ走った。
「敵だ!敵だ!巡回の兵士が襲われた!誰か助けてください!」
「誰か!誰かー!」
捕虜を囲む兵士達の大部分はこれに反応すると、広場の南の通りの騒ぎへと、我先にと走り出した。
10名程度が残ると、マイトランドは、残った兵士に尋ねた。
「結構大勢でしたよ!行かなくていいんですか?」
「捕虜がいるだろう?陽動かもしれん。ここを離れる訳にはいかんな。」
兵士は、そう言いながら、マイトランドの腰に目を止めた。
「……待て。お前、その剣。難民が、なんでそんな……」
兵士の手が、自分の剣へと動いた。
マイトランドは微笑み、それよりも一瞬早く、自身の剣に手をかけた。
「じゃあ、死んでくれ。」
そう呟くと、剣を抜き一閃。答えた兵士の首を飛ばした。
「レフ!」
飛ばされた兵士の首が転がる先の、レフに目をやると、マイトランドが兵士の首を飛ばすと同時に、レフもまた剣を抜き、兵士の背後から斬りつけていた。
マイトランドは、首が無くなり、立ったまま血しぶきを上げる仲間の死に動揺する兵士を1人斬り捨てると、再び土魔法を発動した。
「歩兵よ。」
発動と同時に、土くれの歩兵が8体、その場に現れた。マイトランドは、続けて命令を下した。
「レフの援護をしつつ、6体は1体ずつ敵を撃破殲滅せよ!2体は騎兵の支援に向かえ!」
命令を受けると、土くれの歩兵が即座に、残った6名の兵士に斬りかかった。2体は騎兵の援護へと、その場を後にした。
それを確認したマイトランドは、鎖につながれた捕虜の救出へと向かい、何度か剣で打ち付けたものの、鎖を断ち切ることが出来なかった。当然、救出される側の4名にも動揺が広がった。
「ちょっと待っていろ。」
なかなか切れない鎖にマイトランドは業を煮やすと、腰のホルスターから短銃を抜き、弾を込め、鎖の根元に向けて引き金を引いた。
パーン
という乾いた音と共に、鎖の留め金が緩むと、マイトランドはそこ目がけて剣の先端を突き立てた。
ガツン、ガツン
一度。二度。三度。
剣の先が石畳を削り、火花が散った。通りの向こうで、誰かが叫ぶ声がした。銃声を聞きつけたのである。
四度目で、鎖は根元から抜けた。捕虜たちは、わずかながらの自由を手に入れた。
顔を上げると、通りの向こうの角に、松明の灯りが次々と現れていた。十、二十。まだ増える。夜の静寂に、銃の音はあまりにも大きく響いたのである。
「倒れた兵士達から武器を取れ!増援が来るぞ!」
「はい、ですが手が。」
答えた捕虜4名の自由は、まだわずかなものであった。彼らの手は、まだ互いを結ぶ鎖につながれていた。
「大丈夫だ!とりあえず剣を持って戦えるようにしろ!剣を持ったら、とりあえずついてこい!」
「待ってください!」
捕虜の一人が、鎖のついた両手を上げて叫んだ。
「もう一人います!奥に、もう一人!」
「何だと?」
「帝国軍の者ではありません。どなたかは分かりませんが、私たちより前から、奥の小屋に閉じ込められている方がいるんです!」
マイトランドは、広場の奥を見た。
石造りの小さな物置のような小屋があった。窓は無く、扉には太い閂が掛けられている。
(……4人だけじゃなかったのか)
増援は、もう通りの向こうまで迫っていた。迷っている暇は無かった。
マイトランドは、巡回の衛兵を片付け終えた土くれの騎兵に、思念を飛ばした。
通りの向こうの増援の脇腹を突け。暴れ回って、目をこちらから逸らせ。
土くれの騎兵2騎が、音も無く駆け出し、増援の列の横合いから斬り込んでいった。増援の兵たちの足が乱れ、叫び声が上がった。
「レフ、ここを頼む!全員、こっちだ!」
広場の残りの兵をレフと土くれの歩兵に任せ、マイトランドは、捕虜たちと共に奥の小屋へ走った。
閂は重かった。錆びついて、びくともしなかった。
鎖につながれたままの捕虜たちが、4人がかりで肩を当てた。マイトランドが下から持ち上げた。動かない。
背後で、何かが崩れる音がした。
振り返ると、通りを塞いでいた土くれの歩兵の一体が、増援の槍に貫かれ、ただの土の山になって崩れ落ちていた。もう一体。また一体。
松明の灯りが、広場の入り口まで迫っていた。
「もう一度だ!」
全員が、声を合わせて肩を当てた。
ぎい、と悲鳴のような音を立てて、ようやく閂が外れた。
扉を開けると、饐えた臭いが鼻を突いた。
闇の奥に、痩せこけた男が一人、壁にもたれて座っていた。髪も髭も伸び放題で、身に着けているのは、もはや元の色も分からないほど汚れたぼろ布であった。軍服なのかどうかすら、見分けがつかなかった。
右手と左足には、黒ずんだ布が幾重にも巻きつけられていた。包帯なのか、ただのぼろ切れなのかも、分からなかった。
「立てるか。」
男は、ゆっくりと顔を上げた。
その目が、薄闇の中でマイトランドを捉えた。何かを言おうとしたが、乾いた唇からは、掠れた息しか漏れなかった。
「話は後だ。連れて行く。」
マイトランドと捕虜の一人が両脇から男を抱え起こすと、その体は、驚くほど軽かった。
小屋から出ると、広場の兵は、レフと土くれの歩兵によって、ほとんど倒されていた。残りの1名を、マイトランドが後ろから斬りつけ、絶命させた。マイトランドは、新たに土くれの歩兵に命令した。
「お前達6体は、通りの向こうから来る増援を足止めしろ!」
新たな命令を下された土くれの歩兵6体は、隊列を整えると、走って増援の足止めに向かった。
「マイトランド、結構な騒ぎになったさ?どうするさ?」
レフの問いに、マイトランドは苦笑いして答えた。
「考えてある。まぁ見とけ。」
通りを塞ぐ土くれの歩兵は、もう3体しか残っていなかった。その隙間から、増援の兵の顔が見えた。松明の火に照らされた、血走った目であった。
ひゅん、と風を切る音がして、マイトランドの頬のすぐ横を、矢が掠めていった。
マイトランドは、新たな土魔法を発動した。
「戦車よ。」
石畳の隙間から土が盛り上がり、見る間に形を成していった。車輪、車軸、車台。
2本目の矢が、形を成しかけた車台に突き立ち、土を散らした。
現れたのは、2台の土くれの戦闘馬車、戦車であった。
それぞれの車台の上で、土がもう一度盛り上がった。
人の形をしたものが、ゆっくりと身を起こした。顔は無い。目も口も無い。肩の線はいびつで、腕の長さも左右で少し違っていた。騎兵や歩兵よりも、どこか作りが甘かった。
戦車長であった。
2体の戦車長は、ぎこちない動きで前を向くと、何も無い空中に向かって、手綱を握る形に両手を差し出した。
戦車の前に、引くべき馬の姿は無かった。
(やはり、馬までは出ないか)
承知の上であった。だからこそ、倉の裏に4頭を繋いでおいたのである。
その時、遠くで、鐘が鳴り始めた。
夜更けの鐘であった。北区画の門が閉まる。そして、南門の格子が下りる。
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