第139話「生きたまま連れて出る」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
奥の部屋からは、ディアナが包みを探る物音が聞こえていた。
レフにとってディアナは、国を滅ぼした帝国の軍人、つまり仇の様な存在であるし、ディアナにとってレフは、帝国が滅ぼした国の生き残りの王族、つまり見逃してはならない存在である。もちろんのこと、それはレフが本当に王族だという前提条件のもとで成り立つことであり、レフ自身が帝国を恨んでいないとしても、ディアナの側がどう出るかはわからなかった。
マイトランドは、どうしたものかと考え込んだ。そこへ、ディアナが戻りそうな素振りを見せたので、応急処置としてレフに勧告した。
「いいか、レフ。異能を見て分かる通り、あいつは帝国人だ。つまり、お前の素性を明かせば殺される可能性がある。だから、今からレフとだけ名乗ってくれ。王族とは絶対に言うな。いいな?」
「わかったさ。」
レフがマイトランドに返事をすると、丁度そこに、ディアナが武器と包みとを持って戻ってきた。
ディアナは、耳打ちをしてニヤニヤと笑うレフとマイトランドを見ると、苦笑し口を開いた。
「剣が2。短銃が1。これでいいか?それと、救出する捕虜4名とお前の分の食料を調達しておいた。決行は、今夜で変わりないな?」
「短銃は帝国製の最新式か?決行は、予定通り今夜だ。ここにいるレフも救出に加わる。いいな?」
「銃は、私が使っていた帝国製の最新式だ。救出してもらえるのであれば、何者だろうとかまわない。この通りだ。よろしく頼む。」
ディアナはそう言うと、礼儀正しくレフに頭を下げた。それを見たレフもまた、ディアナに対し頭を下げた。
「ディアナ。一つ聞く。」
マイトランドは、ディアナが卓に置いた短銃を手に取り、その重さを確かめながら言った。
「お前、暗殺術を持っているな。」
ディアナの動きが、止まった。
頭を上げかけた姿勢のまま、灰色と青の目が、ゆっくりとマイトランドに向けられた。
「……誰に聞いた。」
「誰にも。」
マイトランドは、レフの方を見ないまま答えた。
「昨夜、お前に尾けられていた時、俺の気配察知には、ほとんど何も引っかからなかった。諜報員が姿を隠す技にしては、薄すぎる。あれは、人に気づかれずに近づくための技だ。近づいて、何をするための技か。」
ディアナは、何も答えなかった。
「それに、今もそうだ。お前は双剣を膝に置いて座る。抜くためじゃない。相手に気づかれずに、一番近い距離で抜くための置き方だ。」
はったりであった。本当は、レフの耳打ちで知ったにすぎない。
だが、それを口にする訳にはいかなかった。レフの鑑定眼は、この先、自分の手の内として取っておく札である。帝国の諜報員に、そう易々と見せる訳にはいかない。
レフは、横で素知らぬ顔をして天井を眺めていた。
「お前は、任務は諜報と捕虜の救出だと言った。暗殺の話は、していない。」
部屋に、沈黙が落ちた。
ディアナは、膝の上の双剣に手を置いたまま、しばらく床を見つめていた。
「……救出が叶わなかった時は。」
ディアナの声は、低かった。
「捕虜の口を、塞ぐ。帝国の軍団の内情を、カルドナに吐かせる前に。それも、私の任務だ。」
マイトランドは、何も言わなかった。
「この9か月、ずっと機会を窺っていた。だが、私一人では、弱った4人を連れて街を出る手段が無い。救えないなら、せめて、苦しまずに終わらせる。そのための技だ。」
ディアナは、顔を上げた。
「お前が南門から入ってきた時、正直に言えば、期待した。これで、あの4人を殺さずに済むかもしれない、と。……だから、言えなかった。」
レフの顔から、笑みが消えていた。
マイトランドは、しばらくディアナの目を見つめていた。
嘘をついていたのではない。言えば、手を組む前に、この男は去るかもしれない。そう思って、黙っていたのである。
「……わかった。」
マイトランドは、短銃を卓の上に戻しながら言った。
「今夜、その技は使わせない。4人とも、生きたまま連れて出る。」
「……頼む。」
ディアナは、今度は深く頭を下げた。
先ほどレフに下げたものよりも、ずっと深く。
「それと、もう一つ頼みがある。」
ディアナが顔を上げるのを待って、マイトランドは続けた。
「次に、街の外で合流する時までに、カルドナの軍服を集められるか。2000着だ。」
「……2000?」
ディアナの眉が、跳ね上がった。
「階級章はいらない。部隊章も、何もいらない。ぼろぼろでも構わない。ただの軍服でいい。」
「何に使う。」
「今は、まだ言えない。」
ディアナは、しばらくマイトランドの顔を見つめていた。
先ほど、軍機だと言って仲間の存在を明かさなかったのは、自分の方であった。
「……古着屋、洗濯場、兵舎の払い下げ。死んだ兵の遺品もある。一度には無理だが、時間をもらえるなら、集めてみよう。」
「頼む。それと、合流の場所だ。」
マイトランドは、卓の上に、また指で見えない地図を描いた。トレーナの西に広がる平原。その南に、森林地帯が帯のように横たわっている。
「トレーナ平原の南の森林地帯。そこで落ち合う。」
「森の中で?どこでだ。広すぎるだろう。」
「朝に話した、冒険者の斥候の件だ。」
マイトランドは、森の上に指で円を描いた。
「冒険者とカルドナの将官で、斥候の中隊が組まれる予定だと言っていたな。その斥候が、南の森林地帯に出るように手配してくれ。お前も、その中に入れ。」
ディアナが、目を見開いた。
「……私が、カルドナの斥候として森に出るのか。」
「冒険者のお前なら、誰も怪しまない。そして森に出れば、俺たちと落ち合える。森の中で何を見て、何を見なかったと報告するかも、お前次第になる。」
南の森に斥候を出させないか、出すなら、こちらの目の届く者に出させる。キスリング連隊を森に通すには、それしか無かった。
「落ち合う場所は、森に入ってから俺が見つける。冒険者は、派手な格好をしているからな。」
「……朝も、同じことを言っていたな。」
ディアナは、しばらくマイトランドの顔を見つめていた。どうやって見つけるのかは、やはり聞かなかった。
「ギルドに顔の利く者はいる。斥候の依頼が出るなら、南の森林地帯を受け持つように仕向けてみよう。確約はできんがな。」
「斥候が出るのは、いつ頃になる。」
「冒険者の斥候の中隊は、ヴェルタが実際に攻めてきてから組まれる手はずだ。組むのに一日、森へ出るのにもう一日。攻勢が始まってから、2日後だろう。」
「2日後か。」
マイトランドは、頭の中で日を数えた。攻勢の発動は12月27日。その2日後なら、29日である。
「それでいい。軍服も、その時に持ってこられるだけ持ってきてくれ。」
「2000着を森に担いでいけと言うのか。」
「持てるだけでいい。残りの置き場所は、その時に決める。」
ディアナは、呆れたように小さく息を吐いた。
横でレフが、にやにやとマイトランドの顔を覗き込んでいた。
食堂で見た、あの「何か悪いことを思いついた顔」を、また見つけたとでも言いたげであった。
「レフ、お前、剣は使えるか?馬は?」
「馬は僕たちの嗜みさ。剣だって使えるさ。」
「よし、ならこれを渡しておこう。」
マイトランドはそう言って剣を投げ渡すと、ディアナから受け取った一振りを自分用に腰に下げた。そして、ディアナからホルスターを奪うと自身に装着し、その中に短銃をしまった。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると大変励みになります。次回もよろしくお願いします!




