第138話「紋章の無い兵」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
店を出る前に、マイトランドは声を落として切り出した。
「レフ、お前、帝国軍に恨みがあるんだろう?俺とは進む道が違う気がするぞ?」
「僕かい?帝国軍には特にないさ。」
「はぁ?お前、国を滅ぼされたんだぞ?恨みが無いわけがないだろう?」
「でもさ、考えたかい?帝国軍のおかげで、何も考えなくて良い、楽しい生活が送れる訳さ。」
「お前はアホか。お前が本当に王族だとして、お前の為にファルンガルランドの国民は戦ったんだぞ?何とも思わないのか?」
ファルンガルランドは、ハイデンベルグ帝国の、銃器による電撃的な東進の、最初の犠牲になった国であった。決して国力が高い訳ではなかったが、豊かな牧草地帯に恵まれ、畜産・酪農が盛んであり、その生産形態により、周辺国との交易を生業とした国家であった。
北は海を隔て、ウォルダーゲルデ、スウェニナビア、大ファンガルドといった国で構成され、飛竜などによる航空交易が可能な北海連合。
東には、陸上輸送での巨大な取引のある超大国、アウジエット連邦。
北東には、小さいながらも、過去にアウジエットの侵攻を何度も退けたオウル同盟。
南には、フォンガル・オスリスト・スベロニア三重帝国。
ファルンガルランドが滅亡した現在となっては、その国土はハイデンベルグ帝国の一角となり、帝国はアウジエット連邦と交戦中であった。近い将来、帝国はオウル同盟や三重帝国とも戦闘になるだろうと、誰もが予測していた。
そのファルンガルランドの国民は、帝国の東進を前に、一致団結して戦ったと言われていた。国王、王族の為、国の名誉の為、国民の安全の為に。負けて滅亡したと言っても、残った王族は国民に敬意を払うべきだろう。
少なくとも、マイトランドはそう考えていた。
「僕は、ガリア同盟経由で、帝国に留学してたのさ。そしたら、気が付いたら国が無くなってたのさ。実感わかないさ。」
レフは、空になった皿をフォークでつつきながら続けた。
「それにさ、みんなが国の為に戦ったってのは、外から見た話さ。」
「どういうことだ。」
「ファルンガルランドを食い物にしてたのは、アウジエットの方さ。」
レフは、声を落とした。
「アウジエットは、ずっと前から僕の国に兵を置いてたさ。帝国が東に進んできた時、アウジエットは自分の兵を後ろに下げて、ファルンガルランドの兵を前に押し出したさ。戦わなければ、アウジエットに連れて行かれた家族がどうなるか分からない。そう言われて、皆、戦わされたさ。」
「……人質か。」
「そういうことさ。僕の国は、アウジエットの盾にされたのさ。帝国は大勢を殺したけど、手向かわなかった者には手を出さなかったさ。帝国が来て、アウジエットの兵が逃げ出して、やっと人質も帰ってきたさ。だから、僕の国の民だって、帝国を恨んでる者ばかりじゃないさ。」
マイトランドは、言葉を失った。
一致団結して国の為に戦った、という話は、外から見た形にすぎなかったのである。
「……アウジエットは、どうやってお前の国に兵を置いていたんだ。他国の軍が居座っていれば、周りの国が黙っていないだろう。」
「そこが上手いところさ。」
レフは、指先で自分の胸元を叩いてみせた。
「アウジエットの兵は、紋章も、旗も、階級章も、何一つ付けてなかったさ。表向きは、ファルンガルランドの自警団ってことになってたさ。」
「自警団?」
「誰がどう見たって、アウジエットの兵さ。装備も、訓練も、喋り方も。でも、アウジエットは『知らない。あれはファルンガルランドの民が勝手にやっていることだ』って言い張ったさ。紋章が無いから、誰の兵なのか、証が無い。証が無いから、周りの国も手を出せない。帝国だって、最初はどこを相手にしているのか分からなくて、手間取ったらしいさ。」
マイトランドの手が、卓の上で止まった。
紋章の無い兵。
誰の兵か、誰の目にも明らかなのに、証が無いから、誰の兵とも言えない兵。
トレーナには今、帝国軍の大規模侵攻の噂が流れようとしている。北では、帝国の軍服を着たジェラルトが、カルドナの軍団に姿を見せている。そして今夜、帝国兵の捕虜が消える。
もし、そこに紋章の無い兵が現れて、街の要所を押さえたら。
カルドナは、それをヴェルタの兵と見るのか、帝国の兵と見るのか。
(……どちらとも、決められない)
決められなければ、迷う。迷えば、手が遅れる。
「どうしたさ?」
レフが、マイトランドの顔を覗き込んだ。
「何か、悪いことを思いついた顔さ。」
「……いや。何でもない。」
マイトランドは、止まっていた手をゆっくりと卓の上に置いた。
頭の片隅に、まだ形になりきらない考えが、一つ、静かに居座っていた。
「……だからって、恨みが無いことにはならないだろう。」
「生まれた時から、何をして、誰と結婚して、どこで死ぬのか、全部決まってたさ。王族ってのは、そういうものさ。」
レフは、フォークを置いた。
「それを、帝国がまとめて壊してくれたのさ。僕に言わせれば、恩人さ。……国の皆には、悪いと思ってるさ。でも、悪いと思うことと、恨むことは、別さ。」
マイトランドは、しばらく黙ってレフの顔を見ていた。
へらへらと笑ってばかりいた男の目が、その一瞬だけ、笑っていなかった。
「まあ、言いたいことはわかった。しかし、その喋り方はなんとかならないか?」
「ならないさ。それで?マイトランドは何をしようとしているのさ?」
「ああ、ここを出ようと思う。帝国に恨みがないんじゃ、お前も来るか?」
「本当かい?行くさ。」
「じゃあ、一緒に行くか。その代わり、文句を言わずに何でもしろよ?」
2人は店を出ると、ディアナの元へと急いだ。
マイトランドは、自分の情報を知りすぎているレフを、一瞬殺すことも考えた。だが、騒ぎになる可能性もあり、なによりレフ自身が一緒に行動することを望んだ為、ディアナの元へ連れて行くことを決意した。
◇
ディアナの家の前に立つと、マイトランドは、レフの鑑定の実力と、ディアナの出自の真偽を見定めるため、レフに提案をした。
「いいか、ディアナが出てきたら鑑定をするんだぞ?で、ディアナの名前と異能を俺に耳打ちしてくれ。」
「わかったさ。」
レフが快くその提案を受け入れた。
ディアナは、この街ではフィオレ・ファビオラという名で通っている。偽造の冒険者登録証に書かれた、Cランクの冒険者の名である。宿の者も、ギルドの者も、皆その名で呼んでいるはずであった。
レフの鑑定眼が、上辺の名しか見えないのであれば、フィオレ・ファビオラと言うだろう。本物であれば、本当の名を言い当てる。
マイトランドは、ディアナの家の玄関を叩いた。
2度ほど玄関を叩き、ディアナが玄関を開けた。マイトランドが仲間を連れて来たことに驚くも、マイトランドの説得により、ディアナは2人を中に招き入れた。
「マイトランド。武器は買っておいた。もちろん短銃も。」
「持ってきてくれるか?」
マイトランドはあえてディアナに装備を持ってこさせ、ディアナを遠ざけたところで、レフに先ほどの提案の確認をした。
「どうだった?」
「ディアナ・エデルトルート・フォン・アイケさ。」
フィオレ・ファビオラではなかった。
レフは、偽造の登録証の名ではなく、本当の名を言い当てたのである。
「異能は?」
「帝国式抜剣術、偵察、諜報、双剣術、馬術、隠密……。」
「いや、もういい。わかった。お前の鑑定は本物だ。信じよう。」
「あと、暗殺術さ。」
レフは、止められたことなど気にも留めずに、最後の一つを付け足した。
「……何だと?」
「暗殺術さ。ちゃんと、そう見えるさ。」
「どれくらい使える。」
「そこまでは分からないさ。僕に見えるのは、異能の名前までさ。」
鑑定眼で分かるのは、異能の名までである。どれほど使い込んだのか、何のために身につけたのかまでは、分からない。
だからこそ、確かめなければならなかった。
マイトランドは、思わず奥の部屋の方を見た。
ディアナは、自分の任務を「諜報活動と、捕虜の救出」だと言った。暗殺の二文字は、どこにも無かった。
マイトランドは、ディアナの素性と、レフの鑑定眼に確証を得た。そして、ディアナが自分に言っていないことが、少なくとも一つあることも。
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