第137話「続きがあるのさ?」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
レフは、募集所の壁にもたれて、陽だまりの中で伸びをしていた。マイトランドの姿を見つけると、ぱっと顔を輝かせ、大きく手を振った。
「なあ、ラファウだったかい?一緒に飯でも行かないかい?」
「ああ、人の名前くらい一度で覚えてくれ。こっちが困惑する。飯に行きたいのは山々だが、金が無くてな。やめておくよ。」
「それくらい僕が出すさ。なんと言っても僕は王族だからさ!」
「いや、結構だ。会ったばかりのレフに、飯を奢られる謂われはない。すまんが他を当たってくれ。俺は忙しい。」
レフは断るマイトランドの腕を掴むと、自ら身を寄せ、耳元でこう告げた。
「君、どうして異能をそんなに持っているさ?名前も嘘だろうさ?本当の名は……。」
レフの言葉に、マイトランドは驚き、レフの腕を振りほどいて距離を取った。そして、不敵な笑みを浮かべるレフの話を遮ると、答えた。
「お前、なんだ?誰かに言ったか?」
肝を冷やすマイトランドに、レフはとぼけた顔で答えた。
「いや?誰にも話してないさ?でもラファウってのは無理があるさ。君には、僕の国の訛りがないさ。どちらかと言うと、君の喋りは帝国人さ。」
「帝国人だと?ふざけるな。何の理由があって俺に話しかけた?」
「ああ、理由?そんなの決まってるさ。君が面白い異能ばっかり持っているからさ?」
レフは、指を折りながら数え始めた。
「双剣術、特殊双剣術、馬術、馬上双剣術、中級剣術、特殊剣術、馬上剣術、情報操作、気配察知……。」
「おい、やめろ!往来で読み上げるな!」
マイトランドが慌ててレフの口を塞ぐと、レフはその手の下でもごもごと続けた。
「それと、初級土魔法……じゃないさ、これ。」
マイトランドの手が、止まった。
「……何だと?」
「土魔法って書いてあるけど、中身が違うさ。見たことのない形の異能さ。なんて言うか……盤の上の、何かさ。」
レフは、自分でもよく分からないというように、首をひねった。
「君も王族か何かなのかい?」
「王族?貧しい村に生まれたよ。食う物にも困るほどにはな。で?なぜ異能を見ることが出来るんだ?」
「ああ、そのことさぁ?僕には鑑定眼があるさぁ。」
鑑定眼とは、非常に珍しい異能であった。鑑定を受けた者は、使用者に姓名、所持する異能の名、適性を覗かれてしまうのである。
ただし、分かるのは、あくまで名前までであった。その異能をどれほど使い込んでいるのか、何のために身につけたのかまでは、鑑定眼にも見えない。
レフの今までの発言から、レフが本当に鑑定眼を持っていると判断すると、マイトランドは観念し、自身の名前を明かした。
「わかった。わかった。俺はマイトランド・ラッセルだ。とにかく飯に行くか。方々で色々喋られたらかなわん。」
「ラッセル?ラッセル……。またウソさ?」
「嘘じゃない!ラッセルだ!嘘を言ってもしょうがないだろう。いい加減にしてくれ!」
「続きがあるのさ?」
「アホかお前は。気持ちの悪いことを言うな!ラッセル以外に言いようがないだろう。誰にも言うなよ!今日は忙しいんだ!早く飯に行くぞ!」
「ああ、うん。ラッセル。ラッセル。覚えたさ。」
レフは首をかしげながらも嬉しそうに頷くと、怒るマイトランドと共に、飲食街へと向かった。
「ところで、何を食べるさ?僕、この街で一番美味いパスタの店を知ってるさ。芋とトマトのやつが絶品さ。」
マイトランドの足が、一瞬止まった。
芋とトマトのパスタ。昨夜食べた、あの店である。そして、店を出たところで、ジャッカルにぶつかった店であった。
「……別の店にしよう。」
「なんでさ?美味いさ?」
「いいから、別の店だ。」
レフは不思議そうに首を傾げたが、やがて何かに気づいたように、にやりと笑った。
「ははあ。さては君、あの店で何かやらかしたさ?」
「……うるさい。」
◇
飲食街へ向かう道すがら、レフは一時も黙らなかった。
「あの屋台の串焼き、タレが甘すぎるさ。あっちの店のスープは、塩が足りないさ。」
「全部食べたのか。」
「この街に来て、一番最初にやったことさ。」
レフは、すれ違う兵をちらりと見ては、楽しそうに目を細めた。
「今の兵隊さん、異能が『早食い』さ。」
「嘘をつけ。」
「本当さ。……半分くらいは。」
「どっちなんだ。」
「鑑定の中身を、全部正直に言う奴なんていないさ。」
マイトランドは、もう何度目かのため息をついた。
こいつに鑑定されている限り、この先も、何を見られているのか分かったものではなかった。
結局、2人が入ったのは、通りの外れの、客のまばらな小さな食堂であった。
レフは品書きを一瞥すると、店の主人に、指を3本立ててみせた。
「これと、これと、これ。全部、大盛りさ。」
「3皿も食うのか。」
「君と僕で、分けるさ。」
「俺は1皿でいい。」
「じゃあ僕が2皿さ。」
運ばれてきた皿を前に、レフは子どものように目を輝かせた。
そして食べ終えると、懐から袋を取り出し、中身を卓の上にざらざらと広げた。大銅貨ばかりであった。
「……王族の財布が、大銅貨だらけなのか。」
「この街の兵隊さんたち、僕を見るとやたら大銅貨をくれるさ。有り難いから、有り難く使うさ。」
マイトランドは、自分の懐にある数枚の大銅貨の重みを思い出した。
泥だらけの難民と、継ぎの当たった王族。どちらも、兵たちの目には等しく「自分より粗末な男」に見えるのであろう。
「ほら、君の分も僕が出すさ。約束通りさ。」
「……ああ。ごちそうさま。」
大銅貨を数えるレフの手つきは、驚くほどぎこちなかった。
生まれてこの方、自分で金を払ったことなど、ほとんど無かったのだろう。
マイトランドは、窓の外の空を見上げた。
日は、まだ高かった。日暮れの鐘までは、まだしばらくある。
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