第136話「最高の気分さ」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
北区画の門をくぐり、募集所の前まで来ると、ブルーノはマイトランドの肩を、ばんと一つ叩いた。
「ここまでだ。俺は南門に戻らにゃならん。しっかりやれよ、ラファウ。」
「はい。ありがとうございました。」
ブルーノは、振り返りもせずに手を振ると、来た道を戻っていった。
その大きな背中が角を曲がって見えなくなるまで、マイトランドはその場を動かなかった。
募集所の扉の脇の壁には、昨夜見た「王国の将来は、君の決断にかかっている」の看板の他に、何枚もの貼り紙が並んでいた。
『少しの報酬、多くの感謝』
『三度の飯と、一生の誇り』
『剣を取れ。王国は、君を忘れない』
『君の一歩が、王国の盾となる』
(報酬が少ないことだけは、正直に書いてあるな)
マイトランドは、貼り紙の文句を横目で眺めた。どれも勇ましく、どれも中身は薄かった。
募集所の扉の前には、既に10名ほどの列ができていた。
並んでいるのは、ボロを纏った男たちがほとんどであった。誰もが口を閉ざし、じっと扉を見つめている。国を失い、行き場を失った者たちの、重く沈んだ列であった。
マイトランドがその列に並ぶと、前に立っていた、同じ年ほどの男に声をかけられた。
「やあ、僕はレフ・アウグストさ。君は?」
レフと名乗った男は、マイトランドとほぼ変わらない、身の丈180前後、体つきも同じくらいであった。ブロンドの髪を後ろで束ねた髪型が、とても印象的であった。姓名から判断するに、ファルンガルランドの出身だろう。
マイトランドは、ディアナとの会話に出てきた、一般的なファルンガルランドの名前を思い出すと、握手の手を差し出し、偽名を伝えた。
「ラファウ・シマンスキだ。よろしく。」
「シマンスキだって?それは本当か?本当であれば同胞ってことになるけど……。」
レフは話も途中に、頷くマイトランドの握手の手を取ると、がっちりと掴んで続けた。
マイトランドは、ディアナに教わった通り、空いている右手をそっと左の胸に当てた。
それを見たレフが、ぷっと吹き出した。
「それ、今どき爺さんしかやらないさ。」
「……そうなのか。」
「僕のお爺様は毎朝やってたさ。鏡に向かってもやってたさ。」
マイトランドは、黙って右手を胸から下ろした。ディアナの帳面は、少しばかり古かったらしい。
「ラファウでいいのか?列に並んだってことは、ラファウも兵士になりに来たってかい?」
「ああ、かまわない。俺もレフと呼ばせてもらうよ。俺は貧民だからな。兵士以外に選択肢が無い。」
普段から呼びなれない名前で呼ばれることに、マイトランドが酷い違和感を覚えていると、レフは、質問に答えたマイトランドを見て、自分の出自について語った。
「アウグストって聞いたことあるだろう?僕は元ファルンガルランドの王族さ。」
「ああ?そうなのか?王族なら、なんで兵士に?」
アウグストと言えば、ファルンガルランドの王族の名であった。だが、レフの言葉に信憑性は無かった。それもそのはず、マイトランドが帝国で見た文献によれば、ファルンガルランドの王族は、全員処刑されたはずであったからに他ならない。そもそも王族であれば、手持ちの財があるはずであった。麻のチョッキに麻のハーフパンツ。レフの見た目は、王族と言うには程遠い服装であった。
「なんでって、腹が減ったからさ。」
レフは、あっけらかんと答えた。
「カルドナの兵隊は、三度三度ちゃんと飯が出るって聞いたさ。王宮の飯より、よっぽど美味いらしいさ。」
レフは、壁の貼り紙の一枚を指差した。『三度の飯と、一生の誇り』。
「僕は、あれを見て来たさ。一生の誇りの方は、どうでもいいさ。」
「……王族が、飯のために兵隊に?」
「王族だって腹は減るさ。」
マイトランドは、思わず前の男たちの背中を見た。重く沈んだ列の中で、レフの周りだけが、妙に明るかった。
レフは、自分の膝のあたりを指差した。麻のハーフパンツの膝に、不器用な縫い目の継ぎが当ててあった。
「これ、自分で繕ったさ。王宮にいた頃は、服を一人で着ることもできなかったさ。今は穴が開いたら自分で縫うさ。この縫い目、なかなかだろう?」
「……曲がってるぞ。」
「味があるって言うさ。」
マイトランドは、なぜか少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
「それに、処刑された王族が、今さら城に戻っても仕方ないさ。」
「処刑された?」
「そういうことに、なってるのさ。便利だろう?」
レフは片目をつぶってみせた。
「王宮にいた頃は、どこへ行くにも、誰かが後ろについてきたさ。今は、自分の足で、どこへでも行けるさ。」
レフは、両腕を大きく伸ばして空を仰いだ。
「最高の気分さ。」
列の前の男が、振り返ってレフを睨んだ。レフは、にこにこと手を振り返した。
「疑ってるかい?」
「そうだな。既に滅びたとは言え、出身国の王族を騙られるのは、良い気はしないだろ。」
「そうかい?だがこれは本当さ。僕は王族さ。」
両手を広げてアピールするレフを面倒くさいと感じたのだろう、マイトランドは適当な返事で一蹴した。
「ああ、わかった。そう言う事にしておこう。」
正直なところ、マイトランドにとって、レフが王族であるかなんて話はどうでもよかった。この募集所に来た理由は、駐屯部隊の、憶測ではない確実な編成表と、どの部隊に人員が不足しているのかを確認しに来ただけであった。レフが王族であろうがなかろうが、戦場で会えば敵となるし、仲間として会う事もないだろう。
そんな話をしている内に、レフの順番が来ると、レフはマイトランドに別れを告げ、募集所に入った。次にマイトランドの順番が来て募集所の中に入ると、そこにレフの姿はなかった。
安堵の気持ちと共に、募集官に先ほどと同じ、ラファウ・シマンスキと名前を告げた。
募集官の背後の壁には、配属先の一覧が大きく貼り出されていた。
第34歩兵連隊、第1大隊から第3大隊。北区画兵舎。欠員多し。
第107軽騎兵連隊。騎乗経験者のみ。欠員少。
第10軍団司令部付輜重隊。東地区。欠員多し。
マイトランドは、募集官が帳面に名を書き込む間に、一覧の全てを目に焼き付けた。どの部隊が、どこに、どれだけ欠員を抱えているのか。ディアナの話と、昨日自分の足で見た兵舎の並びが、頭の中で一つにつながっていった。
「で、どこにする。」
「第34歩兵連隊で。北区画の兵舎に。」
「欠員の多い所を選ぶとは、殊勝だな。」
募集官は満足げに頷いたが、マイトランドの狙いは別にあった。北区画の兵舎に配属されるのであれば、今夜、北区画の中をうろついていても、誰にも見咎められない。
こうして、兵士の登録を完了した。
登録後は、募集兵の受け入れをするために兵舎の準備が1日必要だという事で、翌日の出頭を命ぜられた。
これには、もともと今夜逃げるつもりだったマイトランドは、再び安堵した。
翌日の出頭であればと、募集所からディアナの家に向けて帰ろうとすると、出口に、マイトランドを待つレフの姿があった。
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『神託として召喚されたのはAIで、俺はただのおまけでした ~しかもそのAI、平気で嘘をつく~』
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