第135話「戦の神よ」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
食事を終えて立ち上がりかけたマイトランドを、ディアナが呼び止めた。
「出る前に、もう一度確かめる。名は。」
「ラファウ・シマンスキ。」
「父は。」
「ヤヌシュ。ヤヌシュの子、ラファウ。」
「出身は。」
「北のザヴィエツ村。もう、無い。」
「挨拶は。」
マイトランドは、右手を左の胸に当ててみせた。
「帝国のことを聞かれたら。」
「黙って、目を伏せる。」
「……よし。では最後だ。自分の名を、もう一度言ってみろ。」
「ラファウ。」
「巻きすぎだ。」
ディアナは額に手を当てた。
「昨夜より酷くなっているぞ。」
「寝てる間に練習しすぎたんだ。」
「寝言でか。」
「……たぶんな。」
ディアナは、呆れたように小さく息を吐いた。だが、その口元は、昨夜よりもわずかに緩んでいた。
2人はディアナの家を出て、兵士募集所へと足を向けた。
家を出てから少し歩き、西区画から北区画へさしかかろうという所で、マイトランドは、思いがけない人物に声をかけられることになった。
「おい、昨日の汚い小僧じゃないか!」
2人が振り向くと、声をかけてきたのは、昨日南門でマイトランドに大銅貨を投げた、口髭の衛兵であった。
「なんだお前、もしかして兵士になれなかったのか?それとも冒険者になるつもりなのか?」
口髭の衛兵はそう言って、ディアナに目をやると、舐めるように見回した。
「今から、この方に募集所まで連れて行ってもらうところです。昨日、泊まるところが無くて倒れていたところを、救って頂き、泊めていただいたんです。」
「そうか。でもな、冒険者はやめとけ。戦場に出たらすぐ死んでしまうぞ?こいつらは自分の為に金は稼いでも、お国の為には戦わんしな。」
口髭の衛兵はそう言うと、またディアナに軽蔑するような目を向け、マイトランドの首にその手をまわしながら続けた。
「どうだ、俺が連れて行ってやろう!屈強な兵士になれる様、祈祷もしてやるぞ!」
マイトランドは強引な口髭の衛兵に困り果て、チラリとディアナに目をやった。ディアナはディアナで、目を伏せていた。正体がバレることを危惧してのことだろう。
マイトランドは口髭の衛兵の手を外すと、その提案を承諾した。
「ではお願いします!でも、ちょっと待ってて下さい。冒険者さんにお礼を言ってきます。」
ディアナに近づきお礼を言いながら、マイトランドは、無意識に腰へ手をやっていた。
そこには、何も無かった。オルメアとグレイグの短剣は、南門の外の土の中である。イスペリアの戦場へ向かう前に、グレイグが揃えてくれたピストレットも、今は手元に無い。
今夜、捕虜を連れて街を抜けるのに、素手という訳にはいかなかった。
マイトランドは、ディアナの耳元に口を近づけ、忍び声で囁いた。
「登録が終わったら戻る。武器もない。剣を2本そろえておいてくれ。短銃があれば嬉しい。揃えたら、俺が戻るまで家で待っていてくれ。頼んだ。」
ディアナが頬を赤く染め、軽く頷くと、マイトランドは口髭の衛兵の元に戻った。
衛兵はマイトランドの行動に驚いて、マイトランドに尋ねた。
「おい、お前まさか、ありゃ、一晩でお前の女にしたのか?」
「まさか……。そんな訳ないでしょう。」
「はっはっは!照れるな照れるな。」
口髭の衛兵は、マイトランドの背中をばんばんと叩いた。
「そういや、名乗ってなかったな。俺はブルーノ。ブルーノ・ガッティだ。南門の衛兵を、もう12年やってる。」
「……ラファウです。ヤヌシュの子、ラファウ。」
今度は、舌を巻きすぎなかった。
「ラファウか。よし、覚えたぞ。」
ブルーノは満足そうに頷くと、北区画の方へ歩き出した。マイトランドは、その半歩後ろを付いて歩いた。
◇
北区画へ向かう道すがら、ブルーノは、よく喋った。
「俺にはな、お前くらいの息子がいるんだ。今は、南の村で母ちゃんと畑をやってる。徴兵の年になったら、あいつも兵隊に取られるんだろうなあ。」
「……そうですか。」
「だからよ、戦なんて、早く終わっちまえばいいんだ。ヴェルタの連中も、攻めてくるなら、とっとと来て、とっとと負けて帰りゃいい。」
ブルーノは、そう言って笑った。
マイトランドは、笑えなかった。
「怖いんですか。戦が。」
「怖いに決まってるだろう。」
ブルーノは、あっさりと言った。
「12年、南門に立ってるだけの男だぞ。戦場なんざ、一度も出たことがねえ。だからよ、せめて大銅貨くらいは投げとくのさ。誰かが、いつか、俺を救ってくれるようにってな。」
マイトランドは、黙って頷いた。
今夜、この男の持ち場のすぐそばで、騒ぎが起きる。それを知っていて、相槌を打つことしかできなかった。
通りの角に、小さな石の祠があった。
屋根の下に、剣を掲げた戦士の像が一体、ひっそりと置かれている。像の足元には、兵たちが供えたのであろう大銅貨が、いくつも積まれていた。
「ほら、ここだ。ちょっと待ってろ。」
ブルーノは祠の前に膝をつくと、懐から大銅貨を一枚取り出し、像の足元に置いた。
そして、大きな手を組み、目を閉じた。
「戦の神よ。このラファウが、屈強な兵士になれますように。そして、いつか戦場で、この俺を救ってくれますように。」
大真面目な声であった。
マイトランドは、ブルーノの背中を見つめていた。
この男は、自分が今、誰のために祈っているのかを知らない。自分が大銅貨を投げた泥だらけの坊主が、この街を攻めるヴェルタの兵であることを。
祈りを終えたブルーノが、膝の土を払って立ち上がった。
「よし。これでお前は、神様にも顔を覚えられたぞ。」
「……ありがとうございます。」
その礼の言葉だけは、嘘ではなかった。
やがて、北区画へ入る門が見えてきた。
門の上には、夜更けに鳴らされる鐘が、昼の光を受けて鈍く光っていた。
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【新作連載中】
『神託として召喚されたのはAIで、俺はただのおまけでした ~しかもそのAI、平気で嘘をつく~』
毎日21時10分更新中です。嘘をつくAIと、元ラガーマンの砦の戦い。作者ページからどうぞ。




