第134話「今夜だ」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
攻勢計画開始の4日前の昼前。
昨日の疲労の為か、マイトランドとディアナの2人はゆっくりと起床した。
マイトランドが目を覚ました時、ディアナは既に一度外に出て、戻ってきたところであった。外套の肩が、朝の冷気に濡れていた。
「悪い知らせだ。」
卓に黒パンとスープを並べながら、ディアナは言った。
「明日の朝、捕虜が移される。」
マイトランドの手が止まった。
「どこへだ。」
「東地区の第4軍司令部だ。帝国との捕虜交換の話が動き出したらしい。明日の朝一番に、北区画の広場から司令部の地下牢へ移される。護送には、ジャッカルの連隊が付くそうだ。」
どこから聞いたのかは、ディアナは言わなかった。マイトランドも、聞かなかった。軍機、ということなのだろう。
「司令部の地下牢か……。」
東地区の司令部は、トレーナで最も守りの固い建物の一つである。そこに移されてしまえば、もう手は出せない。しかも、護送にはジャッカルが付く。
「なら、今夜だ。」
マイトランドは、迷わなかった。
「広場にいる今夜が、最後の機会だ。24日の夜まで待っている暇は無い。」
「噂はどうする。一日しか無いぞ。」
「冒険者は噂が好きだと言ったのは、お前だ。」
ディアナは、小さく鼻を鳴らした。
「……夕方までには、街中に回しておく。」
計画は、一日繰り上がった。今夜、夜更けの鐘の前。
今日が、マイトランドにとってのトレーナ最終日となった。
2人は、共に食事をとりながら会話を続けた。
「ここの冒険者について教えてくれないか?」
「ああ、何でも聞いてくれ。」
「まず、どの程度の人員がいて、数はどれくらいいるんだ?」
ディアナによると、冒険者の数は約1個中隊、220名程。そのほとんどが、西側の宿屋か、間借りしている部屋に宿泊していた。
冒険者の質は、Bランクパーティーと言われる熟練者のパーティーが1ついるだけで、それ以外はC~Fランクといった冒険者とパーティーが多いようであった。
「そのBランクというのは、どんな連中だ。」
「『鉄の盃』という5人組だ。何度か同じ依頼を受けたことがある程度の顔見知りだがな。頭目はマッテオという、髭面の大男でな。腕は確かだが、酒と金にはだらしない。金さえ積めば、どちらの側にも付く連中だ。」
「金さえ積めば、か。」
「覚えておいて損はない。この街で一番、戦場に近い冒険者たちだ。」
マイトランドは、その名を頭の隅に書き留めた。
「基本的な質問だが、冒険者は強いのか?」
マイトランドが当然の疑問をぶつけると、ディアナは苦笑し答えた。
「強いと言えば、強い者は強い。だが、それは対モンスターに限っての話だ。冒険者の多くは対人戦闘に長けていない。特に低ランクの冒険者などは、人を斬ったことがない者ばかりだろう。」
ディアナの考察は正しかった。どんなに異能の数を増やし磨いても、それはモンスターに対する恐怖感を拭うだけの物であり、対人戦闘になれば、人間を殺すのである。手が震えたり、躊躇をしたりして当然であった。ましてやモンスターと違い、相手にするのは少数ではない。何万、何十万、何百万という人間と戦うのである。暗殺者などに代表される、対人戦闘の家系にでも生まれない限り、その戸惑いや恐怖を、決して拭い去ることはできなかった。
「つまり、さほど気にする必要はないという事か?」
「ああ、気にする必要はないだろう。だが留意してほしい点は、その地理の把握力だ。森などでは、冒険者は斥候や偵察兵とほぼ同程度の力を有していると言っていい。」
これも、ディアナの考察は正しいと言ってよかった。
通常、命令で動く軍隊の地理の把握は、特務部隊や斥候、偵察部隊を除き、冒険者よりも低い。
理由は明白であった。軍隊は、斥候や偵察兵の報告を元に部隊を配置し、戦闘をする。つまり、各部隊の全員が全員、地理を把握するわけではない。地図や斥候の情報を元に作戦行動をとるからに他ならなかった。ましてや新しい戦場であれば、なおさらであった。
帝国が猟兵部隊を創設したのには、そう言った理由もあるのだろう。
「そうか。森のあたりでは、冒険者にも気を付けるとしよう。ところでディアナ、冒険者は味方に付けられないのか?金は現物支給か、帝国持ちでなんとかしてほしいんだが。」
「ヴェルタが貧しいのは分かるが、帝国持ちは不可能だろう。仲の良いフリッツ様に聞いてみろ。笑われるぞ。」
「では、街の北区画と東区画を帝国に明け渡す、って条件ならどうだ?」
「……待て。お前に、そんな権限があるのか。」
ディアナが、スープを掬う手を止めた。
「無い。」
マイトランドは、あっさりと答えた。
「だが、ヴェルタだけでこの街を守りきれないことくらい、俺にもわかる。仮にこの街を落としたとしても、北には帝国との国境、東からはカルドナの援軍が来る。ヴェルタの兵だけで、この高い壁を四方とも守り続けられる訳がない。落とした後で北と東を帝国に預けられるなら、その方がヴェルタのためにもなる。」
ディアナは、しばらくマイトランドの顔を見つめていた。
2等兵の口から出てくる言葉ではなかった。だが、その理屈には、どこにも穴が無かった。
「うーん。全区画の全面明け渡し以外は無理だとは思うが、一応聞いておこう。だが、冒険者を味方につけてどうするつもりだ?」
「ああ、ヴェルタの一個連隊ほどに、森の中を進ませたい。」
マイトランドの計画は、ディアナにとって驚くものであった。
ドワイトの指揮下に入った、キスリング大佐率いる魔導砲兵連隊を、戦場の南側の森の中を移動させるという計画であったからである。
その為には、南側の森林にカルドナ王国兵の斥候を出させないか、もしくは連隊規模の部隊を隠す必要があった。
冒険者とカルドナ王国の将官で構成される予定の一個中隊が斥候に出されるのであれば、それが可能になるという話であった。
「無理であれば、また別の策を考えることにするよ。」
「いや、お前は何を言っているのだ?例え冒険者部隊が南側の森林地域の斥候に出たとして、どうやってそれを知るんだ?お前は今からここを出るのだろう?」
「ああ、それなら大丈夫だ。冒険者は派手な服装をしているじゃないか。上空からは分かり易い。」
マイトランドは、ディアナの質問に苦笑すると、自身の力を明かすことなく説明を終えた。
「それより、もう一つ聞きたい。今夜の時刻を決めたい。」
マイトランドは、スープの椀を置いた。
「ジャッカルみたいな、壁の外に駐屯している部隊の連中は、何時頃、西区画の酒場に来る?」
「ああ、それなら毎晩同じだ。」
ディアナは、迷わず答えた。
「日暮れの鐘が鳴ると、西の野営地の将校や兵が、西門から入ってくる。一番混むのは、日暮れの鐘の後、しばらくしてからだ。そして、夜更けの鐘の前には、皆、野営地へ引き上げる。夜更けの鐘で、西門も閉まるからな。」
「ジャッカルは。」
「あの男は街の外に駐屯している守備隊だから、門の刻限は関係ない。だが、飲む刻限は野営地の連中と同じだ。日暮れの鐘の後に部下を連れて来て、夜更けの鐘の少し前まで居座る。昨夜、お前がぶつかったのも、その刻限だったろう。」
マイトランドは、頭の中で刻限を並べた。
日暮れの鐘。外の部隊が西区画の酒場に流れ込む。北区画の兵舎からも、非番の兵が西へ飲みに出る。
酒場が一番賑わう頃、北区画の広場は、一日のうちで最も手薄になる。
そして夜更けの鐘の前には、酒場の兵が一斉に西門へ、北区画へと戻り始める。北区画の門が閉まり、南門の格子が下りる。
「決まりだ。」
マイトランドは、卓の上を指で叩いた。
「酒場が一番混む頃に、火を上げる。ジャッカルが酒場の椅子に腰を落ち着けて、まだ立ち上がる気にならない頃だ。兵が酒場から戻り始める前に、全て終わらせる。」
「つまり、日暮れの鐘と夜更けの鐘の、ちょうど間か。」
「ああ。そして、お前はその酒場にいる。ジャッカルと同じ店にな。」
ディアナが、わずかに眉を上げた。
「あの男が動いたら、お前にはわかる。わからなくても、少なくともお前が酒場にいたことを、何十人もの兵が見ている。」
「……人使いの荒いヴェルタ人だ。」
ディアナはそう言いながらも、口の端をわずかに上げていた。
説明を終えると、マイトランドは、トレーナ最終日となった今日の行動予定を示した。
「では、食い終わったら行くか。兵士の登録を済ませたら、街の説明をしてくれるか?その後で捕虜救出をして、俺達5人は脱出する。」
「わかった。」
2人は食事を済ませると、身支度を整えた。
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