第132話「わかってる奴が一人はいる」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
「私は諜報活動と、捕虜の救出を任務としている。冒険者であれば疑われることもないだろう?お前はどうなんだ。ラッセル。」
「俺か?ヴェルタ第2軍がこの街を落とすからな。事前調査だ。」
「ヴェルタがか?馬鹿なことを言うんじゃない。国力が違い過ぎる。無理だろう。イスペリアでの事を忘れたのか!本当は何のためだ?」
「だから、トレーナ攻略のためだ。既に攻勢計画は、総司令官の認可がおりている。」
「兵の数は?攻城兵器はどれくらいだ?」
「攻城兵器はない。計画では前線は17個師団、2個旅団。将兵合わせて約40万が参加する。トレーナの軍備はどういった状況だ?」
マイトランドの返答に、ヴェルタの攻勢計画が事実であると認識すると、ディアナは、トレーナ守備隊、さらにはトレーナ方面、カルドナ王国軍第4軍の全容を語った。
トレーナ方面の第4軍は、軍団数7個軍団、将兵合わせて約15万であった。ただし、その内3個軍団は予備役で構成されていた。
トレーナ東地区に急遽建設された建物が司令部であり、その司令部を守備するのはトレーナ守備隊であった。トレーナ守備隊は、駐屯部隊である第34歩兵連隊、ジャッカルの指揮する第107軽騎兵連隊を中心に構成された1個師団を含む第10軍団で、指揮官アンブロージョ少将が防衛を担当していた。
またトレーナ北門の城壁には、トレビュシェットが10、カタパルトが8、バリスタが10備え付けられており、その守りは強固であった。
トレーナの西には野営地があり、そこには常に、ヴェルタに対して3個軍団が待機していた。
北側には防衛部隊はいないものの、帝国軍第18軍団の正面には、カルドナ王国軍第3軍第12軍団と、精鋭である第8銃歩兵師団がぴたりと張り付き、その動向を伺っていた。また東側の野営地には、第4軍の残りの予備役を中心に構成された3個軍団が駐留しており、いつでも増援に駆けつけられるといった具合であった。
マイトランドは、ディアナの説明を精査すると尋ねた。
「ということは、つまりヴェルタが攻めてくる際は、西側の3個軍団で野戦に打って出るという事か?」
「いや、東側からもすぐに増援が来るだろう。」
ディアナは、マイトランドの問いに頷きながら答えると、さらに続けた。
「それにカルドナ王国軍は、間違いなく野戦に打って出るだろう。」
「なぜ言い切れる?カルドナは数では負けているんだぞ?籠城するのが普通じゃないか?」
「いや、兵器の差、兵の質、士気ともにカルドナが上回っている。もっとも、トレーナ平原で展開できる地域が限られている以上、いくら数で押そうとも、ヴェルタの不利は確定したようなものだ。野戦に打って出ない理由はないだろう?」
ディアナの考察は、マイトランドの考察とほぼ一致していた。理由は、トレーナ北側の河がある為であった。
北側の河は東西へと流れており、いくら浅いと言えど、部隊が展開できるスペースはない。したがって、展開した戦線正面は、歩兵師団が4個師団程入れば埋まってしまう。つまり、いくら兵数がいたところで、戦線正面は同数での戦いになる。質が伴わない以上、ヴェルタ軍が常に押される状況に陥ることは、自明の理であった。
「わかったか、ラッセル。」
ディアナは、卓の上に身を乗り出した。
「攻城兵器も無しに、この街を落とすだと?トレーナの外壁は10mある。城の周りには深い堀だ。北門の壁の上には、投石器と弩砲が並んでいる。北は河で、平原は狭い。どれだけ兵を連れてこようと、一度にぶつかれるのは4個師団がいいところだ。」
ディアナは、指を一本ずつ折っていった。
「相手は戦を重ねてきた軍だ。装備も、兵の質も上。銃も、お前たちの何倍も持っている。西の3個軍団を押し返したところで、東から新しい3個軍団がすぐに来る。そして街の中には、あのジャッカルの連隊がいる。」
折った指で拳を作ると、ディアナはそれを卓に置いた。
「無謀だ。イスペリアで、ヴェルタが何を失ったか、もう忘れたのか。戦場の真ん中で、将軍を4人も、暗殺されたのだぞ。あの時の甘さを、今度は40万の兵で繰り返すつもりか。」
マイトランドは、黙ってディアナの言葉を聞いていた。
一つとして、間違ったことは言っていなかった。旅団司令部で、自分がヴァイトリングの前で並べた問題と、ほとんど同じであった。
「悪いことは言わない。お前の上に伝えろ。この攻勢はやめろ、とな。」
「もう止まらない。総司令官の認可が下りている。」
「なら、せめてお前だけでも――」
「わかってる。」
マイトランドは、ディアナの言葉を遮った。
「無謀なのは、わかってる。わかってる奴が、少なくとも一人はいる。だから、俺はここに来た。」
ディアナは、しばらくマイトランドの顔を見つめていた。
泥の下の目は、少しも揺れていなかった。
「……お前は、本当に変わったヴェルタ人だな。」
「ディアナ。命を助けてやったんだ。帝国軍の大規模侵攻の噂を、冒険者中に流せるか?」
「流せないこともないが、どのみち嘘だと気付かれるぞ?」
「ああ、それでいい。頼まれてくれるか?」
「頼まれてやってもいいが条件がある。お前が条件を飲めるなら流そう。」
ディアナの提案した条件とは、帝国軍捕虜4名の救出であった。マイトランドはどうせ助けるつもりだったと、二つ返事で了承した。ただし、トレーナ陥落までその4名を自分の部下として使っていい、という条件を付けて。
もちろんディアナは、その条件を承諾した。
「では、捕虜奪還はいつ決行する?」
「まあそう急ぐな。街も少し確認したいし、俺はジャッカルの情報も欲しい。」
マイトランドがそう訴えると、ディアナは仲間の危険性を考え、惜しみなくジャッカルについて知り得る情報を話した。
通称ジャッカル、第107軽騎兵連隊連隊長エットーレ・パスクッチ。階級は大佐。軍とは別に、国王直属の暗殺及び治安維持組織、中央治安作戦部隊に所属していた。
数年前、当時大尉であったジャッカルは、イスペリア内戦に義勇軍として送り込まれ、ヴェルタの将軍の暗殺により手柄を立てると、一気に少佐に昇進した。その後、先のヴェルタのネイ軍団壊滅の功績により中佐に昇進した。そこから大佐にまで昇進したことを考えると、先のヴェルタ新第1軍団消滅に、何か関わっている可能性が高いと推測された。
ジャッカルというのは、その見た目から来た愛称であった。
ディアナの話を聞きながら、マイトランドは、あの日の光景を思い出していた。
イスペリアの戦場。薄暗い建物の中。
顔に大きな傷のある、体格の良い男が、「フォックス、ジャッカル、ウィーゼル。首尾はどうだ」と尋ねた。
男たちは、腰の袋から髪の毛を掴み、血の滴る首を、次々と地面に投げ捨てた。軍司令アルドリック。副司令ベルナード。参謀ラーム。
そして、最後に投げ捨てられた首が、オルメアであった。
「ちーとばかり手こずったぜ。おかげでこのありさまよ。」
血の滴る左腕を見せびらかした男に、他の男たちが笑った。その男の胸元に、紋章が光っていた。
床には、その左腕から滴った血が、建物の入り口から点々と跡を残していた。
あの左腕が、今は無い。
オルメアが、最後に残した傷であった。
「……ディアナ。フォックスとウィーゼルという名に、心当たりはあるか。」
ディアナの眉が、わずかに寄った。
「どこでその名を。」
「イスペリアで、聞いた。ジャッカルと一緒にいた奴らだ。それと、顔に大きな傷のある、体格の良い男。そいつが、三人をまとめていた。」
ディアナは、しばらく黙っていた。
「……獣の名で呼ばれる者が、中央治安作戦部隊に何人かいる、という話は聞いたことがある。フォックスとウィーゼルも、その内だろう。顔に傷のある男は、わからん。だが、三人を使う立場なら、部隊の中でも上の者だ。」
「ジャッカルの胸に、紋章があった。」
「中央治安作戦部隊の者は、表向きは別の部隊に籍を置く。だが、国王直属の証として、紋章を身につけている者もいると聞く。……お前、本当に、あの男たちをその目で見たのか。」
「ああ。」
マイトランドは、それだけ答えた。
将軍を4人。その内の一人は、自分とジェラルトに装備を揃えてくれたグレイグの弟であった。
そして、ネイ軍団の壊滅と、丘ごと消えた14000人。その全てに、あの男の影がちらついていた。
(ジャッカル。お前は、ここにいる)
マイトランドは、膝の上で、拳を固く握った。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると大変励みになります。次回もよろしくお願いします!
【新作のお知らせ】
11月1日(日)12時10分から、新作の連載を始めます。
『神託として召喚されたのはAIで、俺はただのおまけでした ~しかもそのAI、平気で嘘をつく~』
滅亡寸前の小国に、スマホのAIごと召喚された元ラガーマンの会社員。
崇められるのはAI、主人公はおまけ。しかもそのAIは、平気で嘘をつく。
大国の侵攻を前に、嘘をつくAIを使いこなして、小さな砦を守り抜く戦記です。
ヴェルタ戦記と並行して更新していきます。よろしければ、こちらもぜひ。




