第131話「4つの質問」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
ディアナ・エデルトルート・フォン・アイケは、赤い巻髪で、身長160前後と言ったところだろう。白い肌に、右は青、左は灰色といったオッドアイの目が特徴的で、腰に双剣を携えた身なりは、まさに冒険者そのものであった。フォンと名乗ったところから、貴族であろう。
「それで?帝国軍の諜報員様が、なぜ俺を追っていた?」
諜報員というのは、諜報、つまり秘密裏の情報収集などを意味する言葉であるが、平たく言えばスパイの事である。
ディアナは自らの家、つまり諜報活動の基地へ、マイトランドを招き入れた。
そこは宿泊施設の裏手にある、冒険者が月単位で間借りしている建物の一角であった。
部屋は狭く、寝台と小さな卓、椅子が一脚あるだけであった。壁には冒険者らしく、使い込んだ外套と、手入れの行き届いた砥石が掛けられている。
だが、卓の上には何も無かった。書き付けも、地図も、手紙の一枚も。9か月も暮らしている者の部屋にしては、あまりにも物が少なかった。
(見られて困る物は、全部どこかに隠してあるな)
ディアナは窓の鎧戸を細く開けて通りを確かめると、音もなく閉め、椅子をマイトランドに勧めた。自分は寝台の端に腰を下ろし、双剣を膝の上に置いた。いつでも抜ける位置であった。
冒険者とは、各国に存在し、有事の際は賞金目的で国の為に戦い、それ以外の殆どは、自分のその日の稼ぎの為に、各国の冒険者ギルドに登録し、ギルドから依頼を受けて、破格での護衛や、モンスターの討伐などを行う者たちであった。もちろんの事、腕が立つ者もいれば、そうでない者も存在した。
「私は冒険者として、基本的に南門から入ってくる移民や、冒険者を調べている。」
「だから?それが俺を調べることとは関係ないが。」
「ああ、尾行の理由は、見た目は汚いのに、どこか余裕があったからだ。」
「ん?衛兵達は最初、奴隷と間違えていたぞ?余裕などある訳がないだろう。」
「うん。カルドナ王国の風習の様な物は知っているか?大銅貨を投げるというやつだ。」
「ああ、みんな投げて寄こすな。大銅貨が溜まってしょうがない。」
マイトランドがボロ布の端の包みを振ってみせると、中で大銅貨がちゃりちゃりと鳴った。せいぜい5枚ほどの音であった。
ディアナは、呆れたように片眉を上げた。
「それだよ。ファルンガルランドからの移民であれば、当然金が無い。大銅貨を貰えたら、次も次もと、手当たり次第に兵士に話しかけるだろう?だがお前はどうだ?商人にばかり話をして、無視されていたではないか。金もないのに商人に話しかけるという事は、なんらかの情報が欲しいという事だ。」
そこまで会話を進めると、マイトランドが思い立ったように手を叩き、答えた。
「なるほど!それは怪しいな!ただ、俺はヴェルタ人だ。金に興味がない。」
「つまりはそう言う事だ。身なりから、忠誠心の高い帝国軍人が変装しているか、民度の低いヴェルタ人しか考えられん。」
「民度ねぇ……。そう言われたらそうかもな。」
マイトランドが変に納得すると、今度はディアナが質問をした。
「ところで、ヴェルタがトレーナに何の用だ?」
「うん?お前の身分を証明できたら、話そう。あの捕虜の帝国人も助けたいしな。」
マイトランドの返答に、ディアナは考え込むと、答えた。
「任務の都合上、身分を証明する物は持っていない。この偽造の冒険者登録証だけだ。」
冒険者登録証には、偽名であるフィオレ・ファビオラという名と、冒険者ランクであるCランクの記載があった。だが偽造である以上、なんの説得力もなかった。
身分証を持たないというのは、諜報員であれば当然の事だろう。ディアナの返答に困ったマイトランドは、ある提案をした。
「そうだな。では、俺が聞いた質問に4つ答えてくれ。もちろん、帝国軍に関する、1年以内の、他国では知りえない質問だ。」
「ああ。その情報を、ヴェルタ人であるお前が何故知っているのか、気になるところではあるが、いいだろう。」
マイトランドは、ディアナの返答にニヤリと笑い、その第一問目を出題した。
「では問題です!オットー・ヨアヒム・フォン・ビスマルク。その2番目の息子で、上級曹長の階級を持つ者の名前は?」
ディアナは鼻で笑うと、マイトランドに答えた。
「フリッツ様か。今は上級曹長にまで昇進されたのか。」
ディアナの声に、わずかに懐かしむような色が混じった。
だが、すぐにその目が細められた。
「……それにしても、お前。フリッツ様を呼び捨てにするのか。」
「ああ。あいつとは、そういう仲だ。」
マイトランドは、平然と答えた。
本当は、帝国の砦では、ずっと「フリッツさん」と呼んでいた。公爵家の息子で、皇帝の代理人の特権まで持つ相手を、ヴェルタの2等兵が呼び捨てにできるはずもなかった。
だが、ここでそれを言う訳にはいかなかった。
目の前にいるのは、帝国の貴族で、少尉の階級を持つ諜報員である。ヴェルタの2等兵のままでは、この女は最後まで自分を下に見る。対等に話し、対等に手を組むには、まず、あのフリッツと対等の立場にあると思わせる必要があった。
(悪いな、フリッツさん。今だけ、呼び捨てにさせてもらう)
ディアナは、しばらくマイトランドの顔を見つめていたが、やがて小さく鼻を鳴らした。
呼び捨てにされたフリッツの名が、ディアナの中で、目の前の泥だらけの男の値打ちを、ほんの少しだけ引き上げたようであった。
「おぉ。当たりだ。では次の問題。そのフリッツ、今はどの軍団に所属している?」
ディアナはまた鼻で笑い、答えた。
「第18軍団だろう。私のいる17軍団の隣の軍団だ。簡単すぎて反吐が出そうだ。もっと難しい問題を頼む。」
ディアナは即答すると、そう言ってマイトランドを挑発した。挑発されたマイトランドは首をかしげると、フリッツとの会話を思い出し、第三問目を出題した。
「では、軍団砦で魔力拡声器の放送が流れました。ディアナの最初に取るべき行動は?」
「馬鹿にしているのか?前兆があった時点で敬礼に決まっているだろう。」
「ふーん。これも正解か。なら。」
マイトランドはここで、一つの奇策に出た。自分でも答えを知らない問題を出すことに決めたのだった。
「ではこれが最後だ。フリッツには婚約者がいるんだが、わかるか?」
「ああ、エルフリーデ様か。」
これにも即答したディアナに、マイトランドは、後にフリッツの身に大変な災難が降りかかるとも知らずに、ケチをつけた。
「フリッツの話とちがうな。お前は帝国軍人ではないな?」
ディアナは顔を真っ赤にして怒ると、今度は逆にマイトランドを問い詰めた。
「お前、フリッツ様と仲が良い様な素振りをして、自分こそ偽物ではないのか!エルフリーデ様は、子爵家であるアイケ家の本家筋だ。フリッツ様とは幼い頃より婚約が決まっている。でたらめを言うな!」
ディアナは寝台から立ち上がり、膝の双剣の柄に手をかけていた。
「いや、冷静になれ。俺は、フリッツの居室で一緒に4日ほど寝たことがあるぞ。手紙だって書いている。マイトランド・ラッセルと言えば、フリッツはすぐにわかるだろう。彼にはいろいろと世話になったしな。お前こそ、フリッツの最新の情報を知らないのではないか?」
「……なら、今度は私が聞く番だ。」
ディアナは柄から手を離さずに、マイトランドを睨み据えた。
「フリッツ様は、お前を何と呼んだ。」
「君、だ。」
マイトランドは、迷わず答えた。
「誰に対しても丁寧な言葉遣いで、俺のことは、ずっと君と呼んでいた。上から物を言うような言い回しは、一度も聞いたことがない。」
ディアナの目が、わずかに揺れた。
「……では、フリッツ様が、命令の口調を使われるのは、どんな時だ。」
「一度しか聞いたことがない。」
マイトランドは、帝国の砦の書庫で見た、あの場面を思い出していた。
「フォン・ビスマルクが、皇帝陛下の代理人として命じる。……その時だけだ。」
ディアナの手が、双剣の柄から離れた。
その言葉を、その場で聞いた者でなければ、口にできるはずがなかった。
「最後だ。フリッツ様は、いくつで軍に入られた。」
「14だ。一兵卒として。親父さんが、兵士の目線を覚えさせるために入れたと言っていた。」
しばらく、部屋に沈黙が落ちた。
ディアナは、ゆっくりと寝台の端に腰を戻した。
「……本当に、フリッツ様の側にいたのだな。」
ディアナは、マイトランドの手紙のやりとりをしているという言葉と、3つの答えに冷静さを取り戻すと、マイトランドの言葉に悲しそうに答えた。
「そうだな。私が帝国を出て、丁度9ヶ月だ。それだけあれば、フリッツ様の気も変わっているか。」
その呟きが、9か月ぶりに本家へ送る報せの片隅に書き添えられ、やがてマイトランドの名前とともにエルフリーデの目に留まることになるとは、この時のマイトランドは知る由もなかった。
マイトランドは、ここまでの話で帝国軍人だという一定の理解を得ると、再びディアナに尋ねた。
「で?お前がトレーナにいる理由はなんだ?」
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