第130話「赤髪の尾行者」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
マイトランドは、ジャッカルに正体がバレ、追っ手をつけられたことも危惧し、気配察知を使いながら、体を休める場所を探した。
土地勘がない為か、同じところを何度も彷徨う羽目になった。グルグルと同じ場所を回り、しばらくしたら方向を変え、またグルグル。西区画の地理が大まかに頭の中に入るようになるころには、時刻は深夜を回っていた。
酒場の灯りは一つ、また一つと消え、通りに残るのは、酔い潰れた兵の鼾と、野良犬の足音だけになった。
壁に打ちつけられた背中が、歩くたびに鈍く痛んだ。2食抜いた後の腹に流し込んだパスタは、とうに消えていた。
それでも、マイトランドは足を止めなかった。
気配察知に、何かが引っかかっていたからである。
はっきりとした気配ではなかった。人混みの中なら、紛れて消えてしまうほどの薄いものであった。だが、人けの無い深夜の通りで、それはいつまでも消えなかった。
右へ曲がれば、右へ。立ち止まれば、止まる。その薄い気配は、マイトランドから一定の距離を、決して縮めず、決して離さずについてきていた。
「かぁ。やっぱりバレたってことかよ。普通、匂いで気付くか?」
ジャッカルは、同じ街にいればまた会うと言った。思い出したら、ではなく、思い出すために、手下に後を尾けさせたのかもしれなかった。
そう呟き、宿泊施設裏手の馬小屋らしき建物の前で足を止めると、後ろから尾行されていることに気付いたマイトランドは、その馬小屋に飛び込み、藁の中に身をひそめて尾行の通過を待った。
藁は乾いて、ちくちくと首筋を刺した。隣の仕切りで、繋がれた馬が鼻を鳴らしていた。
マイトランドは息を殺し、気配察知だけを研ぎ澄ませた。
しかし、いくら待てども、尾行の動く気配はなかった。
馬小屋の外、通りの向かいの暗がりで、薄い気配はぴたりと止まったままであった。こちらが見えているはずはない。異能でマイトランドの位置を把握しているのだろう。
(入ったのを見て、出てくるのを待っている。……いや、眠るのを待っているのか)
マイトランドが眠っている間に行動するつもりなのか。これでは眠れるものも眠れないと、マイトランドが自分から行動を起こすのに、そう時間はかからなかった。
「騎兵よ。」
藁を出て、人に聞こえぬほどの声で土魔法を発動した。
馬小屋の土間が、音も無く盛り上がった。
土は見る間に形を変え、馬の脚を作り、胴を作り、首をもたげた。その背に、槍を携えた騎兵の姿が、土くれのまま起き上がった。一騎、そしてもう一騎。
顔は無かった。目も、口も無い。ただ、そこにあるべき所に、土のくぼみがあるだけであった。
マイトランドは、隠れていた藁を騎兵にかぶせた。
藁の山が2つ、馬小屋の隅に増えただけのように見えた。
「なんかこいつら、前より言う事聞くようになったな。」
土くれの騎兵2騎がマイトランドの思念の指示を忠実に守り、その場で待機したのを確認すると、マイトランドは馬小屋を出て、尾行を誘った。
「やっぱりか。」
マイトランドの予想していた通り、マイトランドが動くと、尾行も一定の距離を維持しながら動いた。
マイトランドは、わざとゆっくりと歩いた。宿の裏手の路地を抜け、井戸のある小さな広場を一周し、また宿の裏手へと戻る。
馬小屋の前の通りに、自分が先に入る。尾行は、必ずその後を通る。
尾行が、丁度土くれの騎兵が微動だにせず待機している馬小屋を通過すると、マイトランドは反転し、馬小屋に向かうと同時に、思念により土くれの騎兵に尾行の撃破を命じた。
捕縛を命じたいところであったが、まだ微妙に言う事を聞かない土くれの騎兵に捕縛は不可能であろうと感じ、撃破の命令を下したのだった。
藁の山が、弾けた。
土くれの騎兵は、一気に馬小屋を出ると、尾行に襲い掛かった。蹄が石畳を叩く音は無かった。土の馬は、音も無く、ただ風だけを巻き起こして駆けた。
これに驚いた尾行はその場で尻もちをつき、懐から短剣を取り出すも、間に合わなかった。土くれの槍が、二方向から同時に振り下ろされた。
騎兵の得物の餌食になると目を閉じ、覚悟を決めた瞬間であった。
「止まれ!」
マイトランドの声と思念が、同時に飛んだ。
騎兵の槍の穂先が、尾行の顔面の、指一本分手前で止まった。土くれの穂先から、ぱらぱらと細かな土が零れ、尾行の頬に落ちた。
間一髪、マイトランドが間に合ったのだった。
(……危なかった。やっぱりまだ、止めるのが精一杯だ)
「武器を捨てろ。」
息を切らすマイトランドが武装解除を要求すると、フードを被った尾行は、諦めて武器をその場に置き、両手を上げた。
「フードを取れ!お前、ジャッカルの部下だろ。」
「ちがう。話を聞いてくれ。」
尾行は女性の声で答えると、フードを取り、その姿をあらわにした。
フードの下から、赤い髪がこぼれ落ちた。
白み始めた空の薄明かりの中で、その髪だけが、燃えるように色を持っていた。年はマイトランドとそう変わらないように見えた。だが、槍の穂先を目の前にしても、その目だけは逸らさずにマイトランドを見据えていた。
「女?ジャッカルの部下でないなら、お前はなんだ?」
マイトランドの質問に、赤髪の女性は震える声で答えた。
「すまない。実はお前がこの街に来た時から、つけさせてもらっていた。」
「は?なぜ?俺はファルンガルランドから来たんだぞ?お前の他に、俺を怪しんでいる者はいるのか?」
赤髪の女性は、今度は間髪入れずに即答した。
「ファルンガルランドの人間ではないことは分かる。北門の兵器の状態を見ていたからな。」
「……見ていたのか。」
「壁ばかり見上げて歩く難民など、どこにいる。それに、今確信に変わった。」
女性は、唇の端をわずかに上げた。
「ファルンガルランドの人間は、暗殺者ジャッカルを知らない。なのにお前は今、その名を口にした。……店の前であの男と向き合った時のお前の目も、仇を見る目だった。」
マイトランドは、この女性の「暗殺者」という言葉に違和感を覚えると、また尋ねた。
「お前は王国の兵士ではないな?どこのだれだ?」
「それは……。」
「なら考えがある。」
全く答えない女性にしびれを切らし、身分を証明する物を探すために、マイトランドは身体検査を始めた。
だが、外套に手をかけたところで、ようやく相手が女性であることの意味に思い至った。手が止まり、耳まで熱くなった。
「……触るなら、さっさとしろ。」
女性が、冷ややかな目で言った。
マイトランドは、できるだけ目を逸らしながら、袖と裾と、懐だけを手早く改めた。
「何も持っていないな。身分を証明するものを持たないという事は、さしづめ帝国軍人か?帝国軍人であるなら目的は一緒だ。何もしないから話してくれ。」
耳は熱いままであったが、マイトランドの頭は冷静に分析をしていた。
王国兵であれば身分証を所持し、ファルンガルランド移民であれば尾行する必要が無い。残るは帝国の密偵か、ヴェルタ第2軍の密偵。
だがヴェルタの密偵であれば、ヴァイトリングの知る情報であろう。マイトランドは当然そんな情報は得ていない。それにヴェルタ人にしては小綺麗な格好をしている。おそらく帝国軍人であろう、と言うのがマイトランドの推測であった。
女性兵士は小さく頷くと、マイトランドに自身の素性を語った。
「私は、帝国軍陸軍諜報部、第17軍団付諜報員。ディアナ・エデルトルート・フォン・アイケ。階級は帝国軍少尉だ。そちらの所属、姓名、階級は?」
「やけに正直だな。それは本当にお前の情報か?帝国の諜報部隊は、簡単に口を割らないとフリッツが言っていた気がするがな。俺はヴェルタ第2軍、第72魔導砲兵旅団、旅団司令部付偵察分隊。マイトランド・ラッセル。2等兵だ。」
「……2等兵?」
ディアナは、しばらく言葉を失ったように、マイトランドの顔を見つめた。
「特務隊か?」
「いや。ただの偵察分隊の、ただの2等兵だ。」
「ただの2等兵が、たった一人で、敵の要塞に潜り込んだと言うのか。武器も持たずに。」
「武器なら、そこにいる。」
マイトランドが顎で示した先で、土くれの騎兵が、槍を構えたまま微動だにせず立っていた。
ディアナは、その顔の無い騎兵を見上げ、それからもう一度マイトランドを見た。呆れたような、それでいて、どこか面白がるような目であった。
「お前の情報が本当であれば、俺達は仲間だ。まあ立てよ。」
マイトランドが土魔法を解いて土くれの騎兵を土に還すと、敵意が無いのを悟ったのか、ディアナはマイトランドの差し出す手を掴み、立ち上がった。
「私の素性は本物だ。だがここではなんだ。私の家で話そう。」
そう言って、ディアナはマイトランドの手を引いた。
外套の袖越しにも、その手が冷え切っているのが分かった。一晩中、この女はマイトランドの後を尾け、暗がりで息を潜めていたのである。
「……一晩中、つけてたのか。」
「お前が同じ場所をぐるぐる回るからだ。おかげで、西区画の路地は全て覚えただろ?」
ディアナは振り返りもせずにそう言うと、宿の並ぶ通りを抜け、細い路地の奥へとマイトランドを連れて行った。
深夜をとうに回り、うっすらと夜が明け始めた頃の出来事であった。
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