第128話「畑で人が取れる」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
マイトランドが南門から少し歩くと、そこが商業地域だという事がわかった。
それもそのはず、トレーナは、交通の便が良い南の区画が商業地域、超大国と呼ばれるハイデンベルグ帝国に最も近く、侵攻の可能性のある北区画は兵舎・農業地域、東区画は南区画と同様、交通の利便性から木工・鍛冶地域であった。そして、国力の低いヴェルタからの侵攻をさほど危惧していない西側区画は、冒険者や旅行者が多く利用するであろう、宿泊・飲食地域に指定されていた。
駐留軍に関する情報を集める為に、商業地域を巡るマイトランドであったが、彼の懐事情は、先ほど衛兵に恵んでもらった大銅貨1枚と、正直厳しかった。
貧しいヴェルタではその価値も高い大銅貨であったが、カルドナ王国では、大銅貨でパンを購入できるかどうかといったところであろう。
物を買わないのであれば、当然トレーナの商人達は、奴隷の様に見えるマイトランドの質問に傾ける耳を持たなかった。まるで、そこにいないかのように扱われてしまうのであった。
だが、誰にも相手にされないということは、誰にも見咎められないということでもあった。
マイトランドは、商人の代わりに、街そのものを見て歩いた。
南門から城へ向かって、一本の大通りが真っ直ぐに延びていた。荷馬車が2台すれ違えるほどの幅があり、石畳はよく踏み固められていた。
(荷馬車が2台通れるなら、騎兵も並んで駆けられる)
大通りの突き当たりには、城を囲む内壁と堀があり、堀には跳ね橋が一本だけ架かっていた。橋を吊る太い鎖が、城門の上の巻き上げ場へと伸びていた。
大通りの途中の広場には、石組みの井戸があった。水を汲む女たちの列ができていた。井戸は、この先の区画にもいくつかあるのだろう。
区画と区画の間は、城から外壁へと延びる壁で仕切られていた。壁には区画同士を行き来するための小さな門があり、どの門にも兵が1人か2人、退屈そうに立っていた。
壁の内側には、一定の間隔で石段が刻まれていた。外壁の上へ登るための階段であった。石段の下にも、兵が1人ずつ立っていた。
(門も、石段も、守っているのは少しの兵だけか)
外から攻められることは考えていても、内から何かが起きることは、考えていない配置であった。
どうすることもできないマイトランドは、駐留軍兵舎のある北区画へと向かうため、南区画から東区画に向けて移動をした。
東区画に入ると、様相は一変した。先程まで賑わっていた街並みはどこへやら、兵士以外の人間が確認できなかった。
工房の戸は開け放たれ、中では兵たちが、カタパルトの腕木を削り、バリスタの弦を張り替えていた。軒先には矢の束が積み上げられ、路地の奥には、黒い油の入った樽がいくつも並んでいた。壁の上から敵に浴びせるための油であろう。
東門の内側には、門の横に石造りの小屋が建っていた。小屋の中には、門を塞ぐ格子を吊り上げるための巻き上げ機があった。太い綱が滑車を通って、門の上へと伸びている。
巻き上げ機の前に座る兵は2人。そのうちの1人は、壁にもたれてうたた寝をしていた。
(門は、外からではなく、内から開けるものだ)
マイトランドは、その光景を黙って目に焼き付けた。
「東区画は木工・鍛冶の地域だったはずだが……。」
マイトランドはそう呟くと、意を決し、近くを歩く兵士の一人に声をかけた。
「あの、なんでここには鍛冶師や木工職人がいないんですか?」
兵士は、汚いマイトランドに一瞬驚くと、質問を理解したようで答えた。
「ああ、今ここは戦争準備中でな、鍛冶や、木工は修理などの最低限の職人を残し、隣の町モンカルエラに移っているんだ。だからここは今軍が接収している。お前、兵士になりに来たのか?」
「ありがとうございます。はい。兵士になりにファルンガルランドから来ました。」
「そうか。身なりの割に、丁寧な奴だ。それならこれを持って行け。」
質問に答えた兵士は大銅貨を懐から出し、マイトランドに投げた。この行動は、先程の門の口髭の衛兵に続き2人目であった。当然マイトランドは、これには理由があるとその兵士に尋ねた。
「あの、先ほど門の衛兵さんからもいただいたんですが、この大銅貨には何か意味でもあるんですか?」
マイトランドの質問に、兵士は苦笑いで答えた。
「ああ、ファルンガルランドから来たなら知る訳もないか。これはな、王国軍の伝説のようなもので、自分より粗末な男が兵士に志願していたら、大銅貨を投げろ。その男は戦場でお前を救うであろう。って言うのがあるんだよ。実際どうなるのかは知らんけどな。ほら、お前も投げろ。」
そう言って、隣の兵士にも投げさせた。
マイトランドは、大銅貨の礼を言うと、また尋ねた。
「今ここにはどれくらいの兵隊さんがいるんですか?」
すると兵士は不思議そうな顔で答えた。
「なんだお前そんな事も知らないのか。ここは元々、34歩兵連隊が駐留している街だ。今は第4軍の統制下にある。俺はその4軍の中でも精鋭中の精鋭、第10軍団のダルビント将軍旗下の銃歩兵師団に所属している。」
銃歩兵師団。
マイトランドは、表情を変えないように努めた。
カルドナも、銃を揃えている。帝国ほどの数ではないにしろ、銃歩兵の師団をいくつも作れるだけの銃がある。
鎧は弾を弾けても、馬までは守れない。一斉に撃ちかけられれば、馬から先に倒れ、突撃の列ごと崩れる。
北門へ回るヴェルティエの騎兵が、川を渡り、この銃の前に出ることになるのかもしれなかった。
「そうですか。どこに行けば兵士になれますか?」
「うん、北区画の34連隊はまだまだ兵士を募集している。すぐに行くと良い。ファルンガルランド出身のお前なら、今なら面白いものも見れるぞ。」
「はい!ありがとうございます!」
マイトランドは”面白いもの”の意味を即座に理解し、礼を終えるとすぐに北区画へと走った。
◇
北区画に近づくにつれ、だんだんと兵士の数も多くなった。
東区画と北区画を区切る壁の手前まで来ると、更に兵士は多くなった。
北区画へ入る門の上には、小さな鐘が吊るされていた。
「夜更けの鐘が鳴ったら、この門は閉める。用がある奴は、それまでに済ませておけよ。」
門番の兵が、通りかかる兵たちに声をかけていた。
夜が更ければ、兵舎のある北区画だけが、この門で他の区画から切り離されるのであった。南や東の区画を仕切る門には、そもそも鐘など吊るされていなかった。
門をくぐり、北区画に足を踏み入れると、兵士の数はさらに増えた。理由は明白で、”面白いもの”がそこにあったからに他ならない。
門を入ってすぐの広場で、マイトランドが人込みをかき分け、兵士たちの前に進み出ると、そこにはわずかに灯る光の下に、帝国軍の軍服を着た捕虜が4名、各々が鎖につながれていた。
捕虜は酷くやつれており、尋問されたのか、殴られ、顔が腫れあがっていた。腕には、服に隠れ全体像ははっきりとしないが、やけどの跡や、みみず腫れが散見された。
マイトランドは同胞の安否を確認するため、また近くの兵士に話しかけた。
「あの、カルドナ王国は今ヴェルタとも戦争中ですよね?ヴェルタ兵はいないんですか?」
すると、マイトランドの質問に、近くの兵士は大笑いして答えた。
「お前はバカか?帝国軍なら捕虜交換で身代金か、仲間が帰ってくるだろう?ヴェルタのことを考えてみろ。王国の兵士で弱小国に捕まる様なヘボはいないし、あんな貧しい国に、身代金が払えるか?」
笑い続ける兵士に、マイトランドは答えを予想したが、期待の意味も込めて再度尋ねた。
「それはつまり?」
「ヴェルタの捕虜なんてものは、全員殺すに決まってるだろ!なんせヴェルタは、畑で人が取れるらしい。殺して殺して殺し尽くさないとな!」
兵士の即答に、言い知れぬ憤りが体中を駆け巡るも、それを押し殺すと、マイトランドは、拳を固く握り礼を言った。
「ですよねぇ。ヴェルタなんか全員殺しますよねぇ。ありがとうございますぅ。」
マイトランドは自分の言葉に嫌悪感を覚えると、涙を堪えた。ネイ将軍と共に殿に残った旧第1軍団の兵たちが、誰一人として帰ってこなかった理由を、悟ったのである。
そして、周りの誰にも聞こえない程度の小声で、帝国軍の兵士に救出を誓った。
人込みを抜け出すと、マイトランドは、日の落ちかけた街を振り返った。
西の平原には、壁の中に入りきらないほどの兵がいる。ヴェルタ軍が攻め寄せれば、その兵たちは、野戦のために西へと出ていく。壁の上の兵も、区画の門番も、巻き上げ機の前でうたた寝をしていた兵も、きっと西へ向けられる。
守りが厚いのは、ヴェルタに備えた西と、帝国に近い北。南と東は、まるで背中のように無防備であった。
(……もし、この街から、兵が出払ったら)
その時、この街に残るのは、何か。
跳ね橋の鎖と、格子を吊る巻き上げ機と、鎖につながれた捕虜たちと、少しの兵だけではないのか。
北区画の門の上で、日暮れを告げる鐘が鳴った。
攻勢計画発動まで残り5日、日も暮れた、晩の出来事であった。
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