第125話「頭切れ」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
「この08型、帝国の物と違って、聞き取り辛いですね。頭切れを起こしますよ。」
マイトランドは、分隊員の待つ兵舎に帰る途中で、ドワイトと共に、受け取った08型魔導通信機のテストも兼ね、通話を試していた。
頭切れとは、通信の一言目の頭の文字が聞こえなくなることを指した。
先ほど、マイトランドが魔道具に向かって「分隊長、聞こえますか」と話した時、ドワイトの耳に届いたのは「……んたいちょう、聞こえますか」であった。
「誰が、んたいちょうだ。」
ドワイトが、魔道具を耳から離して顔をしかめた。
「確かに聞き取り辛いな。頭切れは、発信後少しおいてから喋るとかどうだ?」
「いいですね。やってみましょう。」
ドワイトの提案通り通話テストを実施すると、声が籠ってはいるものの、それ以外は帝国製のそれとなんら変わりなく使用することができた。
テストをしながら兵舎に帰還すると、分隊全員が各々の出発の準備を整え、待っていた。
マイトランドは兵舎に入るなり、ヴェルタの軍服の上着を脱ぎ、その下に着込んでいた帝国軍の軍服を脱いで、ジェラルトに放った。
戦場では脱いでおけ。老将の忠告を、こんなに早く守ることになるとは思わなかった。
ジェラルトがそれに袖を通すと、兵舎の中に、一人だけ見慣れない格好の男が出来上がった。袖はわずかに短く、肩はわずかに窮屈そうであった。
「どうだ、似合うだろ?」
「……帝国の兵に見えなくもない。黙っていればな。」
「お前なあ。」
少し離れた場所で、セリーヌが露骨に顔をしかめ、そっぽを向いた。ポエルはジェラルトに近づくと、鼻を鳴らしてから、2度頷いた。
「マイトの匂い。」
「そりゃそうだろ。こいつの服なんだから。」ジェラルトは、マイトランドの到着を待って、全員に支援魔法を付与した。
支援魔法は、込めた魔力の分だけもつ。少量なら1時間から半日、中程度なら2日、魔力の大半を注ぎ込めば4日ほど。
ジェラルトが皆に込めたのは、中程度の魔力であった。自分の任務に残す分を考えれば、それが精一杯であった。
ジェラルトの掌から、ひとりひとりの背へと、風が纏わりついていった。
「俺はもう行くぜ?いいか?」
「ああ、これを持って行ってほしい。08型魔導通信機ってやつだ。帝国の払い下げらしい。頭切れを起こすから、魔力を流したら少し待って喋ってくれ。」
「了解だぜ!」
マイトランドがジェラルトに魔道具を投げて渡すと、マイトランドは全員に向け告げた。
「皆も聞いてほしいんだが、この通信用魔道具は単方向通信専用の魔道具だ、誰かが喋ると、魔力周波数の合う魔道具を持つ、他の全員は聞くだけしかできない。必ず誰かが喋り終わるのを、待ってから喋ってくれ。それと傍受の危険性を考えて、一度の通信は8秒以内に抑えてくれ。」
単方向通信とは、トランシーバーや軍用の通信機を想像して欲しい。トランシーバーは片方が喋っている時に、もう片方が喋ると、新たに喋った側の受信機は干渉を起こす。したがって、新たに喋る側は、相手の通信が終わってから喋る必要があった。
これとは別に、双方向通信という通信があり、双方向通信は携帯電話、スマートフォンなどがわかり易い。どちらからどちらに向かっても、喋ることも聞くこともできる。
「「了解!」」
「あとはジェルにも言った通り、古くて頭切れを起こす。だから魔力を流したら少しおいてから喋ってくれ。そうそう、今魔力と言ったが、魔力のない者には使えない。通信範囲はまだ分からん。多分使用者の魔力強度だと思う。」
「「了解!」」
分隊全員に魔道具の説明をしたところで、ジェラルトがドワイトに出発の挨拶をした。
「分隊長、ランズベルク2等兵。進発します!」
「よし、行って来い!」
ドワイトがジェラルトの背を押すと、ジェラルトは一言。
「マイト、行って来るぜ。3日後にそっちに合流するから、通信機ちゃんと持っておくんだぞ。」
「ああ、そっちは頼んだ。」
マイトランドは、わずかに声を落とした。
「ジェル。交戦だけは、本当に避けろよ。見つかって、逃げる。それだけでいい。」
「わかってるって。見つかるのと逃げるのは、俺の得意技だ。」
マイトランドが返答すると、ジェラルトは左足を踏み出した。踏み出したかと思うと、もう既にジェラルトの姿はなく、僅かに舞い上げられた草と風だけがジェラルトの進発を告げていた。
「じゃあ、俺達も行こうか。」
マイトランドの言葉に、ポエル、アダムス、アツネイサは荷物を持つと、ドワイトの前に一列に整列した。
「ラッセル2等兵他3名、敵地及び、戦場の偵察に進発します!」
「よし、4人共、任せたぞ!こっちはあの堅物大佐を攻略しておく。」
ドワイトはマイトランド達全員の背中を叩くと、送り出した。
◇
偵察に向かう道中、マイトランドは、アツネイサに尋ねた。
「アツネイサ、お前の目って罠とか見つけることは出来るのか?」
「ワナ?ツクラレタ、モノ、デキナイ、コト、ナイ。」
「じゃあさ、主戦場の罠って全部見つけたりできるか?」
「ウン、チョット、イミ、ワカラナイ。」
「主戦場のトレーナ平原から、トレーナまでの平野、そこに罠があったら見つける事ができますか?」
マイトランドが少し苛立って説明し直すと、アツネイサはケタケタと笑いながら答えた。
「シツモン、ワカル。ワナ、ミツケル、カンタン。ツクラレタ、バショ、オンドチガウ。ニンゲン、ソレ、デキナイ?」
「できるかよ!!」
マイトランドが間髪入れずに大声で叫ぶと、ポエルが割って入った。
「マイト。聞いて。ポエルもわかる。人間じゃなかったら、誰でもわかる。アツネイサはそれを言ってる。掘られた土と、盛られた土は温度が違う。わかった?」
「ああ、そういうことか。わかった。なるほどな。じゃあ2人は、罠を見つけたら地図か直接現地に目印でも付けといてくれ。そこに砲弾落とすようにするから。罠を回避しつつ味方を誘導するか。」
「了解!」
「リョウカイ」
「じゃあまた2~3日後くらいにな!」
「アダム、報告はイブに頼む。俺からも、何かあれば魔道具で入れる。」
「任せとけ。イブとは、どこにいても繋がってる。」
アダムスが、自分のこめかみを指で軽く叩いてみせた。
ポエルと、アツネイサそれにアダムスに別れを告げると、マイトランドは一人、森の中に入って行った。
木々が深くなり、3人の気配が背後に遠ざかると、マイトランドは立ち止まった。
周りに誰もいないことを確かめてから、そっと片手を空へ差し上げた。
指先から、小さな水色の鳥が一羽、音もなく飛び立った。
鳥は梢を抜け、南東の空へ、トレーナの城がある方角へと、真っ直ぐに消えていった。
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