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第121話「石の彫刻」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

連絡員の後ろを歩きながら、ドワイトはまだ、口の中で何かを転がしていた。


「……ドワイト少尉。……少尉殿。……うん、悪くない。」


「分隊長、顔。」


「ん?」


「緩んでます。」


 ドワイトは慌てて咳払いをすると、口元を引き締めた。旅団司令部の天幕が見えてきた頃には、その顔はすっかり、いつもの分隊長のものに戻っていた。


 マイトランドは司令部に着くと、ドワイトと共に、司令部の中に直接案内された。

 入室すると、中ではヴァイトリングと副官、フラウボ中佐、そして見慣れた眉の無い大佐の、4人の将校が待っており、挨拶する間もなく、ヴァイトリングが、おお来たかといった表情でマイトランドに近寄り、肩を二度叩くと頷きながら口を開いた。


「若い参謀よ、改めて紹介しよう。グリーデン・キスリング大佐じゃ。大佐は旅団の第13魔導砲兵連隊の連隊長じゃ。13連隊は、旅団の中でも射撃精度において右に出る連隊はない。そうだったな?大佐?」


 グリーデン・キスリング。身の丈は180を超えると思われ、がっしりとした体格、日に焼けた肌が赤く染まり、眉が無く、ギョロリとした目が特徴的な、オールバックの将校であった。

 キスリングはマイトランドを睨みつけると、ヴァイトリングに返答するように姿勢を正し、マイトランドへ、その野太い声で一言だけ名を名乗った。


「はい、小官がキスリングであります。」


 マイトランドも上官より先に挨拶をされては立つ瀬がない。すぐに姿勢を正すと、キスリングに向け敬礼をしながら自己紹介をした。


「申し訳ありません!ドワイト分隊、ラッセル2等兵であります!」


 自己紹介が終わっても、キスリングがまるで彫刻の様に微動だにしないため、マイトランドは敬礼の手を降ろすことが出来なかった。

 上官が答礼するまで、下の者は手を降ろせない。新兵教育で叩き込まれた基本であった。

 10秒が過ぎ、20秒が過ぎた。額の横に上げた右腕が、じわじわと重くなってきた。見かねたヴァイトリングは、2人のやり取りに口をはさむ形で発言した。


「大佐、どうした?若い参謀が手を降ろせないではないか。ふぉふぉふぉ。」


 キスリングは、ヴァイトリングの発言に、唇以外全く動かさずに返答した。


「もう一名、まだ名前を聞いておりませんでしたので。」


 もはや職人芸と言っても過言ではないほど、基本教練に忠実な軍人であった。

 旅団の兵たちの間で、キスリングは陰で「石像」と呼ばれていた。号令がかかるまで一歩も動かず、号令がかかれば寸分違わず動く。その部下たちもまた、旅団で最も正確に動く砲兵であった。

 それを見たドワイトは、しまったとばかりにおっとり刀で姿勢を正すと、敬礼し名乗った。


「失礼いたしました。ドワイト分隊、分隊長ドワイト曹長であります!」


 キスリングは、名を名乗るドワイトの敬礼に一瞬だけ目をやった。


「肘が、下がっている。」


「……はっ。」


 ドワイトが慌てて肘を上げると、キスリングはそれを鼻で笑い、自分の乳首を切り落とすかの様に、手を最短距離で素早く上げ、敬礼を返すと、2人の敬礼の手を降ろさせた。


「私の連隊が、貴官たちの指揮下に入る。作戦の立案時、変更時は、連隊指揮所天幕まで来られよ。」


 それだけ話すと、キスリングはまた元の石の彫刻に戻った。


「「イエッサー!」」


 という2名の返事を待って、ヴァイトリングがキスリングに告げた。


「それでは、大佐、後は任せたぞ。儂はこの二人とまだ話がある。」


「はっ。小官はこれにて失礼いたします。」


 キスリングが司令部を出るのを確認すると、ヴァイトリングが口を開くより早く、マイトランドが耳打ちするようにドワイトに尋ねた。


「分隊長、大丈夫ですか?あんな堅物と仲良くなれますか?」


「いや、ちょっと今回ばかりは、お前の力になってやれることが出来ないかもしれん。少尉になるのはちと難しそうだな。大佐といるとこっちが新兵教育を受けているみたいだ。」


「はい?できなくてもやってくださいよ。」


「できることはやってみよう。あの方の名前を出せばイチコロだろうしな。」


 2人が会話を終えると、ヴァイトリングが包みを開いた。


「魔道具とはコレのことじゃろうか?」


 マイトランドは開いた包みの中身を確認した。そこには、帝国で使っていたものとは大分違う、巻貝状の魔道具があった。

 掌に乗るほどの大きさで、渦を巻いた殻の口に向かって話し、耳に当てて聞く造りらしかった。殻の表面はところどころ擦り切れ、長く誰かの手を渡ってきたことを物語っていた。

 一つ手に取ると、ヴァイトリングに確認した。


「准将閣下、これは、帝国で使っている物と同じ機能の物ですか?」


「うむ。儂も知らんのじゃ。魔導通信機というらしいのぉ。どうか!」


 この老人は、困った時は”どうか”で副官に確認するのであった。

 もちろん断れない副官は、マイトランドへ丁寧に魔道具の説明をした。


「これは08型魔導通信機と言う。ヴェルタ歴208年に、帝国で不要になった物を全て貰い受けた。現在、帝国魔導研究所で製造している物は、皇歴1705年製造の物であるが故、05式魔導通信具と言う様だ。そこにある11個は旅団の予備である。決して壊したりしないように。08型は05式の3世代遅れの様だが、我が軍ではまだまだ現役である。」


 副官は、最後の部分だけ少し恥ずかしそうに説明を終えると、魔道具を全て先ほどの包みに戻し、マイトランドに手渡した。


 11個。

 マイトランドは、頭の中で素早く割り振った。

 ジェラルトに1つ。キスリング連隊に1つ。分隊長に1つ。前線で観測する者に、いくつか。アダムスとイブラヒムの間には、双子の念話がある。魔道具が要らない分、他へ回せる。

 足りる。ぎりぎりではあるが、足りる。


「ありがとうございます。損失が出ないように気を付けます。」


「それと、約束の馬じゃ。10頭、兵舎の方へ回しておいた。」


 ヴァイトリングが思い出したように付け加えると、マイトランドはもう一度頭を下げた。

 そして、ヴァイトリングの許可を得て、ドワイトと共に司令部を退室しようとした時であった。


「若い参謀よ。」


 背中に、老将の声がかかった。


「帝国の生地は、確かに丈夫じゃがな。」


 マイトランドの足が止まった。

 襟の下には、まだ帝国の軍服を着込んだままであった。


「戦場では、脱いでおけよ。味方に撃たれては、元も子もないでな。」


 振り返ると、ヴァイトリングは既に地図に目を落としていた。

 それ以上、何も言わなかった。何も聞かなかった。


「……はっ。」


 マイトランドは深く頭を下げると、今度こそ司令部を退室した。

 天幕を出てしばらく歩いてから、ドワイトが低い声で言った。


「……気づいてたな、あの爺さん。」


「最初からでしょうね。」


 知っていて、黙っていた。そして、問い詰めることもなく、ただ忠告だけを置いていった。

 50年、砲を撃ってきた老将の、それが流儀であった。

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