第119話「今回だけは」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
「まてまてまて、それでは儂の旅団が、ヴェルティエの阿呆に疑われるではないか。お前は利口なのか?バカなのか?」
沈黙を破ったのは、ヴァイトリングであった。
「はい、ですから旅団とは別の1個連隊をお借りしたいと申しました。」
「旅団とは別の、じゃと?」
「キスリング大佐の第13魔導砲兵連隊を、連隊長ごと旅団の砲列から引き抜かせてください。」
キスリング大佐の、眉の無い額に深い皺が寄った。
「連隊長ごと、だと?連隊を貸すだけでは足りんのか。」
「連隊長がいなければ、連隊は機能しません。旅団の砲列から離れた場所で、連隊長の号令一つで撃てる連隊が要るのです。旅団の残りは、別の部隊を組み込んでも回ります。」
「なぜ私の連隊だ。メイでも、ファウストでもよかろう。」
キスリングの声には、苛立ちが滲んでいた。
新兵に指名されること自体が、大佐の矜持を逆撫でしていた。
「先ほど、『砲兵は戦場の女神』と申し上げた時、最初に頷かれたのは大佐でした。」
キスリングの口が、半開きのまま止まった。
「敵の砲がどこから撃ってくるかわからない怖さを、一番よく知っておられる方だと思いました。味方の鼻先に落とす砲撃は、一つ間違えば味方を焼きます。怖さを知らない人には、任せられません。」
キスリングは、しばらくマイトランドを睨んでいた。
メイ大佐が、隣で小さく肩をすくめた。ファウスト大佐は、なぜか少しだけ悔しそうな顔をしていた。
やがて、キスリングは大きく息を吐いた。
「……新兵に、連隊ごと引き抜かれるとはな。」
それが、承諾の言葉であった。
マイトランドは、ヴァイトリングに向き直って続けた。
「それにしっかり測量している訳ではありませんし、砲撃にも色々な種類があるのです。砲弾がどこに落ちるかなど、誰もわかる訳がないかと。」
マイトランドの言う砲撃の種類とは、味方の攻撃がしやすいように火力の優越などを獲得し、敵の防御組織を砕く為の攻撃準備射撃、味方の突撃を支援する突撃支援射撃、敵の突撃を妨害する突撃破砕射撃など、様々あった。
そのどれかが、たまたま味方の鼻先に落ちたところで、戦場の混乱の中では誰にも咎めようがない。
ヴェルタの砲兵は、これまで散々「どこに落ちるかわからない」と陰口を叩かれてきた。その不名誉が、今回に限っては隠れ蓑になるのであった。
リュッケ中佐が、呆れたように呟いた。
「……我々の砲の不正確さを、盾にする気か。」
「はい。今回だけは。」
マイトランドの真顔の返事に、メイ大佐が、ついに噴き出した。
ヴァイトリングは、今度は首をかしげながら口髭を触ると、マイトランドの思惑に乗るかの様に答えた。
「で?失敗した場合、責任はだれが取る?重い罪に問われることになるぞ?」
責任問題を考えるという事は、マイトランドの計画をわずかながらでも採択したいという気持ちの表れであったのだろう。ヴァイトリングの心中を察すると、マイトランドはにやりと笑い答えた。
「それは、この計画を立案した、私と、ドワイト曹長。それにこの計画を採択するヴァイトリング准将ではないですか?それに、もともと失敗する可能性の高い攻勢計画です。全滅するか、ヴァイトリング准将の功績で勝利を手にするかのどちらかかと。」
ドワイトの顔から、すっと表情が消えた。
(……俺も入ってるのか)
立案した覚えなど、一つもなかった。
だが、ドワイトは何も言わなかった。失敗すれば、首が飛ぶ。成功すれば、この新兵の手柄に、分隊長として名が並ぶ。頭の中で素早く天秤を傾けると、ドワイトは黙って背筋を伸ばした。
その足元で、うずくまっていたジェラルトが、頭を押さえたまま肩を震わせた。笑いを堪えているのであった。
ドワイトの靴の踵が、その手の甲を静かに踏みつけた。
「……っ!」
ジェラルトの声にならない悲鳴を、誰も聞かなかったことにした。
ヴァイトリングは、また目を瞑り少し沈黙すると、自身の進退について考えた。その間、その場にいた誰もがその沈黙を守った。
50年、砲を撃ってきた。
その間、上の者の杜撰な命令で、何人の砲兵が死んでいったか。何度、黙って従ってきたか。
今、目の前にいるのは、新兵の階級章をつけた小僧であった。だが、その小僧の言うことは、50年の間、誰も言わなかったことであった。
しばらくすると、ヴァイトリングは、ようやくその考えがまとまったのか、目をカッと見開くと同時に口を開き副官を見た。
「よし、儂はこの新兵の案に乗ろうと思う。残り6日のこやつの準備状況をも確認してになるがな。どうせ残り少ない人生じゃ、責任を取らされてもどうということはない。もし成功すれば、功績大としてヴェルティエの上に立つこともできるじゃろうて。どうか!」
「閣下のご随意に。」
副官にも思うところはあっただろうが、ヴァイトリングの決意に賛成すると、その思いを裏付ける様に、マイトランドを睨みつけた。
◇
司令部を出た途端、ドワイトの手が、マイトランドの襟首を掴んだ。
「おい。」
低い声であった。
「いつ、俺が立案した。」
「分隊長の分隊の作戦です。分隊長の名前が無ければ、通りません。」
「……勝手に、俺の首を賭けやがって。」
「成功すれば、分隊長の手柄です。」
ドワイトは、しばらくマイトランドの顔を睨んでいた。
やがて襟首から手を離すと、舌打ちを一つした。
「6日だぞ。やれるのか。」
「やるしかありません。」
後ろで、頭のこぶをさすりながら、ジェラルトがにやりと笑った。
「面白くなってきたじゃねえか。なあ、マイト。」
司令部の前では、残りの分隊員たちが、何事かと3人の顔を見比べていた。
後の世に言う、ヴェルタ第2軍の趨勢を決した約3か月にも及ぶ”トレーナの会戦””トレーナ攻防戦”開始の6日前の出来事であった。
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