第118話「味方の鼻先に」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
腰をおろし、しばらく沈黙をしたヴァイトリングは、重たそうに腰を持ち上げると、マイトランドを指差し尋ねた。
「軍規違反はいかん。軍規違反は。じゃが、軍規違反をせずにうまくやる方法はないか?ヴェルティエのヤツめを出しぬく様なすごい方法は。」
副官が、天を仰いだ。
軍規違反を諫めたばかりの口で、旅団長は新兵に抜け道を尋ねたのである。
「ないこともありませんが、この攻勢計画の発動時期はいつ頃でしょうか?」
「うむ。6日後であるな。どうか?」
ヴァイトリングが副官の方を向いて時期を確認すると、副官は頷きながら答えた。
「準備などから計画通りに事が進めば、本日を含めて7日目、つまり6日後で間違いありません。」
(6日……)
マイトランドは、頭の中で指を折った。
馬に慣れるのに1日。道具を揃え、使い方を覚えるのに1日。地形を見て回り、観測の場所を決めるのに2日。残りの2日で、試し撃ちと手順の確認。
余裕は、どこにも無かった。
ヴァイトリングはマイトランドに向き直り、再度尋ねた。
「6日あればこの攻勢計画を成功に導けるか?どうか!」
「確証はありませんが、味方の支援、旅団本体とは別に、正確な援護射撃のできる1個魔導砲兵連隊ほどの支援と、数個の魔道具、各師団と各指揮官の情報、それと我々に馬をくだされば成功する可能性は高まるかと。」
「馬じゃと?」
ヴァイトリングは、眉をひそめてドワイトを見た。
「お主らは騎兵連隊の偵察中隊であろう。馬はどうした。」
「……偵察中隊とはいえ、分隊に回ってくる馬はありません。北の山では、足の方が役に立ちましたので。」
ドワイトが淡々と答えると、ヴァイトリングは鼻を鳴らした。
「ヴェルティエめ、騎兵連隊の分隊を歩かせておったか。……よかろう、馬は儂が出す。」
床にうずくまっていたジェラルトが、頭を押さえたまま小さく拳を握った。
「馬と、連隊は別として、魔道具とは?」
「はい。帝国砲兵連隊で使用している連絡用の通信用魔道具です。」
「ああ、あれの事じゃろうか。ただ、いかんせん数が無いな。旅団で20あるかないかじゃ。」
旅団にある通信用の魔道具は、帝国から買い入れた高価な品であった。
数が少なく、これまでは旅団司令部と上級司令部の間の連絡にしか使われてこなかった。前線の射弾の修正に使うことなど、誰も考えたことがなかった。
帝国の砲兵がそれをどう使っているかを見てきたのは、この場でマイトランドただ一人であった。
「数は、それで足ります。」
「足りる、じゃと?20でか。」
「全部の砲に繋ぐ訳ではありません。要所に置くだけです。それに、一番大事な繋ぎは、魔道具ではありませんので。」
マイトランドは、それ以上を言わなかった。
アダムスとイブラヒム。双子の念話こそが、この作戦の背骨であった。だが、それをここで明かす必要はなかった。
「では、情報とは何じゃ。」
「各師団の指揮官が、どういう人物かです。誰が先走り、誰が慎重で、誰が命令を待つのか。」
その問いに、ヴァイトリングの目が、初めて楽しげに光った。
「そんなものなら、儂の頭に入っておるわ。50年分じゃ。」
老将は、地図の上の青い駒を、一つずつ指で叩いていった。
「この歩兵師団の長は臆病者じゃ。号令が出ても、隣が動くまで動かん。こっちは酒飲みで、朝が弱い。こっちは真面目じゃが、真面目すぎて地図の通りにしか歩けん。そして……」
最後に、指が重装歩兵師団の駒の上で止まった。
「ベルナドットは猪じゃ。前に敵がおれば、号令を待たずに突っ込む。後ろに味方がおらんでも、突っ込む。」
「それが一番、危ないのです。」
マイトランドの即答に、老将は満足げに頷いた。
「しかし、新兵の案に乗ると言うのもな……。儂は納得したとしても周りが納得せんわい。」
ヴァイトリングは、口髭を触りながら、新兵の意見に従って失敗した際の自身の進退について考えていた様であった。
「そうですか。では諦めて現在の攻勢計画に従いましょう。」
ヴァイトリングの考えを遮るようにマイトランドが答えると、ヴァイトリングは思い出したように反応した。
「まだ、お主の意見に決めないと言っている訳ではないわ!魔道具と、連隊、それに情報があると軍規違反をせずに勝てると言うが、どの様にしてじゃ?」
「はい、1個魔導砲兵連隊の火力で味方の進軍を調整したく思います。」
「うん?少し言っている意味が解らんな。」
「この攻勢案であれば、どうせ、数に任せた全軍突撃しかないと推測します。ですので、味方に当てる事なく各師団の前面に砲弾を落とし、進軍を阻害して進軍速度を調整したく思います。」
司令部の空気が、凍りついた。
「み、味方を撃つ気か、貴様!」
真っ先に声を上げたのは、フラウボ中佐であった。
「撃ちません。鼻先に落とすだけです。」
「同じことだ!」
「違います。」
マイトランドは地図に歩み寄ると、断りもなく、重装歩兵師団の青い駒をつまみ上げた。
幕僚たちが息を呑むのも構わず、その駒を、他の駒よりずっと前へと進めてみせた。
「全軍突撃となれば、足の速い歩兵師団から突出します。何より、功を焦ったベルナドット将軍の重装歩兵は、今お聞きした通り、真っ先に敵へ飛び込むでしょう。」
突出した青い駒の周りを、マイトランドの指が、赤い駒で囲んでいった。
「突出した部隊から順に、敵に食われます。一つ食われれば、隣が崩れ、また一つ食われる。」
そして、突出した駒を、元の列まで引き戻した。
「ですから、前に出すぎた部隊の鼻先に砲弾を落として足を止め、敵に近づけさせないのです。足並みが揃えば、数の優位が生きます。」
青い駒は、再び一列に並んでいた。
誰も、何も言わなかった。
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