第117話「悪口なら許可しよう」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
その瞬間、それまで沈黙を守っていたヴァイトリングが、目を閉じたまま口を開いた。
「もうよい。新兵、発言を許可する。儂はあの男は好かん。あの男の悪口を言うなら許可しよう。で?どのように杜撰なのか申してみよ。」
振り上げられた副官の拳が、宙で止まった。
副官はしばらく旅団長を睨むように見ていたが、やがて舌打ちを一つ残して、手を離した。
マイトランドは乱れた襟を正し、発言した。
「問題点は多々ありますが、大きくは5点です。」
マイトランドの説明はわかりやすく明確であった。
「1点目は、敵の所在です。敵主力が今、どこで、何をしているのかが、説明頂いた情報では明確ではありません。この計画は、主力が西門を、騎兵が北門を、ほぼ同時に攻めることを前提にしています。ですが、敵が城に籠る前に、城の外で主力を構えて待っていたらどうなりますか?」
「敵は城に籠る。」
即座に返したのは、幕僚のリュッケ中佐であった。
「第1軍団の丘ですら、戦わずに明け渡した連中だ。城を捨てて野戦に打って出る気概など、あるものか。」
「あれは退いたのではなく、誘ったのではありませんか。」
リュッケが、言葉に詰まった。
目を閉じたままのヴァイトリングの口髭が、わずかに動いた。
「敵がまず野戦でこちらの主力を受け止め、頃合いを見て城へ退けば、戦いは野戦から攻城戦に変わります。そうなれば、主力は西門の手前で足止めされ、北門に回った騎兵4個師団は、主力の到着を待てないまま、城壁の前で孤立することになります。……それに、この計画には、攻城の備えが見当たりません。」
リュッケは、それ以上何も言わなかった。
「2点目は、敵の規模です。敵の規模が分からないのに、これだけの戦力を前面に投入してよろしいのでしょうか?」
「偵察の報告では、トレーナの敵第4軍の兵力は、我が第2軍の半分にも満たん。」
今度は、もう一人の幕僚、フラウボ中佐が口を挟んだ。
「それは、いつの報告でしょうか?」
「……半月前だ。」
「敵第4軍には、海沿いに張り付いた軍団がいくつかあると聞いています。半月あれば、そのうちの一つがトレーナに入っていても不思議ではありません。」
フラウボは腕を組み、黙り込んだ。
「3点目は、敵の砲兵です。帝国では『砲兵は戦場の女神』と呼ばれています。敵砲陣地がどこにあるかで、こちらの被害と士気も大きく変わってきます。」
帝国では。
その一言に、ヴァイトリングの白い眉が、ぴくりと動いた。
反論は、どこからも出なかった。
むしろ、キスリング大佐とメイ大佐が、小さく頷いていた。この部屋にいるのは、全員が砲兵であった。敵の砲がどこから撃ってくるかわからない戦場の恐ろしさを、誰よりも知っている者たちであった。
「4点目は、補給路と連絡です。騎兵4個師団が大きく迂回して北門に回る間、西の主力とどう連絡を取り、どう攻撃の時を合わせるのでしょうか。」
「伝令を走らせる。当然だろう。」
そう言ったのは、第3魔導砲兵連隊長のファウスト大佐であった。
「北門と西門の間を、伝令が走る間に、敵は動きます。」
マイトランドは、静かに続けた。
「それは、前線から砲陣地へ走ってくる連絡将校と同じです。届いた時には、もう遅い。」
ファウスト大佐が、口を開きかけて、閉じた。
幕僚たちの間に、奇妙な沈黙が落ちた。
走ってくる連絡将校の報告を待ち、あいまいな誤差に頭を抱える。自分たちが長年抱えてきた問題と、同じ形をしていた。
「それに、遮断すると言う敵の補給路も、本当に斥候を出して全てしらみつぶしに確かめたのでしょうか?補給路は通常、複数用意しておくものです。」
答える者は、いなかった。
「5点目は、敵の増援の有無です。この目で確かめましたが、近くには帝国軍と隣接している敵の軍団規模もおりますし、すぐに増援が来るのではないでしょうか?」
この目で、というのは半分だけ本当であった。
残りの半分は、水色の鳥の目であった。マイトランドは異能で飛ばした鳥と、帝国の砦で得た情報から、敵軍団のおおよその規模を確かめていたのである。
ヴァイトリングは閉じて聞いていた目を大きく開くと、マイトランドを見た。
見開かれた老将の目は、一瞬だけマイトランドの襟元に向けられ、すぐに顔へと戻った。
「小僧。名前は?」
「ラッセル2等兵です。」
「よろしい。ラッセル、お前の言は理にかなっておる。じゃが残念なことに、この杜撰な攻勢計画は、既に総司令官ツェッペリン将軍の許可を、ヴェルティエがとっておる。したがってじゃな、第2軍としてこの攻勢計画を変更することは出来ん。」
「では、諦めて命令に従います。」
「まぁ焦るでない。お前ならばどうするか?この旅団だけで、戦況を大きく変えることはできるか?」
「はい。敵に局地的な勝利により打撃を与え、味方被害を最小限に抑えることは出来るかと。」
マイトランドが答えると、ヴァイトリングは羊皮紙に二つの言葉を書き記し、顔を烈火の如く赤くし、大声で叫んだ。
「儂はな!貴官らを、ヴェルティエから借り受ける際、文でやりとりがあってじゃな。委譲と言う言葉を使われた!移譲ではなくこの委譲だ!」
羊皮紙には、「委譲」と「移譲」の二文字ずつが、叩きつけるような筆で並んでいた。
何を言っているのか戸惑ったマイトランドであったが、その言葉の意味は次のヴァイトリングの言葉で判明した。
「委譲とはな、上の者が下の者に、己の権限を任せてやる時に使う言葉じゃ。あの若造は、儂に分隊を貸すのではなく、恵んでやったつもりでおるのよ。」
ヴァイトリングは、羊皮紙の「委譲」の文字を、指で何度も叩いた。
「確かに儂は准将で、ヴェルティエよりも2つほど階級が低い。指揮する部隊も、旅団と師団では規模が違う。じゃが、国に尽くした年数は儂が上じゃろう!」
老将は、机に両手をついて身を乗り出した。
「儂はな、16で砲兵の見習いになった。それから50年近く、この国の砲を撃ってきた。北の国境でも、海沿いでもじゃ。魔力を搾り尽くして何度も倒れ、詠唱で喉が潰れ、隣の砲班が丸ごと吹き飛ぶのも見てきた。……あの若造が乳母の乳を吸っておった頃には、儂はもう砲班長じゃったわ!どうか?」
「面白れぇじいさんだな。気が合いそうだぜ。」
静まり返った司令部に、ジェラルトの声がやけに大きく響いた。
「き、貴様ぁ!旅団長閣下に向かって、じいさんとは何事か!」
副官の顔が、今度こそ真っ赤に染まった。
だが、副官が詰め寄るより早く、ドワイトの拳がジェラルトの脳天に落ちた。
ゴツン、と鈍い音がした。
「いってぇ……。」
ジェラルトは頭を押さえてうずくまりながらも、口だけは止まらなかった。
「……早い話が、このじいさんの憂さを晴らしたいんだろうが。協力しようぜ?」
「お前は黙ってろ。」
ドワイトの二発目が、同じ場所に落ちた。
「……申し訳ありません。こいつは後で締めておきます。」
今度こそ声も出せずにうずくまるジェラルトの横で、ドワイトが深々と頭を下げた。
ヴァイトリングは、ジェラルトをちらりと見やっただけで、何も言わなかった。ただ、口髭の端が、ほんのわずかに持ち上がっていた。
図星であった。
ヴァイトリングは咳払いを一つすると、マイトランドに向き直った。
「……で、どうか?ラッセル。国に尽くした年数は、ヤツより儂の方が上じゃろう。」
「はい。確かに。」
マイトランドは真顔で一つ頷いてから、真っ直ぐに老将を見た。
「しかし、国に尽くした年数で、勝敗が決まるものではありません。」
副官が息を呑み、幕僚たちが顔を見合わせた。
ヴァイトリングは目を細め、しばらくマイトランドを見据えていたが、やがてふんと鼻を鳴らした。
「……言いおるわ。わかっておる。年数で戦に勝てるなら、儂はとうに元帥じゃ。」
老将は、地図の上で北門の前に並んだ青い駒を、忌々しげに睨んだ。
「じゃからこそ、ヤツの立てた攻勢計画にしたがって死ぬのはごめんじゃ。」
ヴァイトリングがそこまで言うと、黙っていた副官が口を開いた。
「閣下、それでは軍規違反になりますぞ!どうかご自重を!」
副官に諭されたのか、ヴァイトリングは旅団長席にドスリと腰をおろし、また少しの間沈黙した。
その沈黙の間、老将の目は、地図と、マイトランドの顔とを、何度も行き来していた。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると大変励みになります。次回もよろしくお願いします!




