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第116話「前進観測班」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

ヴァイトリングは、ドワイト分隊の全員を確認すると、その固く閉ざされた口を開いた。


「ご苦労。分隊長以外は全員新兵であるか。分隊長は儂と一緒に、司令部の中に入れ。作戦行動について説明するでな。」


 ヴァイトリングの言葉に、ドワイトは即座に反応した。


「2名ほど同行をお許し願えますでしょうか。」


 ヴァイトリングはその首をかしげると、答えた。


「新兵を……であるか?何がしたいのかはわからんが、許可しようではないか。3名は入れ。」


「ありがとうございます。」


 ドワイトは返事をすると、マイトランド、ジェラルトの両名を連れ、ヴァイトリングと幕僚の後に続き、司令部へと入った。


 中には大きな木製の机があり、やはりここにも地図が広げられていた。


 トレーナを中心に描かれた地図の上には、木彫りの駒がいくつも並べられていた。青い駒がヴェルタ、赤い駒がカルドナ。青い駒の数は、赤い駒を大きく上回っていた。


 机の周りには、旅団の幕僚たちが並んでいた。

 幕僚のフラウボ中佐とリュッケ中佐。そして、旅団隷下の魔導砲兵連隊を率いる3人の連隊長。第13魔導砲兵連隊長グリーデン・キスリング大佐、第18魔導砲兵連隊長メイ大佐、第3魔導砲兵連隊長ファウスト大佐。

 誰もが、旅団長と共に長く砲を撃ってきた顔つきであった。

 その幕僚たちの視線が、一斉に新兵2人に注がれた。値踏みする目、訝しむ目、あからさまに眉をひそめる目。


 ジェラルトが小さく肩をすくめ、マイトランドは背筋を伸ばした。

 ドワイトだけが、何事もないように前を向いていた。


 副官と見られる佐官が、全員揃ったことを確認すると、攻勢計画の説明に入った。

 数日前、ヴァイトリングにヴェルティエからの文を手渡した男であった。


 攻勢計画とは、敵を積極的に求め、1回か複数回にわたる攻撃を主とする攻勢作戦の計画であった。


 攻勢計画の中身は、トレーナの城を制圧するためのものであった。

 主力は、ベルナドット指揮する重装歩兵師団2個師団を前面に、両翼を6個歩兵師団で固め、その両翼を2個騎兵師団。後方に2個弓兵師団、2個魔導砲兵旅団、更にその後方に後詰として銃歩兵師団1個師団を配置して、トレーナの西門へと進軍する。その間に、ヴェルティエ率いる4個騎兵師団が第2軍団として大きく迂回し、道中で敵の補給路を遮断しつつ、トレーナの北門から攻撃を開始する。

 西と北、2方向からトレーナを攻め、陥落させるというものであった。


 副官の手で青い駒が次々と動かされ、最後に西門と北門の前で止まった。

 幕僚の何人かが、満足げに頷いた。


 なんとも杜撰な計画であった。


 副官は攻勢計画を説明し終えると、ドワイトに告げた。


「貴官はドワイト分隊全員を伴い、旅団の前進観測班として、味方の魔導砲撃の射弾の観測及び修正、敵情偵察の任務を実施せよ。」


 前進観測班。

 その言葉に、マイトランドは思わず顔を上げた。帝国の砦で見た、あの班と同じ名であった。


 ヴェルタの魔導砲兵には、これまで着弾を見届ける仕組みが無かった。

 前線から連絡将校が砲陣地まで走ってきて、どれだけ外れたかを口で説明する。走ってくる間に敵は動き、説明される誤差はあいまいで、射弾がどれほどの効果を上げたのか、砲兵自身にもはっきりとはわからなかった。


 ヴァイトリングは、各国の情勢を見渡す中で、帝国の砲兵が抱える前進観測班の存在を知った。そして、それを喉から手が出るほど欲しいと思っていた。

 その「目」の役目が、今、分隊に回ってきたのであった。


 マイトランドの脳裏に、帝国の砦で潜り込んだ掩体が蘇った。


 敵陣を見下ろす尾根の、藪にしか見えない一角。その中で、帝国の兵が遠眼鏡を覗き、着弾の位置を読み上げていた。

 右へ20、引け30。

 狙いより右へ20ミル、手前へ30メートル直せ、という意味であった。左右は角度で、奥行きは距離で伝える。それが帝国の砲兵のやり方であった。

 どういう仕組みかはわからなかったが、読み上げられた数字はすぐに後方の砲へと届き、次の一発は、確かに敵の頭上に落ちた。


 あの時マイトランドが驚いたのは、見ることではなかった。

 見たものが、すぐに砲へ届くことであった。


(伝える手段さえあれば……)


 そこまで考えて、マイトランドは息を呑んだ。


 この分隊には、それがあった。


 アダムスとイブラヒム。

 念話は、2人の間でだけ通じる双子の異能であった。その代わり、2人の間であれば、どれだけ離れていても必ず届く。

 一人が前線に潜み、一人が砲陣地に控えれば、前線で見た誤差を、走らずに、一瞬で砲へ伝えることができる。連絡将校が走る間に敵が動く。その問題が、念話なら消える。


 ヴァイトリングがそれを知って分隊を選んだとは思えなかった。借り受けたのは、ヴェルティエが寄越した分隊にすぎない。

 だが、偶然にも、この分隊は前進観測班として、これ以上ない条件を揃えていた。


 マイトランドは、隣のドワイトを横目で見た。

 ドワイトの口の端が、ほんのわずかに上がっていた。同じことに気づいた顔であった。


 ドワイトは、命令を受けるとマイトランドに尋ねた。


「お前の見立てではどうか。」


 幕僚たちが、ざわめいた。

 曹長が、旅団長の前で、2等兵に意見を求めたのである。


「はい。十中八九失敗するか、成功したとしても大損害が出ると思います。」


「理由は?」


「計画があまりにも杜撰です。攻勢計画を立案したのは余程のバカか、自信過剰な人間でしょう。」


 マイトランドがそこまで言い終わると、副官が、マイトランドの言葉に反応し激昂した。


「貴様!新兵の分際で知ったような口を利きおって!これはお前達の上官にあたる、ヴェルティエ中将自らの発案だぞ!」


 そう言い、副官はマイトランドに詰め寄ると、その胸倉を掴み上げた。

 副官の拳が、高々と振り上げられた。

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