第115話「臆病な陣地」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
そこから1日。
グルノブルットの後方へ回り込むように進むと、景色が少しずつ変わっていった。
平地のあちこちに、丸い穴が点々と穿たれていた。穴と穴の間は、どれも同じくらいの間隔で空けられていた。
マイトランド達は、司令部に到着する前に、普段見ることのできない光景を目にすることになった。
「マイト、あれはなんだ?」
5名1組で、クレーター状の穴を掘り、その中で訓練する兵士を見て、不思議そうに聞くジェラルトに、マイトランドは先日も得た知識を披露した。
「あれは、砲陣地だな。」
「砲陣地?なんだそれ?」
「お前なあ。先生にも習ったことがあるはずだが?」
「忘れたぜ。興味ないことはすぐに忘れちまうんだ。」
「うん、砲陣地と言うのはな……。」
砲陣地、それは砲班が魔導砲を発射するのに、最適な陣地を指した。
砲班は5名一組で、砲班長、魔導砲手、魔導詠唱手、測距手、対空手で構成されていた。
砲班長は、通常、下士官が選任された。砲班のまとめ役であった。
詠唱手は、詠唱によって魔力の火球を大きく育て、砲弾の威力を作る役割を担った。
砲手は、詠唱手が大きくした火球を安定させ、敵のおおよその方角へ向けて撃ち出す役割を担った。いわば装薬であり、引き金であった。
測距手は、その火球に距離の計算を施し、左右のぶれを無くす役割を担った。火球を狙い通りに飛ばすための安定材であった。着弾が見えれば、次の一発の距離を計算し直すのも、測距手の役目であった。
残りの対空手は、敵の撃ち返しなどに対し、これを警戒し魔法障壁を張ったり、敵空中戦部隊(ドラゴンや飛竜)などの襲来に備え、対空魔法で迎撃する役割を担った。
魔導砲は一部の場合を除き、上方に大きく弧を描いて敵に着弾した。すなわち、砲班は敵を直接見る必要が無かった。
それら砲班が、身を隠しながら戦う為に構築する陣地が、砲陣地という訳であった。
ちょうど、一番手前の砲陣地で訓練が始まるところであった。
「目標、正面の丘!距離、およそ2000!」
砲班長の号令が飛ぶと、穴の中の4人が一斉に動いた。
詠唱手が低い声で詠唱を始めると、穴の中央に小さな火の玉が生まれ、見る見るうちに膨れ上がっていった。
砲手がその火球に両手をかざし、揺らぐ炎を押さえ込むように安定させながら、丘の方角へと向ける。
測距手は穴の縁の土手に這い上がると、目盛りの刻まれた棒を丘に向けて突き出し、距離を読み上げた。その声に合わせて、火球の左右のぶれが、少しずつ収まっていった。
そして対空手は、ただ一人、丘ではなく空を見上げていた。
「撃て」の号令がかかる直前、砲班長が片手を上げた。
砲手が両手を下ろすと、膨れ上がっていた火球は、ふっと掻き消えた。訓練であった。
「……なあ、なんで一人だけ空見てんだ?」
「敵は、正面からだけ来るとは限らないからだ。空を飛ぶ部隊もいる。ヴェルタにも少しだけあるし、敵にもある。」
「空から来たら、あの穴じゃ丸見えじゃねえか。」
「だから、ああする。」
マイトランドが顎で示した先では、訓練を終えた隣の砲班が、枝を編み込んだ網を穴の上に引き被せていた。
網が掛かると、穴はただの窪地になった。
「なるほどなあ。……じゃあよ、そもそも穴なんか掘らずに、平らなところから撃てばいいじゃねえか。そっちの方が楽だろ。」
「撃ったら、撃ち返される。」
マイトランドは、穴の周りに盛られた土手を指差した。
「掘った土を周りに盛って、土手にする。撃ち返された魔法の爆風や破片は、あの土手が受け止める。穴の底にいれば、直撃でもない限り死なない。」
「じゃあ、なんで丸いんだよ。四角い方が掘りやすいだろ。」
「丸ければ、砲の向きをどっちにでも変えられる。敵が右から来ようが左から来ようが、穴の中でぐるっと回るだけでいい。」
「ほぉ。」
ジェラルトの相槌が、少しだけ真面目になった。
「……じゃあよ、陣地と陣地の間が、やけに空いてるのはなんでだ?並べた方が、号令も届きやすいだろ。」
「一ヶ所にまとめたら、一撃で全部やられる。散らしておけば、どれかは残る。」
ジェラルトが、口を閉じた。
イブラヒムも、ポエルも、何も言わなかった。
丘ごと消えた、14000人。
誰もが、同じものを思い浮かべていた。
「散らして、隠して、穴に潜る、か。……臆病な陣地だな。」
しばらくして、ジェラルトがぽつりと言った。
「臆病な方が、長生きする。」
マイトランドの答えに、ジェラルトは鼻を鳴らした。
その時、後ろを歩いていたセリーヌが、ぼそりと呟いた。
「偽装が甘いわね。」
全員が振り返った。
セリーヌは、網を被せたばかりの砲陣地を、つまらなそうに眺めていた。
「上から見たら、網の縁が影になってる。あれじゃ、空からは穴があるって教えてるようなものよ。」
それだけ言うと、セリーヌはさっさと先へ歩いていった。
マイトランドは、網の縁に目を凝らした。確かに、日の傾きに合わせて、網の縁に沿った細い影が、丸く地面に落ちていた。
(……ただの新兵じゃない)
ポエルが、マイトランドの隣で2度頷いた。
「思い出したか?」
マイトランドが気を取り直してジェラルトに聞くと、ジェラルトは頭を掻いた。
「あー。あん。なんとなく。」
ジェラルトの生返事に、マイトランドは首を左右に振ると、それ以上の説明を諦めた。
だが、マイトランド自身の頭の中では、説明はまだ終わっていなかった。
砲班は、敵を直接見なくても撃つことが出来る。
では、撃った先に何があるのか。落ちた魔導砲弾が、どこに当たったのか。それを、誰が見るのか。
帝国の砲兵の先には、必ず前進観測班がいた。
敵の間近に潜み、着弾を見届け、どこへ撃てば良いかを砲に伝える者たち。帝国の砦で、マイトランドはその掩体に入るまで、それがそこにあることにすら気づけなかった。
目の前の砲陣地は、よく隠れていた。散らされ、離され、覆われていた。
だが、その先に「目」は無かった。
随伴任務。
ブラウンの口にしたその言葉が、マイトランドの中で小さく引っかかった。
旅団司令部に到着すると、分隊は司令部前で整列した。司令部外で待機していた兵士に所属と階級を告げると、司令部より、口髭を蓄えた老齢の名将ヴァイトリングが、多数の幕僚を引き連れ姿を現した。
ヴァイトリングは、並んだ10人を端から順に眺めた。
叩き上げと聞く分隊長が一人。残る9人は、揃いも揃って新兵の階級章であった。
リザードマンがいた。やけに耳の良さそうな獣人の娘がいた。女の兵もいた。
副官の調べは、まだ半分も上がってきていなかった。上がってきた半分だけでも、奇妙な分隊であった。
そして、老将の目が、一人の兵の襟元で止まった。
ヴェルタの軍服の襟の下から、わずかに覗く生地。
この国の物ではなかった。
(……ほう)
ドワイトは慣例に倣って、大声で着任の挨拶をした。
「第2軍団、第29騎兵師団、第198騎兵連隊、偵察中隊、ドワイト曹長以下10名、旅団司令部付偵察分隊として、本日付で着任いたしました。」
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