第113話「見て、覚えました」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
交代の兵が、マイトランド達の待つ警戒監視所に到着する頃には、掩体、塹壕の設営、監視地域を網羅できる隠蔽された監視台も、3人で作った以前のものよりも強固なものに出来上がっていた。
穴は膝一つ分深くなり、底は奥へ向かって緩く傾いていた。雨が降っても、水は掩体の奥の一ヶ所に集まる。
覆いの枝は周りの茂みと同じ向きに差され、覗き口は斜めに切られていた。
監視台は、張り出した岩と倒木の陰に組まれていた。そこからなら、北側山脈の稜線から麓の沢まで、監視地域の全てを見渡すことが出来た。
マイトランドは交代の兵を驚かせぬよう、帝国軍の軍服の上から、ヴェルタ軍の軍服を着なおしていた。
「なんか、着ぶくれしてねえか?」
「うるさい。」
「その格好で帝国の兵隊とかち合ったら、どっちの味方かわかんねえな。」
「どっちからも撃たれるだろうな。」
ジェラルトとイブラヒムが声を上げて笑うと、頭上の枝が小さく揺れた。
木の上のポエルが、静かにしろと言わんばかりに枝を揺すったのであった。
予定通り交代の兵4名が監視所手前まで来ると、マイトランド達は交代の為の儀式を行うために整列した。
ポエルも木の上から音もなく降りてくると、列の端に並んだ。
それを見て、交代の兵が声を上げた。
「なんだ、階級章見てみろよ。こいつら全員新兵じゃねぇか。手柄を立てたってのは嘘か、偶然だな。」
「ああ、間違いない。こんなガキには無理だな。」
そう思うのも当然であった。通常であれば、新兵が手柄を立てるのはおろか、生きて戦場から帰るのも難しいとされていた。
新兵の多くは、最初の戦場で命を落とす。生き延びた者だけが、やがて古参と呼ばれるようになる。
交代の兵たちは、その生き延びた側の人間であった。
「はぁ?ふざけんなよ?目が腐ってんのか?なら今ここでやってみるか?お前ら全員と俺1人でいいぜ?」
そう言い出したのはジェラルトであった。
つい先ほどまで鼻をほじっていた男とは思えない目つきで、ジェラルトは一歩前に出た。その足元で、風が小さく渦を巻いた。
交代の兵も、言うまでもなくこれに反応した。
「やってやろうじゃねぇか!新兵の分際で!先輩兵士への口のきき方を教えてやる!」
二人の兵が剣帯に手をかけた。
イブラヒムが慌ててジェラルトの肩を掴もうとし、列の端のポエルは2度頷いた。やっていい、という意味であった。
一触即発の状況で、マイトランドが止めに入るより早く、交代の別の兵士が声を上げた。
「やめろ!お前達!仲間同士でいがみ合ってどうする!これを見てみろ。こんなものを作るヤツに手柄を立てることが出来ない訳があるか!」
そう言って、監視所を指差しながら両者の間に割って入ったのは、年のころは30前後の兵士であった。
日に焼けた顔に、古い刀傷が一筋走っていた。
兵士は監視所に歩み寄ると、屈み込んで覗き口の縁に手を当てた。
「見ろ。覗き口が斜めに切ってある。中の奴の顔は、正面からじゃ見えん。」
次に、掩体の底を靴先で軽く叩いた。
「底が奥に向かって傾いている。雨が降っても、水は奥の一ヶ所に集まる。寝る場所が濡れない。」
そして立ち上がると、監視所の上を見上げた。
「上から見ても、藪にしか見えん。」
二人の兵は、恐る恐る覗き口から中を覗き込んだ。
そして、黙り込んだ。
「俺はこの中隊で8年やってるが、こんな警戒所は見たことがない。……言っておくが、俺たちが寝泊まりする場所だぞ。作った奴に礼を言うのが筋だろうが。」
兵士はマイトランド達に向き直ると、頭を下げた。
「すまなかったな。俺の教育が行き届いていなかった。非礼を詫びよう。俺はジョン・ブラウン軍曹だ。ブラウンでいい。そっちの先任は?」
先任と言われると、反射的に皆マイトランドを見てしまった。全員が同じ日に入隊した2等兵で、先任も後任もないにもかかわらず、であった。マイトランドは、はあというため息と共に前に進み出ると、ブラウンに答えた。
「私です。マイトランド・ラッセルと言います。階級は2等兵です。」
「2等兵……。」
ブラウンは、マイトランドの顔と監視所を見比べた。
「これを考えたのは、お前か?」
「4人で作りました。私は……見て、覚えました。」
「どこでだ?」
マイトランドは、一瞬だけ言葉に詰まった。
帝国の砦で、帝国の工兵が半日で築いた掩体を見た。そう答える訳にはいかなかった。
「こいつ、見て覚えるのだけは得意なんすよ。」
横から口を挟んだのは、ジェラルトであった。先ほどまでの目つきは、もうどこにも無かった。
ブラウンは、しばらくマイトランドを見つめていたが、やがて小さく笑った。
「見ただけで作れるなら、それはもう才能だ。……連隊を潰した分隊の新兵ってのは、お前らのことか。噂は半分に聞いていたが、半分でも十分だな。」
マイトランドは、何も答えなかった。
答えられることが、何も無かった。
「そうか、ラッセル2等兵、お前達には、第72魔導砲兵旅団への随伴任務が出ている。直ちに分隊指揮所へと移動せよ!詳しくは分隊長に聞くといい。」
「わかりました。ラッセル2等兵他3名、分隊指揮所に帰還します。」
交代の儀式を終えると、4人は纏めてあった荷物を持ち、分隊指揮所へと移動を開始した。
しばらく歩いたところで、背後から、ゴツン、ゴツンと鈍い音が二つ聞こえてきた。
ブラウンが、二人の兵の頭を順に小突いた音であった。
「お前ら、今夜から毎晩、あの覗き口の角度を真似て切ってみろ。できるまで寝るな。」
「「そんなあ……。」」
ジェラルトが、振り返らずに吹き出した。
◇
そこからの4人は、新しい任務と聞いての喜びと、ジェラルトの支援魔法のおかげもあり、驚くほど速く分隊指揮所へと到着した。
ジェラルトの支援魔法は、一人一人の背に追い風を纏わせるものであった。坂を下る足が軽くなり、藪を抜けても息が乱れない。
全体に風を吹かせないのは、下手をすれば敵に向かい風を送ることになり、後々面倒だからだと、ジェラルトは以前、得意げに語っていた。
アダムスとイブラヒムの間で移動の経過の連絡を取っていたこともあり、分隊指揮所に到着すると、ドワイト達は分隊員全員で出迎えた。
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