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第112話「ただの藪」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

 警戒所に落ちた沈黙を破ったのは、ジェラルトだった。


「ところで、その服なんだ?帝国軍のやつらが着ていたヤツじゃねえか。早く着替えろよ。」


 重くなりかけた空気を払うような、わざとらしい大声であった。


「うん、そうしたいのは山々なんだけど、この軍服、恐ろしいくらいに性能が良いんだ。刃物は通りにくいし、しわにもなりにくい。」


「はあ?服は服だろうが。」


「そう言うと思った。」


 マイトランドは腰の短剣を抜くと、自分の袖に刃を当て、軽く撫でてみせた。

 生地には、傷一つ付かなかった。


「おい、嘘だろ……。」


 ジェラルトが自分の袖で同じことを試すと、刃の通った跡がぱっくりと口を開けた。


「あっ、くそっ!どうすんだよこれ!」


「縫え。」


「お前なあ……。」


 袖の裂け目から肘を覗かせたジェラルトに、イブラヒムが腹を抱えた。


「だから言っただろ。服は服じゃないんだ。」


 マイトランドはヴェルタ、帝国どちらの軍服も着用したことがあった。性能が良いと言ったのは、防御力と伸縮性からであった。


 防御力で言えば、軽く刃物で傷をつける様になでると、その違いが鮮明だった。

 ヴェルタの軍服は、なでると簡単に切れてしまったが、帝国軍の軍服は刺す、切るなどの行為を行わないと、ダメージを与えることが出来なかった。ヴェルタ印は転んでひざがすりむけるのに対し、帝国印はノーダメージであった。


 伸縮性においては、ヴェルタ印は寝ころぶとすぐにシワになるのに対して、帝国印はそんなことではシワはつかなかった。まさにアイロンいらずのノンアイロンと言ってよかった。


 帝国では、これが一兵卒にまで支給されていた。

 ヴェルタでは、将校の礼装ですら、ここまでの物は無かった。


 軍服の説明を終えると、マイトランドは続けた。


「同じ素材で軍服を作ってほしいな。」


「上からうちの軍服を着ればいいだろう?見つかったら怒られるぞ。」


「分隊長は何も言わなかったぞ?」


「そりゃそうだろ。カルドナの連隊を潰した件で、昇進が決まったらしいからな。お前のおかげみたいなもんだ。マイト様様だぜ?」


「なんだ、あの人一言も言って無かったぞ。そんなこと。だいたいカルドナの連隊を潰したのは帝国軍じゃないか……。」


「上の連中がそんなこと気にするかよ。誘い込んだのは俺たちで、撃ったのは帝国。で、書類の上じゃ『殲滅』だ。」


 書類の上では、殲滅。


 マイトランドは、かつて耳にした大本営発表を思い出した。圧倒的優勢、破竹の勢い、損害は極めて軽微。地名の一つも出てこない勝報は、全てが嘘であった。

 あの時、嘘を見抜いたのは自分だった。今、その嘘と同じ形の戦果が、自分たちの分隊の名で上に積み上がっている。


 胸の奥に、小さな棘のようなものが刺さった。


 ジェラルトは肩をすくめると、続けた。


「それに、言えるかよ。新兵のマイトランド君のおかげで昇進できます、なんてよ。あの人の事考えたら……。ほら、プライドだけは高いだろ?」


 ジェラルトがドワイトの顰め面を真似てみせると、イブラヒムが吹き出した。


 ひとしきり笑うと、イブラヒムは2人の会話を遮った。

 イブラヒムの目が、一瞬だけ遠くを見るように焦点を失った。念話を受ける時の、いつもの癖であった。


「そのドワイト分隊長から、言付けで念話だ。」


「「え!?」」


 2人が驚くのも無理はなかった。話を聞いていたのかと思う様な、絶妙なタイミングであった。


「本日、警戒監視任務の交代を送った。交代後、速やかに分隊指揮所まで後退せよ。」


 イブラヒムがアダムスからの念話の内容を告げると、マイトランドが答えた。


「今来たところだが……。了解だ。」


 交代を送った。速やかに後退せよ。

 北側山脈の監視は、最後の一人になろうとも完遂せよと命じられた任務であった。その任務を解いて、分隊を指揮所に集める。


(何かが、動き始めている……)


 マイトランドは短く息を吐くと、警戒所を見回した。


 木の枝と土で覆っただけの、浅い穴。

 雨が降れば水が溜まり、身を伏せれば背中が覗く。帝国の工兵が半日で築いた掩体とは、比べるべくもなかった。


「ジェル、交代が来るまでここを住みやすくしてやろう。」


「おうっ!」


「イブ、穴をあと膝一つ分深く掘れるか。底は奥に向かって少し傾けてくれ。水が一ヶ所に溜まるように。」


「掘るのは任せとけ。」


「ジェル、覆いの枝は上からじゃなく、周りの茂みと同じ向きに差してくれ。上から見ても、横から見ても、ただの藪に見えるように。」


「偽装なら俺の十八番だぜ。……っていうか、どこで覚えたんだよ、そんなの。」


「帝国で見た。」


 マイトランドは、それだけ答えた。


 帝国の前進観測班の掩体に入った時のことを、マイトランドは覚えていた。

 すぐ目の前にあるはずのそれに、中に入るまで気づけなかった。空から鳥が見下ろしても、見つけられないと言われる偽装。帝国の兵は、それを当たり前のように作っていた。


「それと、覗き口は正面じゃなく、少し斜めに開けてくれ。見張る側の顔が、見られる側の真正面に来ないように。」


「注文が多いな。」


「交代で来る奴らが、長生きできるようにな。」


 ジェラルトは一瞬黙ると、にやりと笑った。


「……そういうことなら、しゃあねえな。」


 ジェラルトもイブラヒムも、それまでの疲れを忘れ、交代要員のために警戒監視所を整えるのを手伝った。

 イブラヒムの掘削の異能で、穴は見る見る深くなった。ジェラルトの手で、覆いは周りの藪に溶け込んでいった。


 木の上から、ポエルがその様子を見下ろしていた。


 上から見ても、ただの藪に見える。

 ポエルはそれを確かめると、2度頷いた。

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