第110話「善処しよう」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
「では、精鋭中の精鋭である我らの騎兵師団と、ベルナドット将軍の重装歩兵師団を前面に、トレーナに対する攻勢をかけたらいかがか?銃歩兵師団は予備兵力として、最終局面での利用をお勧めしたい。」
そう進言したのは、第2軍団第29騎兵師団を指揮する、貴族ヴィエス・ド・ヴェルティエ中将であった。
日に焼けた精悍な顔に、野心を隠そうともしない男であった。
代々騎兵を率いてきたヴェルティエ家の当主であり、ドの称号を持つヴェルタ古参の貴族である。
第29騎兵師団。
その隷下には、第198騎兵連隊があった。
これに聡明なヴァイトリングは反発した。
「ヴェルティエ中将、貴官は何を考えておるのじゃ。騎兵で銃に突撃すれば、自分の隊に、ひいては全軍にどれほどの損害が出るか考えたことがあるか?」
「黙れ!腰抜けのクソジジイが!我々騎兵師団は精鋭揃いだ。異能、魔法共に有能な者を集めておる。例え新兵とて銃などに臆するものか!」
このヴェルティエ、少々気性が荒く、功を焦り、過信するところがあった。
当然のことながら、ヴァイトリングはこれを諌めようと苦心したが、火に油を注ぐようなものであった。
「いや、貴官の部隊がどうのという話ではないのじゃよ。銃弾は恐ろしく速い。魔法のそれに匹敵するんじゃ。」
ヴァイトリングは、卓に身を乗り出した。
「魔法なら、撃つ者の魔力が尽きれば止む。じゃが銃は、弾と火薬がある限り、新兵でも同じように撃てる。鎧は弾けても、馬までは守れん。馬が倒れれば、騎兵はただの重い鎧を着た歩兵じゃ。それが一斉に撃ちかけられてみなされ。突撃の列ごと崩れるぞ。銃歩兵師団を使わないのであれば、攻勢に出るべきではない。」
「うるさい!老いぼれが!銃弾の事については、戦線前面にベルナドットの重装歩兵師団を配置すると言っているだろうが。重装歩兵が敵の一斉射を受け止め、その隙に我々が両翼から回り込む。馬が撃たれる暇などあるものか。ベルナドットはどうか!」
ヴェルティエの檄を受けて答えたベルナドットもまた、ヴェルティエに似たところのある将軍であった。
二人の折り合いは非常に良く、また自己評価が高いところも共通しており、作戦行動や訓練を共にすることも少なくなかった。
ベルナドットは大柄な体を揺すって立ち上がると、拳で自らの胸当てを叩いてみせた。
「我々の頑丈な盾で、敵の銃弾など弾いて見せるわ!棺桶に片足を突っ込んで居る様なジジイは、後方で援護射撃でもしておれ!ツェッペリン将軍、どうか我々に全軍の先鋒を任せていただけませんか?」
ヴァイトリングは、卓を見回した。
他の師団長たちは、誰一人として口を開かなかった。
ヴェルティエはドの称号を持つ古参の貴族であり、ベルナドットはその盟友であった。新貴族の老人の肩を持って、二人の不興を買おうとする者はいない。
それに、とヴァイトリングは思った。
(……この場の誰も、銃が撃たれるところを、間近で見てはおらんのじゃ)
銃は、近年に生まれたばかりの兵器であった。
その存在を知る者は、貴族と議会、軍の上層部、そして銃士に限られていた。この卓に座る者たちは皆、銃を知ってはいた。だが、知っているだけであった。
ヴァイトリングは、それ以上の言葉を飲み込んだ。
ツェッペリンは、しばらく地図を見つめていた。
騎兵と重装歩兵による攻勢。銃歩兵師団は予備として後方に残る。
――銃を、使わずに済む。
その一点が、ツェッペリンの心を決めた。
ヴェルティエ、ベルナドット二人の進言を受けると、ツェッペリンは銃歩兵師団を使わないのであればと、これを採択した。
「ヴェルティエ、ベルナドットの案を採用する。両名は直ちに全軍の作戦計画を立案、明後日までに提出せよ。」
「「は、承知致しました!」」
ヴェルティエとベルナドットは、勝ち誇ったように視線を交わした。
その時、幕僚の一人が、おずおずと手を挙げた。
「司令官殿。第1軍団の残存師団の指揮は、いかが致しましょうか。新しい軍団長を……」
「それは追って沙汰する。」
ツェッペリンの答えは短かった。
「作戦計画が上がってから、全体の中で決める。それまでは現状を維持させよ。」
「……は。」
準備を整えてから動く。それがツェッペリンのやり方であった。
だが、丘の周りに取り残された2個の師団にとって、その準備を待つ時間は、指揮する者のいない時間であった。
新しい軍団長が丘に着くまでに、2日を要することになる。
「うむ、では緊急招集を終了する。解散!!」
幕僚と師団長たちが作戦室を出ていく中、ツェッペリンはヴァイトリングに歩み寄り、2人の不敬を謝罪した。
「ヴァイトリング、皆の前で2人がジジイなどと、すまなかったな。」
「もったいないお言葉ですじゃ。それにヴェルティエ将軍も、ベルナドット将軍も私めより階級は高い。別に不敬ではございませんぞ。」
ヴァイトリングは、皺だらけの顔で笑ってみせた。
「そうか、ならば良い。だが、せめてもの詫びだ。部隊運用に何か必要な物はないか?」
「そうですか。そこまで仰るのであれば……」
ヴァイトリングは、少し考えるように髭を撫でた。
「砲兵には、目が要るのですじゃ。」
「目?」
「魔導砲は、遠くまで届きますぞ。じゃが、撃つ先が見えねば、ただ大きな音を立てるだけの玩具に過ぎませぬ。丘の向こう、森の奥、敵がどこに陣を張り、どこに兵を集めているのか。それが見えぬまま撃てば、魔力を空に捨てるのと同じですじゃ。」
老将の目が、地図の上の平野をなぞった。
「敵陣の間近まで潜り込み、どこへ撃てば良いかを私めの砲に知らせる。そんな分隊規模の部隊を、1つお借りできますかな?」
ツェッペリンは、わずかに眉を寄せた。
分隊規模。わずか10人ほどの兵である。
旅団を率いる准将が、詫びの代わりに求めるには、あまりにささやかな物であった。
「……わかった。善処しよう。」
ツェッペリンはそう言うと、ヴァイトリングを残し、作戦室を後にした。
◇
誰もいなくなった作戦室で、ヴァイトリングは一人、地図の前に立っていた。
空いた丘。その先に続く平野。そして、トレーナ。
騎兵と重装歩兵が、あの平野を駆けていく姿を思い浮かべた。
一斉射の音。倒れる馬。崩れる列。
「……善処、か。」
ヴァイトリングは、苦く笑った。
ツェッペリンは悪い男ではない。才もある。
ただ、恐れているのだ。恐れているから、準備が整うまで動けない。そして戦場は、準備が整うのを待ってはくれない。
(ネイよ。お主がおれば、あの席で、この老いぼれの代わりに怒鳴ってくれたかのう……)
ネイの席は、最後まで空いたままであった。
ヴァイトリングは地図から目を離すと、ゆっくりと作戦室を出た。
老将が求めた「目」。
その目が、帝国の軍服を身にまとい、北の山脈から戻ってくることを、この時のヴァイトリングはまだ知らなかった。
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