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第107話「陣地ごと」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

 黒煙を背に、マイトランドは足を速めた。


 そこから半日ほどで分隊指揮所付近に到着すると、


「だれか?」


 と、後背からアダムスの声で誰何(すいか)があった。

 当然、その誰何にマイトランドは反応した。


「アダムか?俺だ。マイトだ。ジェル達の警戒する場所まで寄ったんだが、誰もいなくてな。ここに戻ったって訳さ。入れてくれるか?」


 するとアダムスは体を見せ、安堵の表情でマイトランドに答えた。


「なんだ。マイトかよ。そんな服着てさぁ。敵かと思ったぜ。どこ行ってたんだよ。大変だったんだぞ!」


 初めて見る帝国軍の軍服を着た軍人が、隠蔽した分隊指揮所に近づいたことに危機感を覚えたのだろう。緊張が解けたアダムスに、マイトランドは尋ねた。


「……南の丘の煙のことか?」


「見たのか。」


 アダムスの顔が曇った。


「第2軍の旧第1軍団陣地の奪還作戦は知ってるのか?」


「知らん。たった7日いない間にか?どういう事だ?」


 アダムスの説明はこうであった。


 各地から補充の新兵と新設の師団、合わせて約11万が集結し、ヴェルタ軍第2軍の総兵力は約40万に達した。これを機に第2軍は、ツェッペリン将軍指揮の下、ネイ将軍の構築した旧第1軍団陣地の奪還作戦を計画、実行した。

 計画によれば、正面に歩兵師団4個師団、重装歩兵師団1個師団の計5個師団、両翼に騎兵師団2個師団、背後に弓兵師団2個師団、最後尾に銃歩兵師団1個師団という編成の大部隊を投入。

 大規模部隊の投入により、旧第1軍団陣地を守備する敵1個軍団は戦闘を回避して退却し、第1軍団陣地の奪還に成功。ヴェルタの奪われた領土の回復に成功した。

 その後、奪還した陣地を新たな第1軍団の陣地として再編成した。軍団司令部を置く中核陣地には歩兵師団1個14000名を、その周囲の防御陣地には騎兵師団1個と歩兵師団1個を配置し、守備に就かせた。


「奪還したなら、いい事じゃないか。あの煙は何だ?」


「話を最後まで聞けよ!その後、その新しい第1軍団の本陣が、消えちまったんだよ。」


「は?何を言っている?1個師団が丸ごと消える訳がないだろう?」


「いや、消えたんだ。陣地ごと。」


 アダムスは、南の方角を顎で示した。


「四日前の夜中だ。俺が見張りに立ってた時、南の空が真っ白に光ったんだ。雷かと思った。けど、少し遅れて、ここまで地面が揺れた。」


 アダムスの声が、わずかに震えた。


「朝になっても、煙が消えなかった。昼過ぎに、第2軍司令部から回ってきた伝令が教えてくれたよ。」


 アダムスの言う事の顛末はこうだった。

 新第1軍団の中核陣地は、ネイ将軍が撤退も視野に入れ予め設置しておいた爆薬が着火し、爆破炎上。陣地もろとも、軍団司令部と歩兵師団14000名は消滅した。周囲の防御陣地に残された騎兵師団と歩兵師団は、一夜にして頭を失った。あまりにも一瞬の出来事に、事故なのか敵の工作なのかはわかっていなかった。


「残った師団はどうなった?」


「それがな……」


 アダムスは声を落とした。


「軍団長も参謀も、司令部ごと吹っ飛んだだろ。周りの師団長たちは、誰が指揮を執るかで揉めて、第2軍司令部から新しい軍団長が来るまで、二日も動けなかったらしい。カルドナが攻めてこなかったのが、奇跡だってさ。」


 稜線から見た、あの黒煙。

 あれは、14000人が燃えた煙だったのだ。


 そして、残された兵たちは二日間、頭のないまま立ち尽くしていた。


 帝国なら、そうはならない。連隊長が死ねば副連隊長が、副連隊長が死ねば最先任の大隊長が、その場で指揮を引き継ぐ。順番は平時から決まっていて、全員がそれを知っている。フリッツはそう言っていた。


 ヴェルタには、その順番すらない。


 マイトランドは、フリッツの言葉をもう一つ思い出していた。

 50年前、帝国は北方の大国に司令部を急襲され、3個軍団を失った。帝国はそこから、師団の編成も、指揮継承も、通信連絡網も、全てを作り直したのだと。

 司令部を急襲され、軍団を失う。

 今のヴェルタは、50年前の帝国と同じだった。

 違うのは、帝国がそこから変わったということだ。ヴェルタは同じ陣地を、既に2度失っている。

 変われなければ、次に消えるのは第2軍そのものだ。

 だが、マイトランドはそれを顔には出さなかった。


「おそらく敵の工作だろう。1個連隊やって、軍団の頭をやられたんじゃ割に合わないな。で?ジェル達は今何処にいるんだ?」


「冗談言ってる場合か?ジェル達は、敵の撤退に合わせて、警戒所を更に東に1日ほどの所に移したんだよ。」


「そうか、わかった。そろそろ指揮所に入れてくれるか?」


「ああ、入れよ。みんな待ってるぜ。」


 アダムスはそう言うと、指揮所まで案内し、指揮所入口の幕を上げた。

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